Hatena::Groupmanabiai

STAR日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2019-03-16

文法

| 19:25 | 文法 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 文法 - STAR日記 文法 - STAR日記 のブックマークコメント

文法の学習は無味乾燥に思える。古典文法を教える際にも、「こんなのやってなんになるんですか」という生徒たちの不満を肌で感じる。


専門で古典文学や古文書を研究する研究者ならそれも必要なのだろうが、中高生が原文で古文を読み下すなんて、大人になってからでもほとんど皆無だろう。


文法の必要性を意識できるようになるのは、「古文が読みたい」とか、「洋書を読みたい」とか、そういう欲求が先にあればこそのことであると思う。「文章を読む」ことを置き去りにして文法の学習をするから、文法嫌いになる人が多いのではないか。そんなことを、先日、中学3年生相手に古典文法の解説をしていて感じた。


文法が魔法のような働きをして、違う言語や古い言語がわかるようになるため、文法が不要であるとは思わない。しかし、「文法だけ」を取り出されてしまうと、どうにも無味乾燥である。


年が明けてからは、中学の古典の時間は、ヒント付きでの現代語訳がほとんどだった。自分がそのようにしてきたことがなぜなのか、古典文法の解説をしてみて改めてわかった。