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rion_fujiの日記


Hirotaka FUJISAKIです。
鹿児島市の小学校で『学び合い』を実践しています。
授業はいつでも都合が合えば公開いたします。
いつでもメールください。メールのやりとりで『学び合い』ましょう。
メールアドレスは、rion_fujiとybb.ne.jpを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。

2008-01-31

[]ノートの役割

 最近,ノートの使用目的が若干?変わってきた。

 以前は,思考の流れ(学習過程に沿った)がわかるように黒板に板書されたものを色を使ったりして項目や重要なところがわかるように記入していた。

 しかし,子どもの思考がそれぞれ異なっていることなどに気づき,黒板に各事項を絞り込むと共にノートに考えた証拠をしっかり残すことを指導してきた。

 その結果,ノートはコミュニケーションのツール及び考えを整理するためのシートになった。

 つまり,ノートに自分たちが取り組んだ実験のデータとそこから導き出された考えを記すことで他者と見せ合い比較する。さらに話をしながら,説明ができるようにノートに言葉や絵・図などを書き,マインドマップのようにつなげる子どもがあらわれ,その手法は広まった。また,キーワードを矢印でつなぎ結論を導き出している子たちもいる。

 なぜこうなったか?

 

 おそらく,根拠(実験のデータなど)をもとに説明し,ノートに考えた証拠を残すようにとしたからではないだろうか?

 もちろん,これまで,子どもたちを評価する際に,説明での絵・図のよさを賞賛し,端的に言葉で表すことのわかりやすさを認めてきたこともあるだろう。

 

 最後には,みんなで共有した大事なことは,ノートに記されている場合目立つように囲んだり,新たに別枠を設けて記入したりしている。これも定型を示していないので,目標・方法・結果及び考察(考えたこと)という順序はほぼ一緒なのだが書き方は多様である。


[]2大失敗

 1 個を指導してしまった

  授業中にみんながわかるということに沿っていないと考えられる行動をした子どもに対し,個人的に指導してしまった。これでは,自分には関係ないと思う子が出てくる可能性がある。明日また語ろうと思う。

 2 まとめてしまった

  6年生の授業である子がみんなに対して説明した際にもしかしたら,伝わっていない子がいるかもしれないと考えてしまい,つい少し表現を変えて確認してしまった。子どもを信じきれていなかった。もっと待ってもよかったかもしれない。そしたらよくわからない子は自分から近くの子どもあるいは説明した本人に聞いたと思われる(これまでの様子から)。

 今日家に帰ってくるまでその場面と数人の子どもたちの「そういうことね~」という顔が何度も浮かんだ。以前なら,ちょっと満足していただろうが,今は,超不満足である。ず~~っとあーすればよかった,こーすればよかったと考えている。

 

2008-01-29実践報告

[]『学び合い』での理科は効果的に科学的な考えをもてる

 本日の6年生の実践を通して,強く感じたことである。

 まず,科学的とは

 学習指導要領解説にかいてある「実証性」「再現性」「客観性」だ。

 また,6年生は,資質・能力として多面的な見方も求められる。

 

 そこで,電磁石をのはたらきを大きくする条件について調べ始めて3時間目の様子で一気に1つの結論に収束する子どもたちを見ることができた。

そこでは,上記の3つの科学的という要素をふくんだ議論が交わされたからだと思う。

 まず,目の前でみんなで確認していた。「実証性」

 次に,あるメンバーが作ったコイルを使って他の子どもが実験しデータを得ていた。つまり,異なるメンバーで再度実験をしたことになる。「再現性」

 さらに,1つの条件について異なるコイルからの結果をもとに様々な子どもが関わりながら考察していた。(電池の数を調べる際に50回巻き,100回巻き,太さの異なるエナメル線で調べ,同じような傾向を見出していた)「客観性」

 というわけで教科書や通常の一斉学習よりもちょっとだけ高めの目標を設定することで,「科学的とはどういうことを言うのか」という説明や教師により意図的に仕組まれた科学的な実験などなくても科学的に妥当な結論を導き出していくということがよくわかりました。

[]見えない世界もデータをもとに推論できる

 今日は,結果から,目に見えた結論を導き出すことは確実にできると予測したので,「条件を変えることで強くなる理由も説明してね」と見えない世界についても考えなくてはならない目標を付け加えた。

 

 私は,調べた条件ごとにわかったことをまとめると思っていたのだが,

 なんと!

 ただ1つの説明で全部通じるというまとめにいたった。

 (磁界が重なるという視点からみると少しずれているかもしれないが…)

 それは,

 「コイルの部分に電流が多く集まることで磁石のはたらきが大きくなる」

 ということである。

 数人が説明しあっていたが,イメージできない子は「わかんない」

 と言っていた。

 しかし,

 ある男の子が「ちょっと待って図に描いて説明するから」

 といって黒板に各条件についてエナメル線のなかの電流をモデル図で示し

解説した。もちろんその後は

 「あ~~わかった。なるほどね~」

 である。

 私も「なるほどね~そうかもね。見えない部分はまた中学や高校でもっとデータを集めて詳しく考えてね!」

 私の述べたことはこれでよかったかどうかわかりません。

 中学校の先生を困らせてしまう子達を卒業させてしまうかもしれません。申し訳ないな~。

koushinsenjinkoushinsenjin2008/01/29 23:26 私も学習者として混じりたいです。未だに納得いかない理科のあれこれを、納得できるに違いありません。

 rion_fuji rion_fuji2008/01/30 07:46 >koushinsenjinさん
 ありがとうございます。先生が見にこられたときより,全体を考える力がついたと思います。ちょっとはなれたところから子どもの動きを見ていると静かな中にも活発に動いているのでそう感じ取れます。

2008-01-28実践報告

[]学び合いはますます実験が好きな子を増やす?

 今日(昨日)ある先生から

 「子どもたちが,今の実験は特に楽しいといっているけど

 なんかさせてるんですか?」

 といわれました。

 私は

 「いや~。やることを確認して時間とまとめる上での条件を示して3時間させっぱなしです。」

 と答えました。

 「じゃあ,その条件がポイントなの?」

 ときかれましたが,

 「わかったことを明確にシンプルに示すこと,その証拠がデータとしてだれがみてもすぐにわかるようにしてあること,それらをもとにみんながわかる説明ができることです。」

 と答えました。

 

 ところが,

 「それは,小学生には無理でしょう~」

 というご返事・・。

[]子どものほうが効率がよく効果的な方法を考える

 上記のとおり

 やっぱりみんな子どもをなめています。

 私も3時間任せたのはちょっと勇気がいりましたが,

 想像以上のことをやっています。

 しかも,もっとも「学び合い」の文化が定着しているクラスは,

 「みんなで成果を出して,みんなが説明できればいいんですよね」

 といったあと,

 実験道具の準備を調べる条件ごとに分担して,実験を行い

 自分の調べている条件の実験で成果を出したら,

 別な人たちが別な条件について実験したところに移動し,

 そこで実験をしながらデータを集めていました。

 しかも,わからないことは,どんどんいろんな人に聞きに行くので

 人の動きはかなりランダムです。

 

 これを一斉授業で教師の指示のもとにやったことがあるのですが,

 時間もかかる上にわからないことの共有ができず結局,最終的に

 人のノートを丸写しして説明をなんとか苦しみながらできるようになった

 という状態でした。

[]『学び合い』ではノートが本来の目的を取り戻す

  私は,常にノートに考えた証拠を残しいつでも示せるようにしておきなさい

 と言っていますが,

 ノートへの記述はこどもによってそれぞれであるのですが,

 (ある子は図を駆使していたり,ある子は,表とキーワードでまとめていたり)

 説明する際に見直せる状態にしてあります。

 今までのノート指導は教師が教えた気になるためにさせていた気がします。

 「学び合い」ではノートの使い方が本来の目的にあったものになるはずです。(スミマセン私の私見です。) 

sumimonsumimon2008/01/29 05:20はじめまして、長野県で小学校教員をしているsumimonと言います。
「それは小学生には無理でしょう~。」
という言葉。私も「無理」をさせていると自覚しているので、よく言われます。しかしながら、「無理」なのではなくて、「させていない」から「無理と決め込んでいる」のではないかと心の底で叫んでいます。

iku-nakaiku-naka2008/01/29 09:01sumimonnさんに同感です。
やりもしないのに「無理」と決めつけるのはどうかと思います。教師の基準を生徒に当てはめる(押しつける?)と、生徒は私達の予想以上の「成長」はしません。教師の思うように児童・生徒が動いたとしても、それは「主体的」でも「自主的」でもないことを教師は分かっていると信じたいのですが。

rion_fujirion_fuji2008/01/29 09:19>sumimonさん
ありがとうございます。人間は追い込まれたときにそれまでに蓄積したものや様々なものを動員して取り組もうとすると聞いたことがあります。残念ながら結局自分の範疇にいてほしいと思っているのかもしれませんね。でも,伝わる努力をしたいと思います。

>iku-nakaさん
ですよね。おっしゃるとおりだと思います。教師は,学習指導案などでもわかるとおり,自分の予想を超えてしまったときの対処法まで考えたがるとすれば,やはり,思うように動かしたいと思っちゃうのかもしれません。子どもを大人と同じ一人の人間としてみていない部分があるのでは?(その学年なりの未熟な存在としてみているような気がします)
私たちは,どんどんやらせて伸ばしちゃいましょう!

janglejapjanglejap2008/01/29 20:21うふふ。「どんどんやらせて伸ばしちゃいましょう。」が素敵ですね!

2008-01-25

[]保護者を巻き込む

 先週,5年生の授業参観及びPTAがあり,一クラス理科で私が授業を行った。これまで,保護者は後ろから子どもたちの様子を見ていることが多かった。しかし,それでは,『学び合い』のよさがわかってもらえないと思い,「保護者の皆さんも子どもの学びを知るために子どもの近くで会話を聞いてください」と提案したところ・・・・。

近くどころか子どもと一緒に授業に参加してしまった。

前半は後悔するようなことが起こった。

それは,

保護者が,子どもに指示を出し始めたのだ。

「ここでやることは,○○だから,ノートに表を書いて,チェックするために丸をつけていきなさい。」

「そのやり方はおかしいんじゃないの?」などなどです。

子どもたちは,怪訝そうな顔を浮かべながらも保護者の意見を取り入れる子もいた。

私は,子どもたちにとって『学び合い』にくい状況を作ってしまったと大反省でした。

 そこで

 「今日やることは何? やっていることからデータはとれる? クラスのみんなが納得する説明ができそう?」

 と大きな声でいいました。

 

 その時点でやっと子どもたちは他の子達とダイナミックに関わりあい,話を始めました。

 ある子が言った一言が大きかったかも

 「やることはわかっているんだから,だまっといて!」

 自分の親に言い放ちました。

 う~ん,すごい。

 これが,周りに与えた影響は大きかったと思います。

後半は,子どもが親の存在をまったく気にしないで動き回るようになりました。

 本日,そこに参加していた保護者の一人に声をかけられ

 「先生,おもしろかったです。また見せてください」

 ということでした。

 いつでもどうぞですね。

 保護者を巻き込むと大きい力になりそうですね。

 現在の日本の学校のおかれている状況においては,保護者が学校に与える

影響力は大きいと思います。

koushinsenjinkoushinsenjin2008/01/26 16:01 保護者が指示してしまうのでは…と心配しながら読んでいたのですが…。おお~という感じです。専科でも、保護者を巻き込めるという希望が見えました。ありがとうございます!

rion_fujirion_fuji2008/01/26 22:55 私が一番びっくりでした。子どもに任せてよかったです。

2008-01-24

[]わかっていない子がみえる。

 『学び合い』の考えをもとに実践を行い始めてから自分にとって一番大きな成果として,わかっていない子がみえてきたことである。

 様々な段階の「わかっていない」がある。それが,明確にみえてきた!

 ではその対応策である。

 2年前ならいかにその子達に個別の指導をするか悩み,わかっている子達にどういった課題をあたえていくか悩んでいた。

 だが,今は違う

 その子が「わかっていない」ということが全体にわかるようにする。(全体に大きくアピールするなど・・)そして,他の子たちと関わることで解決してもらう。

[]子ども同士の関わりが変化する

 みんながわかることを求め,子ども同士で関わると確かにわかる子は増える。これまでは,子ども同士のかかわりの中で「教え-教えられる」から「一緒に考える」になっているとある程度満足していた。

 しかし,最近子ども同士の会話がちょっと変化してきたことに気づいた。

それは,わからない子とわかっている子が関わる場面である。

 

 わかっている子がわからない子の現状を把握する質問を最初にするようになったのである。

 「今何をしていたの?」「どうしてこうやったの?」

 「どこまでやった?」

 「ちょっと待って,いまからやってみるから説明してみて!」

などである。おそらく,わからない子の思考の流れを探り,その流れにのせて一緒に考えようとしているのではないかと思われる。

 しかも,「わからない」本人は何かを得たら,自分でやろうとし始める。

[]子ども同士の評価

 上記は,子ども同士で評価をしている事例になるのではないかと考えている。「説明できる」などといった活用可能な知識にしないといけない目標などを与えられると実は,子ども同士のほうが深い理解に至るための適切な評価をするのではないかと思う。教師はどうしても心のどこかにテストにあらわれる理解を意識しているが,子どもはそんなもの軽がると超えてしまうのかもしれない。

 だからこそ,教師は,本来のやるべきことにエネルギーを注ぎ,よけいなことはしないことだな~と今日の授業を通してつくづく感じた。

 う~ん,子どもに負けないようにもっとすごい目標を設定しよう。

 

2008-01-23*[文献]子どもをナメるな

 久しぶりにブログに書き込んでいます。

今,読んでいる途中の本ですが非常に面白い!

表紙に書いてある言葉と経済学者が書いているという視点の面白さに

惹かれて買いました。

 その言葉は,「教育の効果をあげるには,子どもに自ら進んで勉強をしてもらうしかないのである」です。この「してもらうしかない」に惹かれました。結局,賢い消費者を育てる必要があり,そのためには損得勘定まで含めて子どもたちに考えさせる教育を行う必要があるということだと思う。だからこそ,学校で勉強する意味も語る必要があるし,算数を学ぶことの意味も納得してもらう必要があるというわけだ。

 『義務教育の役割』の章に「子どもにとっても社会にとっても同時に役に立つような教育コンセプトの確立こそが重要になるのだ」とある。

 読めばよむほど,これからの教育で必要なのは『学び合い』だと思えてくる。

[]教員は本当に活用可能な知識を目指しているのか

 算数の学習などでも,その時間に学んだことの定着をはかるためと称して問題を解かせたり,理科では,ものづくりをしたり日常に見られる現象を説明させたりする。本当にそれで活用可能な知識は身につくのだろうか。今になって考えれば,ただ発展的な問題に取り組ませていただけのような気がする。発展の先に活用はあるのかな~。

[]『学び合う』ことがいいのはみんなわかってくれる。でも・・・

 遊びの中での学び,生活科での学び,お楽しみ会について話し合う子どもたち,操作活動を自由にさせているときの子どもの会話・・・learning Pyramidなどについて先生方と語ると『学び合い』についてはわかってくださいます。でも,ほとんどは,取り組もうとしません。最初の一歩が,ものすごく勇気がいるのかもしれません。今日ある先生(40代)と話してみました。まじめなかたです。「板書から最初にイメージして板書計画をたてて授業をするから『学び合い』の板書のイメージがわかないんだよね~」

 たしかに,研究授業などの指導案検討などを行うときもよく板書案を書いて議論したりする。私の『学び合い?』の授業では板書計画はない!本時の目標と予想されるまとめしかない。最近は,3時間を通した目標を設定しているのでなおさら計画はない。う~ん,困った。

結局,ノートに学ばせたい内容がきちんと整理されて記されていないと安心できないんだろうなあ~。

2008-01-03あけましておめでとうございます

 みなさんあけましておめでとうございます。

帰省から帰ってきました。帰省先で本屋に寄るたびに気になる本を

購入したため,読みたい本が数冊たまっています。

こうなったらこれまで以上に同時に読むスピードを上げねば!

 今年は,自分の中で節目と考えていた年齢を迎えることもあり,

 「やります!」

 これからは,発信力をアップしていきたいと思います。

 また,昨年から考えていた

 「教えるではなく,醸し出す」

 実践力を発揮できるよう努力していきたいと思います。

 さらに,これまでのような冊子への原稿ではなく,

 「ある程度きちんとまとめたもの」

 を示したいと思います。