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rion_fujiの日記


Hirotaka FUJISAKIです。
鹿児島市の小学校で『学び合い』を実践しています。
授業はいつでも都合が合えば公開いたします。
いつでもメールください。メールのやりとりで『学び合い』ましょう。
メールアドレスは、rion_fujiとybb.ne.jpを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。

2007-10-25学び合いの限界?

 西川先生学び合い限界について触れられて以来,学び合い限界について考えることが多くなった。

 今の学習指導要領の内容で,これまでの授業のスタイルをもとにした考えに学び合いの考えをを取り入れたやり方であれば,限界がすぐに見えている気がする。

 つまり,子どもたちが様々な子どもと関わり,全体の理解度を高めていくという現象が見られれば,それ以上はあまり求めなくなるし,かといって他の様々な方法論の成果として語られる部分とびっくりするほど大きな差はないと思われるから限界に近づいたことになるのかもしれない。

 しかし,それは,我々が,これまでの経験や現状にかなり縛られた発想をしているからなのではないだろうか?

 発想を転換していくことも必要なのではないかと思う。学び合いは,手法ではなくあくまでも考え方である。だからこそ,全ての縛りをとりはらい,目指すべき子ども像をもとに全てを再度考え直してみようと思っている。

 現状の学習内容・教科書は,学び合いを前提にしていない。教育課程も同様である。

学び合いで育ってくる子ども 06:05

 

 学び合いをもとに授業を行っていると,かなり高い目標を設定しても子ども同士で解決していく様子が見られる。しかも,テストなどで点数が低い子が,思い切った発想をし,それをきっかけとして中学校高校学習するような内容について学び合ったりする。

 理科に関してだけかもしれないが,創造性を育てるという意味では,学び合いはとっても有効だと思う。

 しかも,以前まで取り組んでいた班をもとにして,教師が中心になって全体でまとめるような普通の授業のやり方では,教師の働きかけをかなり多くしないとわくわくするような発想や「なるほど!」といった声は多く聞かれなかった。

教師は学びあわない? 06:05

 

 教師について考えてみるとおそらく一番の課題は,「日々の授業をどうこなしていくか」だろう。そうしたときに,今の学習内容・教科書であれば,教育実習で学んだことをもとに研究授業で学んだことや書籍などから学んだ手法を取り入れて個人で実践できる。しかも,成果に対する責任をとる場面はないので,学び合う必要はないのかもしれない。

 しかし,学び合う場面がある。それは,総合的な学習の時間の内容や進め方,評価について考えるときと生徒指導上の問題について考えるときによく見られる。

 教科のことについて学び合う場面は校内研修の時間がほとんどかもしれない。それでもいいのでは?といわれるとそれまでだが,先生方との日々のかかわりの中で学び合いがおこるといいなあと思っている。そうすれば,学校の雰囲気,子どもに与える影響も大きく変わるだろう。

 そのために自分の学校でどうすればいいか・・・ちょっと考えてみよう。

 

koushinsenjinkoushinsenjin2007/10/30 00:33こんにちは。
教師って、「学び合わなくてもある程度できたという子どもだった」という人が多いのではないか。とも考えましたが……。研究グループも多いから、ちゃんと学び合っているとも言えるのでしょうか。
ところで、身近に「まなびあい」の研究グループは存在しますか?

rion_fujirion_fuji2007/10/30 07:49鹿児島には残念ながらありません。どの研究会でも同じだと思うんですが,中身を工夫して対象を検討しないとなかなか集まらないですね。
研究グループのメンバーを見たときにかなりの重なりがありますよ。つまり,全体でみると一部の人が熱心に研究しているということになります。
学び合わなくてもできたというのは確かに層かもしれませんね。学び合うという考えすらないかもしれませんね。

koushinsenjinkoushinsenjin2007/10/30 22:10そうですか~。
でも、きっと鹿児島の実践者は二人だけというわけでもないですよね。