元気と勇気は誰でも出せる 

2013-04-21

[]プロフェッショナル科目

 昨日の授業は満席でした。

 ぴったり収用数。

 和気あいあいのカフェでした。

 現職、ストレート、修士専門職、絶妙に混じってます。よい時間が繰り広げられそうです。

 ここ数年で確実に、修士課程の院生が増えてきました。

 修士課程の院生のなかには、前期に院の授業をとり、後期に学部の授業ととる方もいます。

 彼らの圧倒的な真剣さに非常に鼓舞されます。

2011-01-27

[]最後の授業

 今日は、学部の授業の最終日だった。今年から始まった3年生以上対象の授業。ここに10名以上のこの授業の単位を必要としない学生さんたちが受講していた。他のコースの4年生たちである。来年は現場に出る。

 学年も所属も違うメンバーだったが、毎回互いの関係性が深まっていくことを感じた。ワークショップを取り入れて進めてきたが、最後の授業は、完全な講義をした。どうしても伝えたいことがあったからだ。私が、大好きな人たちと別れてここにいる意味といってもいいかもしれない。

 子どもたちのことを話すと今でも涙ぐんでしまう。なぜだろう。子どもたちといた時間は、色あせるどころか日ごとに鮮明さを増していく。院生さんたちに「人らしい生活をしてください」と言われながらも突っ走る原動力になっているのは、院生さんたちの応援と彼らとの時間なのかもしれない。

 感想を引用する。

 先生の授業を受けることができて本当に幸せだと感じ、嬉しい気持ちでいっぱいです。赤坂先生と出会えてよかったです。哲学を持つということは大切だと感じていましたが、何をしたらいいのか、どんな本を読んだらいいのか、どんな経験をしたらいいのか分かりませんでした。先生の授業を受けて大きなヒントを得ました。「不適切な言動に注目しない」「適切な行動に注目する」「寄り添い勇気づける」「感謝する」言われてみると本当にそうだと思います。赤坂先生のエネルギーやアイディアや明るさがうらやましいです。

 私ものめり込んで一生懸命教師をやりたいです。私も荒れた学級育ちでしたから先生の話すエピソードが何となく想像できます。子どもとの関係が苦しくなったときにこう考えればいいんだという一つの考えを知ることができ、とてもためになりました。先生の授業はずっと心に残ると思います。本当にありがとうございました。現場に出るまで自分にできることをしようと思います。

 自分の経験ややり方を絶対視することのないように話してきた。彼女は、講義で知った考えややり方を「相対化」しているところがとてもステキだと思う。何はともあれ、応援している。赴任した先でステキな出会いを重ねてほしい。

2011-01-21

[]新しい時代

 学部の授業で、埼玉県の教師が保護者を提訴したことについて彼らの意見を聞いた。

 彼らが判断するには情報を少し補足しようと思い、尊敬するお二人のブログからご意見を紹介させていただいた。

「風邪にふかれて」 http://nonobu.way-nifty.com/blog/

「すぽんじのこころ」http://suponjinokokoro.blog112.fc2.com/

 私は彼らに「いちいち考える教師」になってほしいと思っている。こうしたことが起こったときにそれに関心を持ち、それを近視眼的に見るのではなく(いや、それもときには大事)、それが起こっていることの意味やその出来事に隠されたメッセージに耳を傾ける人たちになってほしいと思っている。自分の意見を持つことを恐れない教師になってほしいのだ。

 学生の感想である。

*引用開始

 今日の授業で教師が保護者を提訴することに対して賛否を述べ話し合った。私は初め、反対をし、子どもの立場から意見を言った。しかし、いろいろな考えを聞くうちに教師、保護者からの視点で考えれるようになった。一つの問題について考え、自分の意見をもち、他者と議論することは大切だと改めて感じた。自分一人では考えもつかない見方でものを見るようになり、考えが深まる。教師となり、現場に出ても、考え続ける人になりたいと思った。また、子どものせいにせず、目的論に立って考えていこうと決意した。目的論の考えで行けば今回の事件は起こらなかったのではないか。子ども、保護者などの目的を考え、そのためにどんな対応をすべきかを考えていく。

 

 教諭が児童の両親を提訴したというニュースについて考え、他人事ではないなと感じた。教師をやっていて親からマイナスな言葉を浴びせられ続けたら自分は耐えられるのだろうかと不安になった。最初の出会いを大切にして、お互い気持ちよく関われるように、まず子どもと自分の関係を大事にしたいと思った。勇気づけをすることや相手がハッピーなことを言うにもコツがいると思う。言葉のレパートリーを今からたくさん蓄積して、自然にいえるようになりたい。また、叱るということも難しい。中途半端に注意しても子どもはヘラヘラしているだけで伝わらない。しかし、気をつけて叱らないと人格までも傷つけてしまう。常に考えて行動したいと思う。昨日、報道ステーションで新人教師の特集をしていた。新人教師だから大変だ忙しいというのではなく、新人教師だからできること、やりがいを見つけてがんばりたいと思う。先生の授業を受けて、そいうい前向きな気持ちになりました。

*引用終了

 この報道を聞いて、また、時代が一つ進んだと感じた。若い現職教員に聞くと「ありそうなことですね」と受け止めている方もいる。彼らが歩む教職の世界に、新しい「選択肢」ができたことは間違いない。

 「モンスターペアレンツ」「他人を見下す若者」「オレ様」「ペット化された子ども」「ゆとりちゃん」・・・古くは「新人類」などなど、時代の「現象」を端的に切り取った言葉は、わかりやすい。それだけに危険でもある。それらが生まれてきた様々な事情が全て切り取られてしまう。「新人類」という言葉を聞いたときに、「若者を理解することをやめた」のだなと思った。わかりやすく理解するためにつくられた言葉は実は、理解をやめたときに生まれるラベルではないかと思っている。「教師の理解や分析には常に行動が伴う。「改革」や「改善」に向けた行動である。「寄り添い」や「承認」といった行動になることもある。

 昨日市内の若手教師二人が、「相談」に訪れた。勤務の後のくたくたの状態で雪をかきわけ来てくれた。子どもを学級を高めるための情報を求めて来るのである。何のアドバイスもないが、彼らは「よーしやる気になってきた」と、長靴の音をキュッキュッとさせて帰って行った。我が国の教育はああした教師に支えられているのではと思う。

 こうした教師が元気に働き、保護者や子どもと笑顔を分かち合える世の中にしていかねばと思う。