元気と勇気は誰でも出せる 

2011-11-30

[]いやになったから

 プレゼンのストーリーがまとまらなくていやになったので、一休み。堀さんのあまりに軽いメールに癒される。ここで公開すると、堀さんのファンに申し訳ないから(いや、増えるかもな、ファンが・・・。)内緒にしておこう。

 小学校における最後の教え子が生徒会選挙に立候補したとメールをくれた。彼女を含めて立候補者は、ほとんどがわが元勤務校の生徒たち。なにかあるなあこれ。前々任校でも同じようなことが起こっていたから。

 当選したとかしないとはかあまり重要ではない。いまどき生徒会に定数をかなり大きく上まわって立候補者が出ている事実がすごい。現在の学年団の先生方のおかげも大きい、もちろん。でも、彼ら彼女らのその心意気を大きく評価したい。すばらしいことである。人様のために一肌脱ごうというその姿が凛々しい。

 みんなりっぱだ!

 応援している。

 

[]闇

 闇を抜けるためには行動しなくては。

 行動が最短の解決策。

[]進化するにはコストがかかる

 あまりにも刺激的な時間が続き、スケジュール帳を見返さないとそれらすらも忘れそうになる圧倒的な量の出来事が押し寄せる毎日。

 それにしても、前回の「愛と勇気のチカラ」も刺激だった。

 山田先生が詳細をブログに載せてくださっているので、ご覧いただきたい。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/sanchago/

 と、ここまで3日前に書いて、気力が途絶えた・・・。気持ちを立て直して、と。

 第15回、愛と勇気のチカラで得た学びを忘れないため、そして、忙しい時間を割いて講座をしてくださった講師の先生方に敬意を表するために、学びを記しておく。

 3年目の堀田先生ではあるが、3年目にそれを言っちゃうか!と感銘を受けた。支援の必要な子どもの支援者はどこにいるのか。それは教室にいるのである。クラスメートは最も身近で有力な支援者である。二次障害はもともとのものではなく、関係性における障害である。だから、教師は関係性を構築するのである。しかし、子どもはいつもこちらのボール受け取ってくれるわけではない。支援の必要な子どもはボールを受け取る状態にある時間が少ない。受け取ってくれるそのときを見てボールを投げる。簡単にそうは言うが難しいが、極めて大事なことである。そんなことを日々実践している堀田先生はただ者ではないなあ。

 堀川先生の「脳幹を揺さぶる道徳」には、いつも感心させられる。彼女の授業は、生徒との対話を楽しむように展開する。そこが特にさすがだ。模擬授業を見ているとまるで演技をしているように見える人がいる。それってきっと教室でもそうなのかなと思う。堀川先生は、きっと教室でも、教師主導で進めながらもまるで一人一人と対話するように授業を進めているだろうと言うことがすぐわかる。教師の体験を授業化することについて異論を唱える人もいるが、私は賛成である。もっとも教師の熱がこもり、チカラのある資料、それは教師の体験であろう。圧倒的な迫力のある授業だった。

 加藤先生の群読はやはりホンモノだった。群読が、国語だけで終わらない。チームビルディングになっているのである。協同課題の克服を体験させるには、とても適切な学習体験だと思う。それを身をもって体験できたことがありがたかった。今月は多くの学校を訪れ、たくさんの学級を見たが。機能している学級は「声を出している」。この事実は見逃せない。加藤実践には、このメカニズムを解明するヒントがある。最近の加藤氏は、「女子大生」として、学生生活をすっかり堪能しているようであるが、今日の加藤氏は、現場教師の姿をたくさん見せてくれた。また現場に帰ったときに、今研いでいる刃の切れ味をたっぷり試すのだろうが、楽しみである。

 北海道の堀先生が、私を見て体験と系統のバランスがよいと表したが、それはまったく山田先生のことである。教師のやるべきことと子どもの任せるべきことを、5年目にしてこれほど明確に自覚して、意図的に実践している教師を私は知らない。タテ糸・ヨコ糸の機能論がご自身のなかにしっかりと位置づいているからだろうと思う。すべてをどちらかにすることようなことはしない。また、子どもを見取る視点もぶれがない。「向上的変容をしているか」この一点である。盛り上がる、楽しいとは一つの道筋であるとのとらえが小気味いい。山田先生は楽しいパフォーマンスもするが、明確な目的があるのである。そこらへんがベテランたちをもうならせる彼の実践のすごみだと思う。

 講座の端々から伝わってくるのは、彼らが最初から「こう」だったわけでない。これだけの実践をするようになったのは、それだけのコストをかけてきたからである。「修羅場」に向き合い、傷つくことを恐れずにチャレンジした。その結果である。地道な努力の繰り返し、それを数年続けると確かな力がつくという「あたりまえ」のことをやり「続けた」結果が彼らの姿であろう。

 山田先生や堀田先生を見ていると、とにかく「気付く」のである。懇親会でもひっきりなしに彼らは動いている。気を配り、目を配り、会場の雰囲気づくりをしている。昼の部でも、だれよりも大きな声を出し、積極的に学んでいる。ちょっとしたことだけど、ここに彼らの進化の秘密があるように思う。