元気と勇気は誰でも出せる 

2012-07-19

[]破壊と再生

 一期生のF隊長がよく「破壊と再生」と言っていた。彼は、ミドルリーダーを越え、学校の中核となって働いく年齢である。しかし、40を越えて彼の口癖は「破壊と再生」であった。私を立てて「これは師匠の言葉」と言ってくれるが、それは、彼がそれを大事に出来て、体現できる人だからひっかかったのだろう。

 何を破壊し、再生するか?

 それは、「認知」である。教職も20年もやってくればいろいろ手垢がつく。熟練の技と言えることもあるが、イチローのような天才バッターだって毎年、いや毎日、マイナーチェンジをしているという。あの独特のポーズ。あれは変わらないルーチンであるが、打席での毎度のマイナーチェンジはあるという。つまり、素人目にはわからない破壊と再生。教員の相手は、毎日、破壊と再生を繰り返している子どもである。教師が去年と同じことをやっていて子どもに対応できるわけがない。熟練の技とは、基礎基本を大事にしながら変えるべき所は、バッサリと切り捨て変えているから長い時間を経て現在に通用するのである。クラシック音楽や古典落語だって、創作当時のままのわけがない。現在に通用するように表現者のアレンジが加えられている。

 過去のキャリアを追認するような学びをしていたら進化などするはずがない。

 私が大学院に進学したときは子どもたちに「超変身してくるね」と言って別れた。「違うクラスの担任でもいいから学校にいてほしい」とか「違うクラスの担任になるくらいなら、私たちの目の届かないところに行って」とか言われて涙が出た。

 「超変身」とは、当時やっていた「仮面ライダークウガ」が変身した後、さらに変身をする(今のライダーにとってはフォームチェンジは当たり前になったが、その当時はギョギョギョ)ことである。当時無名の若手俳優オダギリジョーは、この主演により人気者となり、今は林家ぺーになってさらに人気者になっている・・・どうでもいいか。

 まあとにかく、現場でどんなに実績をつくってきたとしても一回全てぶっ壊して、創り上げるくらいのつもりがないと、新たな力量など形成できないと思って隊長たちに申し上げた。

 先日、隊長から電話が来た。隊長曰く「私は、朝からなんにもしません」と言っていた。教室に行くと、することがないそうだ。授業もトラブル解決もほとんど子どもがしているらしい。「どうしてそういうことになったの?」とたずねたら、「簡単に言うと、(大学院で)学んだことをやってみればそうなるってことがわかりました」とのこと。ははーん、である。

 隊長だって大学院を修了し、いきなりそうなったのではない。数年の試行錯誤があったと思う。学んだことを試してみて、そして徐々に今の手応えを感じるようになったのだと思う。

 ゼミでは、M1のメンバーが『カオス』の状況を発表している。「まだ何も見えない」と苦しそうに言う。

 それでいい。


 夜明け前が一番暗いものである。

 ジャンプする前には必ずかがむ。


 悩まずに次の扉を開けることになんの意味があろうか。悩むこと、迷うことを恐れずに進んでほしい。必ず、目の前が開ける。


 そこで、気付くだろう。

 次の扉がそこにあることを。

 それでいい。