2011-01-23
完読
お知らせ |
2人の子と散歩にいって、帰宅してTVをつけてみると、寛平さんのことをやっていました。それを見てまた感動の涙…
朝食後に読書!
そして「質の高い学びを創る」を今読み終わりました。
「すごいなー」と感じた部分と、「そうかなー?」と感じた部分とありました。(当たり前ですね)
これを読み終えて、「あー、だから共同体の学習会でよくこの言葉を聞くんだー」という文章がございました。
一部分、その部分だけをピックアップして紹介するのはフェアーではないかもしれませんが、
私のような変人は、逆に、「ならば、博物館入りしているスタイルで挑戦してみたい!」という気が湧いてきたりしてしまいます。
それ(いわゆる一斉指導)ではダメで、教師も脱皮してほしい!という意味で書かれているのはわかるのですが…
(引用P212)
↓↓↓↓↓
「教師が教卓に立って黒板と教科書を使って説明し、生徒がノートに筆記して試験に備えるという伝統的な授業のスタイルは、今や欧米諸国では、博物館に入っています。」(岩波ブックレット『習熟度別指導の何が問題か』2004年)
(中略)
逆説的にいうと、日本は戦前戦後を通して外国の教育潮流に流され続けてきたのである。
→引用終了
後半に紹介しました部分ですが、私は戦争を体験したものではございませんが、これまで呼んだ書籍などから判断して本当にそうだと考えています。
ちなみに、私は、昔ですと、「サムライ・スピリット」という響きは格好いいなー もちろん英語で… でした。
今は「サムライ・スピリット」は『武士道』とほぼ一緒であるのは否定しないが、ピッタリ一致しているものではない。
「サムライ・スピリット」よりも『武士道』を大事にしたいと考えています。
(追記)
なので、こんな私が英語をしゃべれるようになるには、日本語の上に英語を構築するのではなくて、ある意味別人になる。
英語脳を、日本語脳とは別につくる必要があると思い、英語ばかりが流れるMDを聴いていたりします。
ある無料の本の中で、ごもっともなことが書かれていましたので合わせて紹介いたします。
趣旨)日本の英語のテストなどは、問題文も日本語であるだけでなく、答えも日本語で答えさせる。
どうして、英語で表現させないのか?
これを読んだとき、ごもっともだと感じました。
もしかしたら、近い将来、そのように変わってくるかもしれないなーとも思いました。
『学び合い』山口、学習会&懇談会
2月11日(金:建国記念日)に、私の自宅にて、『学び合い』の学習会を開きます。
16:00~ 学習会
17:00~ 食事(お鍋?)・懇談
会費は無料です。(持ち寄っていただいたお飲み物をみんなでいただくスタイルで…)
『学び合い』って何?
『学び合い』に挑戦してみたいけど、どうするの?
「学びの共同体」「学びの創造」「学び合い」とどう違うの?
などなど…
『学び合い』に興味がある方も、ない方も…
「学びの共同体」に興味がある方も、ない方も…
教師の方も、そうでない方も…
ただ単に食事をとりながら楽しくお話がしたいという方も大歓迎です。
ご家族やご近所にいらっしゃる方と一緒に参加されてもよろしいです。
「夢」を語り合ったり、「悩み」を相談したり、ただ単におもしろおかしくお話をしたり…
いろいろな話で盛り上がれる場にしていきたいと考えています。
なんてこともありましたよ。
今思えば、最先端だったのでしょうか?? 習うより慣れろかもしれませんね。
実際に英語圏の方と話す機会を増やしていけば、sakuさんならすぐにできるようになると思います。
タッチの姉弟さん、「すぐに…」ありがとうございます。しかし「日本語脳」がじゃまをしまくります!