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2015年10月から『学び合い』の実践を始めました。 中高の国語で『学び合い』の考え方で授業を実践しています。 授業のことを中心に、気付いたこと、考えたことを綴っています。

2016-12-14

批判を恐れない

| 23:52 | 批判を恐れない - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 批判を恐れない - STAR日記 批判を恐れない - STAR日記 のブックマークコメント

新しいことを始めるにあたって、批判を受けるのは世の常です。私自身も、生徒たちから意見をもらったり、同僚・上司からご批判を賜ったりします。


でも、それは経験則から言ってくださることがほとんどです。逆に「今のままでいいんですか?」と問うと、それだけで終わりということもあります。


多くの教育実践は理論的なバックボーンがなく、経験則で行なわれているような気がします。穿った見方でものすごく大袈裟に言ってしまえば、それでうまくいけば自分の手柄にすることができるし、うまくいかなければ子どもたちの所為にすることもできる。


「これをやっていれば大丈夫(いわゆる一斉授業がそれでしょう)」という、事なかれ主義や護送船団方式に乗っかる気はありません。それが生徒たちのためにならないことは、日を見るより明らかだと思います。少なくとも私にとってはそうです。それを続けることはできません。


学び合い』や、(すでにバズワードにもなりつつある)アクティブ・ラーニングなど、これまでの学校の文化になかったものを導入しようとしています。そりゃあ澄み切ったグラスに異物を入れるようなものですから、批判も受けるでしょう。でも、あえてそれを断行する人間がいなければ、これから先、学校が立ち行かなくなっていくのが見えます。また、一斉授業はものすごく効率が悪いことも、教職以外の仕事を経験した身としては当然のことです。


批判する人たちを納得させるだけの結果を出したいものです。ちょっと、決意表明みたいな感じですが、最近、このように考えています。

教師を「演じる」?

| 07:26 | 教師を「演じる」? - STAR日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師を「演じる」? - STAR日記 教師を「演じる」? - STAR日記 のブックマークコメント

いろいろな職業があります。だんだんと「その職業っぽい人」になっていくのだと思います。


最近、「教師を演じる」という言葉に触れ、考えを巡らすことがありました。


自分は、演じるもなにも、「自分」でしかありません。芸人ではありません。でも、「教師」という「役割」を演じている人が多いことを言い表しているのでしょう。


かくいう私も、つい最近まで「演じる」ことが多かったように思います。しかし、この「演じる」ということは非常に疲れます。自分の意に反することまで言わないといけないからです。


いまは「自然体」でおり、「演じる」というよりは、「人として導く」という感じで子どもたちと接したり、声をかけたりすることがほとんどです。そちらの方が常に自分の心を見つめていなければいけないので大変ですが、誠実でいられるし、自分に嘘をつかなくて済むように思います。


学び合い』に取り組んでいると、このように、全く違った角度から学校教育を考えられるようになります。自分のしていることを客観視する、あるいはメタ認知する、という感じがこれでしょうか。


楽ではありませんが、お給料をいただいているのですから、当然です。