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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2018-05-18

仕事過多

| 20:48 | 仕事過多 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 仕事過多 - STAR日記 仕事過多 - STAR日記 のブックマークコメント

いろいろな仕事が舞い込んでくる。これも一種の修行。がんばります。

2018-05-17

講義型授業の上に仕事はない

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講義型授業の上に、仕事ができる人はできない。


最近はそのように考えています。


自分にインプットする時間と、アウトプットして話し合う時間。心構え次第ですが、両方が必要です。

2018-05-16

学校行事はたいへん

| 21:21 | 学校行事はたいへん - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校行事はたいへん - STAR日記 学校行事はたいへん - STAR日記 のブックマークコメント

学校行事はたいへんだと思っています。一部の人に負荷がかかりやすい。


そのぶん何が得られるのかなぁとか、うがった見方をしてしまいます。


集団でしかできない経験をするのももちろんありで、有意義だと思います。ただ、何かを失ってしまっていないかと、授業時間こそ大切にすべきと考える今は、考え込んでしまいます。

学びたくない生徒をどうするか

| 20:58 | 学びたくない生徒をどうするか - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 学びたくない生徒をどうするか - STAR日記 学びたくない生徒をどうするか - STAR日記 のブックマークコメント

勉強がいちばん進むのは、当の本人が「これを学びたい!」と思うことだと思います。ところが、そういう人に限って、ぐだぐだしています。大人はそういう子どもに影響を与えるのは難しいと思います。


私自身、中学生の頃には勉強なんかやる気が起きなくて、心も荒んでいました。中3のときに数学でルートの計算ができませんでした。高校生の頃も、古典文法は結局できず終いでした。


だから、私のなかには、「中学校の授業」というもののモデルがあまりありません。そして、「高校の授業」のモデルも記憶が薄いです。


おそらく、私と同じような状況にいる中学生・高校生もいるのではないでしょうか(それが多くを占めているとは言えませんが…)。


どうやったら、そういう生徒たちに影響を与えられるか。そう考えると、やはり、教師の言うことを信頼してくれる2割に働きかけ、そこから伝播させていくしかないかなぁと思います。


気の長い道のりですが、少しずつ、です。いちばんいいのは、校内にそういう考えができる人を多くしていくことなんでしょうが、なかなか、難しいです。複線型でいろいろなしかけをしていこうと思います。


https://blog.tinect.jp/?p=51488

2018-05-15

体育祭

| 17:37 | 体育祭 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 体育祭 - STAR日記 体育祭 - STAR日記 のブックマークコメント

体育祭や文化祭は、「よいイメージが先行する」ものではないかと思います。でも、私は、そう思えず、「なんだかいやだなぁ」と思う方です。というのも、強制されることが多い。


団体行動、苦手な運動などなど…。そういう行事の存在を否定するわけではないですが、そういったマイノリティ側への配慮も同時に必要だと思います。


このあたりは、だんだんと民主主義的になっていくと考えていますが、なかなか難しい部分も残るかもしれません。保護者のなかには、それをよしとする方の方が多いからです。


また、学校行事のための日課変更も、やむをえない部分があると言えども、あまりにもやりすぎると日常の学校生活に支障を来します。


なんだか難しいですね…。

2018-05-14

教師は神じゃない

| 21:51 | 教師は神じゃない - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師は神じゃない - STAR日記 教師は神じゃない - STAR日記 のブックマークコメント

教師の権威はどこから来るのか。シュタイナー教育では、教師は「権力」ではなく「権威」を持つべきだとされています。これはシュタイナー教育という特殊な文脈だけではなく、一般の教員にも言えると思います。そのすり替えが起こったとき、それは教育ではなくある種の「洗脳」になってしまうのではないかとも思います。


「指導主義」から「感化主義」へ、とも何かで読んだ記憶がありますが、それと似た感じだと思います。


生徒のことを断罪したり、批判したりするのが教師の仕事ではない。教師は神じゃないんだから、そんな立場にはない。


現状を受け止め、受け入れ、どうすれば自分の人生がよい方向に向いていくのかを教えるのが、教師の大切な仕事だと思います。