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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2019-07-08

「答えは一つ」という錯覚

| 07:50 | 「答えは一つ」という錯覚 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「答えは一つ」という錯覚 - STAR日記 「答えは一つ」という錯覚 - STAR日記 のブックマークコメント

最近、複数の生徒と面談をし、感じていることとして、「一つの答えを求める傾向」が、生徒たちの間にあるように思っている。


もちろん、それに関しては人によって濃淡はあるが、「自分の悩みについて、答えがあると思っていない?」と訊くと、みんな口をつぐんでしまう。


勘繰っているのは、学校教育のもつヒドゥン・カリキュラムとして、「問題には一つの答えがある」ということを生徒に暗に示しているのではないかということだ。


授業のときも、この点は意識して語っている。「答えがあるって思ってない?でもね、人間の抱える問題って、答えは一つとは限らないんだよ」と。


こういう考え方をするものだから、普段の授業では、絶対に一つの解に定まらない要約に取り組んでもらっている。でも、生徒たちは、「一つの解」に定まるものにも取り組まないと不安なようだから、そっちにも取り組ませている。これはこれで、文脈を考えたら妥当なラインだと思っている。


ただ、「社会に出たら、こんな設問の解き方なんてまったく役に立たない」とも語っている。その先にあるものを、しっかり伝えるのが、本当は教職にある者に求められているように思う。

F-KatagiriF-Katagiri2019/07/09 09:37文学作品を取り扱った授業をしていたときに,唯一の答えがない課題に対して,「結局,先生,答えは何?」と訊いてくる生徒が多数いました。教師の解釈を知りたがるのは,高校生だけではなく,大学生も,大学院生も一定数いるという印象です。

strongmind222strongmind2222019/07/09 19:48そうした「答えを知りたがる」という傾向を教えてしまっているのは、やはり、学校教育ではないかと思います。小学校はテストもありつつ、それ以外のものも教えていると思います。そして、中高の定期考査の在り方が、それに大きく影響しているのかな、と勘繰っています。