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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2018-06-17

綱渡り

| 12:07 | 綱渡り - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 綱渡り - STAR日記 綱渡り - STAR日記 のブックマークコメント

何日か前の三崎先生のブログhttp://manabiai.g.hatena.ne.jp/OB1989/20180613)で、以下のようにありました。このことに関して、ずっとひっかかりがありました。


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おそらく、分からなくて困ったりできなくて困ったりした経験を持っていないのかもしれません。分からなくて取り残されて困ったとき、まわりの子たちが嬉しそうにしているのをできなくて一人で眺めているときの気持ちは、経験したことのある人間にしか分からないものです。分からなくて困ったりできなくて困ったりしたときに,まわりの誰からも声をかけてもらえないこちらからも声をかけづらいときに感じる何とも言えない辛い気持ちや寂しい気持ちも経験した者でないと分からないでしょう。

――


ふと思いました。これは私のことだったのです。分からなくて困ったりできなくて困ったり、取り残されて困ったり、まわりの人たちが嬉しそうにしているのを、仲間に入れてもらえなくて一人でみじめな思いをしたりしたことがあります。


思い出したくはないのですが、これがおそらく心の傷として残っています。だから、あまり人と深く関係を結べないのかもしれません。


生徒集団を見ていると、「この集団はいかばかりか」と思います。生徒どうしの結びつきはそれほど強くないように見えます。それが希薄である人も少なくないような気がします。


途方に暮れてしまうのですが、ちょっとずつやっていくしかありません。劇的な変化を求めても自分が焦ってしまいます。できる範囲でやりつつも、少しずつ、布石を打っていくくらいが、今の自分にはちょうどよいと思っています。


メインであるはずの授業にそれほど時間をかけることができず、正直歯がゆいです。でも、学校教育というフィールドで仕事をするのであれば、やはり教科学習で人を教育するのが本筋です。それを外さないようにしたいものです。