Hatena::Groupmanabiai

STAR日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2016-12-25

『学び合い』を学んでからの視野の変化

| 18:23 | 『学び合い』を学んでからの視野の変化 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『学び合い』を学んでからの視野の変化 - STAR日記 『学び合い』を学んでからの視野の変化 - STAR日記 のブックマークコメント

学び合い』を学び始めてから、明らかに自分の視野が広くなったと考えている。学校教育の目的に始まり、社会とのかかわり、ネットワークの築き方などなど。また、自分の良心に忠実に、誠実にいられるようになったことも大きい。


とかく教師は、「教師」を演じがちだ。でも、その「教師」が、得てして「教師」ではないことが多いのではないか。怒鳴ったり、指示に従わせたりして、従順な人間をつくるのが教育ではない。もちろん、「社会に有用な人材を育てる」という意味では一定のレールは必要だし、それは教師が用意すべきだと思う。しかし、教師個人の意に沿わないからと言って、怒鳴る、従わせるといったことをするのは愚の骨頂だ。


かくいう自分も、それが「教師」だ、と思っていた。小中高と見てきた「教師」なる人種は、おしなべてそうだった。でも、私自身はそれで苦しい思いしかしてこなかった。


一度教職を離れ、実務系の仕事をし、また教職に戻っても、苦しい思いをした。「教師」を演じることが苦しすぎたのだ。


学び合い』に出会ったのは去年の夏。実際に実践し始めたのは10月。最初はうまくいかなかったのだけど、「教育」というものの本来の目的と、日々の教師の仕事をつなげることが間違いなくできると、直感的に思った。


それからはかなりきつかった。「『学び合い』が成立しないのは、教師の心が原因」という原理がある。これを探究した。非常に苦しく、辞めることも考えた。しかし、明らかに「人格の完成」という教育の本質に、一歩なりとも迫ることはできた。


学び合い』を学んでからも、いくつもの教育書を読んだ。かなりの量を読んだと思う。そこから「自分の実践を相対化する」ということを学んだ。


それでかなりの知識を得た。知識を得てみてわかるのは、大多数の人は教育について新たな知識を得ず、自分の経験をベースにした「価値観」を持っているということだった。


そこからうまれてくるのは、「成績が伸びないのは子どもたちの責任だ」というような考え方や、「自分は悪くない」というような自己保身の考え方だ。


いま、大事なことは「教育観」を学校が組織としてシェアしているのかどうか、ということだと考えている。企業で言えば経営理念にあたるものであり、これが企業を支える。経営理念が末端まで浸透している組織は強い。しかし、てんでばらばらなまま進んでいく組織はもろい。


ドラッカーの「マネジメント」の考え方が含まれた『学び合い』は、実は経営の世界では「当たり前」である。教育界という狭い世界で考えるのではなく、日本の状況までふまえて自分の日々の仕事を考えたいと思っている。

ホワイトボードの応用

| 18:21 | ホワイトボードの応用 - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - ホワイトボードの応用 - STAR日記 ホワイトボードの応用 - STAR日記 のブックマークコメント

昨日も会議があり、議事録はホワイトボードを用いて書いた。


全体にも貢献することになるし、自分のスキル・アップにもなった。


少々無理をしているが、続けていこうと思っている。

ogymogym2016/12/27 22:55自分の場合も『学び合い』を知ってから、
経営とか、目的とか、目標とか、手段とか、そういったことが広がっ田ように思います。通常の指導案も行事への向かい方も過ごしやすくなったように思います。

strongmind222strongmind2222016/12/28 19:07やはり、教育の「本質」の部分なのだと思います。木の幹と枝葉で考えたら、幹の部分なのだと考えています。だから、枝葉の教材研究とかは「ヤらなくてもいいけどやりたくなる」というようになるのかと。