sakusaku日記◆山口

昨年度からは、宇部市内の小学校に勤めております。 この学校の前は、埋蔵文化財センターで遺跡を発掘調査していました。
私のNo1宣言は…『夢をあきらめない男日本一!』です。
私の夢は…①【学校】×『学び合い』×「自問清掃」×「てっぺんの朝礼」→∞(「無人購買部」) です。
       ②マンガやアニメで宇部市を活性化させ、シャッター街に活気を甦らせる!
          
   いろいろな方々と出会って、いろんなことを学ばせていただきたいと思います。
    
     

2011-02-16

チャーンス!到来!!

| 21:24

来週の水曜日(2月23日)に校内公開授業で1年会代表で授業を行います。

最初、理科でと考えていましたが、今日の他クラスの道徳の授業のネタがめちゃくちゃ面白そうなのでその道徳で行うことにしました。

そうしましたら、今日の職員会議の連絡でチャーンス到来。

かねてから、教育長さんや「共同体」のアドバイザーの先生とつながってみたいなーと思っておりました。

その23日は、来年度から「共同体」実施のための3役+研修主任?+来年度のアドバイザーのK先生+…?であるようです。

そして、次の24日は、いつもの普段の授業を1、2校時だけ(私はどちらも授業有り)見て回られるそうです。

もしかしたら、教育長さんも来られるかもしれないなーと思うと、ワクワクせずにはおられません。

一見すると「学級崩壊?」のように見えるかもしれませんが、『そんなことはない』子どもたちの姿を見ていただけるといいなーと思っています。

方法を強いる?

06:29

先日の「共同体」の学習会で見せていただいた赤い服の子が気になって気になって頭から離れません。

今朝も散歩しながら、次のようなことを考えていました。

よくニュースで猟奇な事件を報道されるのを見たときに

「どうして周りに相談などできなかったんだろうか?家族は感じ取れなかったのだろうか?」と思います。

私も以前は、それしかありませんでした。

しかし『学び合い』に出会ってからは、

再犯を防ぐために、自分にできることをしているだろうか?できることは何かないだろうか?

と考え行動できるようになってきました。

先ほどの赤い服の子が犯罪者になるとは思いませんが、同じように考えることは可能だと思いますし、意味があると思います。

近所付き合いでも一緒だと思います。

分からない子が、周りの子に「わからないから教えて」と言えるようになることも大切なことです。

しかし、周りの子が「大丈夫?わかった?」と聞いてあげることも大切なことだと思います。

私は、先日後者もコミュニケーションで大切なことでは?と主張しましたが

「共同体」の講師の方は、前者が大事だとおっしゃっていました。

私は心の中で、『違うでしょう!』と叫びました。

犯罪を犯した人が、少し時間を遡って、周りの人(家族を含む)に「実は、○○で困っているんだけどー」と言えるでしょうか?

言えるならば、もっと犯罪は未然に防げているはずです。

『そうではない』現実があると、私は考えています。

周りにいる人(もちろん自分も含む)が、「大丈夫?困っていない?」と聞けたなら、もっともっと犯罪は激減するでしょう。

「わからない人が、聞きにいくべき」というのは「わかる人の論理」だと私は考えています。

「わからない子を放っておかずに、先生がケアをしてあげなきゃいけない」ともおっしゃっていましたが、

それも方法の一つだとは思いました。

もっともっと『周りにいる仲間の力を借りればいいのに…』

先日読んだ、ルーキーズの裏話が書かれている本に

「落ちこぼれでないと撮れないドラマだ」といううようなことが書いてありました。

「落ちこぼれたことがない人にはわからないこと」もあるでしょうね。

でも「落ちこぼれたことがある人と接して学べる人」は、「わかることも多い」と思います。

t-1031t-10312011/02/16 21:33来週の授業を楽しみにしている姿が前向きで、励みになります。授業の様子楽しみにしています。
>言えるならば、もっと犯罪は未然に防げているはずです。
そうですよね。私たちは、子どもたちがそれを言えるような環境づくりができたらいいなと思っています。

sakusaku0428sakusaku04282011/02/17 05:00t-1031さん、コメントありがとうございます。
最近、「一事が万事」ということわざの重さをつくづく実感しております。
学級での小グループで… クラス全体で… 学年で… 学校で… 地域社会で… 山口県で… 中国地方で…
西日本で… 日本で… アジアで… 世界で… 
とサイズこそ異なりますが、そこにどのような関係を構築したいのか?
トップの人が管理して指示命令を下すようなタイプをイメージしやすいのですが、それだけではないと思っています。
「みんな」のことを考えることができるようになる=「他喜力」は世界をも変える力があると思います。

munehiromunehiro2011/02/17 16:21決して敵対心ではなく、共同体にも興味を持っています。「わからないから教えて」と言える子を育てる手だての説明があったのなら教えていただきたいのですが?

sakusakusakusaku2011/02/17 16:59munehiroさん、ご質問ありがとうございます。
《「わからないから教えて」と言える子を育てる手だての説明があったのなら教えていただきたいのですが?》
→具体的にはなかったと思います。ただ、「わからない子がいて、「わからないから教えて」と言えないときには、先生がサポートに入って、他の子とつなげることが大事です。」と言われていました。

「わかった子が答えをすぐに教えたり、自分で考えようとしているのに答えを言われたりすると、考えている子の学習の妨げになるので、わからない子が「わからないから教えて」と言うようにしましょう」
「わかった子は、「困ったことがあったら言ってね」と言って、助けを求められたらサポートしましょう」
と言われました。

「共同体」が『共同体』になるには、ここがポイントではないかなーと私は思いました。
もっともっと子どもたちの力を信じることができたなら『』になれるのになー、と思いました。

munehiromunehiro2011/02/18 15:52ていねいなご説明ありがとうございます。
導入期には、わたしも同じようなことをやっていたのを思い出します。しかし、分からない子にすぐ教えたり、考えているのをじゃましたりしなくなることをイメージできなかったですから。
共同体の先生もきっと「あれ?子どもはできるんだ。」と観察・発見される先生もこれから出てくるでしょうね。そして、子ども自身の判断でやったことの方が、価値があることにも気がつかれると思います。
教えていただきありがとうございます。

ますます、共同体の授業を見たくなりました。