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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2019-08-14

頭でっかち

| 21:38 | 頭でっかち - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 頭でっかち - STAR日記 頭でっかち - STAR日記 のブックマークコメント

寄り道をしながらの帰省。


道中、自分が頭でっかちになってるなぁと思いました。同時に、心でっかちにも。


バランスが大切なのかなぁ。

2019-08-08

経験すること・探究すること

| 20:33 | 経験すること・探究すること - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 経験すること・探究すること - STAR日記 経験すること・探究すること - STAR日記 のブックマークコメント

経験することと探究することは、どちらも大切だと思います。ただ、前者に偏るとなんとなく「心でっかち」になり、後者に偏ると「頭でっかち」になるのかなと思います。


経験はそれを裏付ける知識を持つことによって深まり、知識は経験の意味を深める…そんな感じなのかもしれません。

自分にゆかりのある地

| 20:11 | 自分にゆかりのある地 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 自分にゆかりのある地 - STAR日記 自分にゆかりのある地 - STAR日記 のブックマークコメント

「自分にゆかりのある地」とは得てして妙だが、「自分の地元」にゆかりのある地が、近くに数か所あることがわかった。


行ってみようと思う。しかも、古典と関わりがあるので、教材づくりにつながるかもしれない。

2019-08-05

自己責任の原則

| 18:37 | 自己責任の原則 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 自己責任の原則 - STAR日記 自己責任の原則 - STAR日記 のブックマークコメント

https://blog.tinect.jp/?p=60985&fbclid=IwAR2pZdNXT4sFXf05yF5TKULPd4s_vW6uviyyDnzsmQXkHt-L0KNplNb7V4s


努力によって変えられるものと、変えられないものがある。ある意味でそれは真実かもしれないが、やはり、努力によって変えられることはある。努力によって、自分の考え方を変えることができる。


もちろん、学歴や自分の生まれ育った環境を変えることはできない。ただ、それらに対する「考え方」を変えることはできる。


ある意味で、人の考え方は環境に支配されてしまうものだと思う。それでも、人生を語った本を読んだり、そういう人に自分から会いに行くことができれば、その環境と考え方から抜け出すことはできる。


引用したブログとは違う結論であるが、やはり、「自己責任の原則」からは逃れられないように考える。ただし、これは他人から言われるものではなく、自分でその原則を受け入れることができればこそ、それを変えることにつながるものだ。


他人に「自業自得」と押し付ける言説は、厳に慎みたいものだと思う。

2019-08-04

人の善意を踏みにじるということ

| 20:02 | 人の善意を踏みにじるということ - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 人の善意を踏みにじるということ - STAR日記 人の善意を踏みにじるということ - STAR日記 のブックマークコメント

こちらが善意で何かをやったとする。そして、そのつぎに、その善意を当たり前のものというような物言いで依頼をしてきたとする。


申し訳ないが、そういう物言いをする人とは、その後は距離を置くべきだと思っている。いくら反省をしているように見せても、その反省は表面的なものであることが多いからだ。


本当に反省したならば、それは行動に現れる。口だけの反省は、反省とはよべない。

2019-07-29

泥臭く

| 21:43 | 泥臭く - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 泥臭く - STAR日記 泥臭く - STAR日記 のブックマークコメント

教育って、ほんとうは泥臭いものなんじゃないかと思う。いくらスマートに授業をして、格好よくやっているように見えても、ほんとは子どもたちには伝わっていないこともある。最初の私はそうだった。


教員の自己満足にしかすぎない授業をし、そして、できないのは「復習しないからだ」と決めつけていた。アリバイづくりに過ぎないじゃないか、と思いながらも、そうするしかなかった自分が恥ずかしい。


今は、高みから見下ろすのではなく、一緒に地べたを這っている感じがしている。それでも、先々は見通せている。目指してほしい理想と、目の前の子どもたちとにはギャップがある。埋めるのは難しいものだなぁ感じつつも、もがくしかないのだと思っている。