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ogymの日記 @浜松 

  • 浜松でも『学び合い』を増やします♪
  • 連絡はogymと@hkg.odn.ne.jp をつないでください。
  • 『学びあい』浜松の会…今年度は奇数月の第1土曜日9時~12時開催。
  • 三方原協働センターで行っています。お待ちしています。
  • 09/29いつか

    いつか 16:22

    「いつか『昔はよかったなぁ、カセット持ち寄って家に集まってゲームしてたんだぜ』って時が来るんだって。」

    「そうか、いつの時代も「昔は良かった」ってなるわけか。」


    30年ぐらい前、自分が高校生だった時の、休み時間の友達との会話の断片。


    http://chuplus.jp/paper/article/detail.php?comment_id=586614&comment_sub_id=0&category_id=203&from=news&category_list=203


    ネットで対戦・実況。自分が言ってた時代が、もうきてた。


    小金持ちの方からの話 23:41

    「ちょっと時代の先を見て、それに合ったことをさきがけてやってれば、金は天下の回り物、自然に集まるもんですよ」


    先を読むとは 23:41

    中国の故事には「優秀なのに登用されないことを嘆く軍師の話」が出てくる。

    登用されないことを嘆いたり、登用しない皇帝や民衆を嘆いたりする。


    ギリシャ悲劇には「先を読むが語るだけの予言者」が出てくる。

    予言はするが、たいていは避けられない。オイディプスも、アンティゴネも。


    先を読んだ後、それをどうする、というのは昔からあった話題なのだろう。

    まさに、この地域、これからの私達、どうする? です。

    今後 23:41

    人生100年時代といい、資産形成と煽られ、たくさんの投資信託へ金が流れる。

    100年時代と言ったからと言って、100年生きる人ばかりではない。

    今の高齢者は戦前の厳しい時代に飢餓状態もいき抜いた丈夫な人々。

    団塊の世代以後の「飽食の時代」の人々が同じ100年生き抜けるかは誰も保証しない。



    そんな間にポコポコ人が死ぬ。2人に1人が癌の時代。葬儀場が間に合わないぐらいたくさん。当たり前のように。ロシアンルーレットのように、知っている人が順不同に。この前まで元気だった人がすぐに。誰も逃れられない。

    様々な治療法をそれぞれが選択し、尊重される。一人も同じ症状の人、同じ資金の人はいない。皆自己選択し、行動していく。

    保険も、投資も、捨て金は増えるし、アクセス不能となった浮いた口座もたくさん出る。

    死後の心のケアの需要も高まる。それに対応する癌教育の次の死に対する教育も出てくるか。



    癌と発達医療と薬の関係も本当に諸説あり。それに振り回されてウンザリなところもある。LGBTに同和にジェンダー。法に環境、経済に金融。これぞ基本!と教え込もうとするものばかり。教えられる方はたまったものではない。それを学ぶための「読み」「書き」の時間を削って、理解できる範囲を超えたものを講義させられても理解できるものは少ない。講義した方は、理解できた子の感想を取り上げて、さも効果があったように見せる。そして「読み」「書き」の時間を削ったことはさておき、よかれと思って教えている。教え理解されたものは「教え理解させることが善」とばかりに次世代にも押しつけようとする。教え理解できなかったものは、適当、ほどほどに進む。だから、きっとずっと改善されずに進む。解決されたら飯の種がなくなる。



    戦後の高度経済成長までしか歴史を学ばない日本、その後の50年と今後の戦略を学ばない日本。

    もう、SONY、富士通、NEC、東芝、ナショナルパナソニック、シャープ、SANYO が世界を席巻していたなんて、昔の話。

    モノも作れない子供に「モノ作りの国」と親の七光りでカラ威張りさせてはいけない。

    かまどで飯を炊く、風呂を沸かす、モノを手入れする、綿花から糸をつむぐ、御蚕様から糸を取り出す、こうぞから紙をすく、ニワトリをつぶす、わらを編む、かごを組む、地域の歴史を語る、戦時体験を語る、高齢者に任せきりだったそうしたモノ作りがロストテクノロジー化する。



    アンテナを張り、お金を掛ければ様々な事が何でもできる日本。

    人工知能の塾教材キュビナは月々たった2000円で収まる。学者深沢先生の理論に基づいた体育プログラム忍者ナインは全国で受けられる。子供用のプログラム、個別トレーナーが付くプログラム、科学的プログラムは様々に提供されている。あらゆる競技や趣味が日本中にあり、アクセスさえすれば入り込んで行ける。講義はyoutubeでいくらでも手に入る。スタディサプリで大概の講義は聞ける。チャーピーを使えば英語も個別適応化された課題で練習できる。ただし、お金があれば。

    お金と時間の余裕、アクセスする余裕が無ければ、親が見てきた一時代前の範囲でしか世の中は見えない。そんな中、子供間・家庭間格差は広がっていく。



    中国に留学している友人からは、最新の機器を導入している中国の小学校の画像が送られてくる。後発効果で親は教育熱心。向学すれば、未来が保証され、向学心無ければ抜け出せない。産学連携が国家事業。半裸の家族とベンツ・黒スーツの企業家を同じ場所で見た。高度経済成長期の日本と同じことがIT革新の現代に中国で起こっている。優秀人材がすべて引き抜かれてしまう、というのもあながちウソでもない。身の回りのMaid in chinaの多さ。日本製品の少なさ。



    教師がプラック企業と言われ、教師不足が慢性化。来年以降も不足が出る。産休代替要員がつかまらない。退職校長が職員室のひら教員として残り、尊厳も形骸化。コミュニティスクールは今後30年後の自分の地域をどうする?という重要な仕組み作りになっているのに、校長は数年で異動、自治会長など地域の参加者は60越えで30年後に評価できない方が形式的に参加する形が増え、旧態依然として機能していかない。

    生き生きとダイナミックに変化を厭わない場所が主流にはなかなかならないのでは? 若手が入ること、地域が入ること、理解が深まること、いろいろと欲しい。


    どうなる、どうする。


    発達障害の人は見え方が違う 23:41

    …と講演会で話しているのが新聞に載っていたが、では皆は見え方が同じなのか?


    東大生の頭に入っている数式と、エンジニアの頭に入っている車の構造と、携帯販売員の頭に入っている各種プランと、

    同じものを見ていても見え方はもともと皆違うものではないか?


    あの人たちは、と区切るか、皆、と区切るか、そんな見方も人によって違う。


    人は一人一人違う 23:41

    大まかに同じだが、違う。


    走り方でも同じことが言われてきた。

    日本では、カールルイスの走り方を真似していた時期があった。トムテレツ マック式ドリルと言われるよくあるやつだ。

    しかし、自分に合うかどうかは自分にしかわからない、人によって骨格の構造は違うから、一番良い走り方というのは存在しない。

    というのが主流になった。

    それでも、足は蹴るのではなく「接地する」「重心移動で動く」のは大まかに同じ。


    そこから先は、「速く走りたい」と願い、何度も自分で試行錯誤を繰り返し「行動した」者が速くなる。


    そんなに違うのだから 23:41

    先生のペース「話し合いあと3分ね~」とか、「あと5分で感想書いて~」は単なる経験側で万人に合うものではない。

    それでも時間は限られているんだから、先生も子供も折り合いをつけてやっていくしかない。


    速い・遅いことを叱るのも、なんだかナンセンスに思えます。


    発見 23:41

    きのう、理科で子どもと虫取りをしたのですが、その最中、突然「あ!6本だ!」と叫んだ子がいました。

    1学期に「足は何本」の仮説実験授業をした後も、教科書で学んだ後も、テストをしても間違えていた子です。


    きっと、きのうが「その時」だったのでしょう。人によってペースはまちまち。違うのが当たり前、というのはこういうことかなぁ、と思いました。

    09/26通達

    感覚 23:55

    7月の市内職員の飲酒運転事件を受け、


    浜松の教員は、代行運転の使用を禁じられた。

    休日に呑む際は、管理職に当分の間、報告することとなった。

    これに反したことが管理職に認知された際には、指導が入ることとなった。


    まあ、守るわけですが、何だか、釈然としない。

    飲酒運転はしない、という単純明快なルール。その一点なのに。


    私生活の制限、これはおかしいのではないか?

    いや、公務員だからこれでいいのか?疑問を持ってはいけないのか?

    当分の間、がいつまでか、分からないが、いつまでだ?


    これが法的にどうなのか、どこに相談したらよいものなのか、

    そんなこともまるで分からない。知らない。


    形で出すしかない、というのは分かる。出した側も分かっている、守る側も分かってる。

    でも、このままでいいのかという疑問がとても残る。


    形骸化 23:55

    メールで内部情報が漏れた事件があった頃、

    保護者や生徒と直接連絡をとれる手段をもってはならない、という通達が出た。

    それから何年もたち、


    そんな通達は知らない、という新人職員はもちろん増える。


    守っているのも馬鹿らしい、でも守っているということになっている、そんな曖昧さのまま、誰がどう直すのか、いつまでなのかが不明のまま、形骸化する。


    学級会でも、校内会議でも、「期限」の曖昧な約束事は、結局守られない。

    そこに「評価」が無い。


    目的ー目標ー一定期間の実施ー評価。形を明快にシステム化「誰がやっても変わらない」形に。


    学び手はだれか 23:55

    昔、逆上がりの指導をした際に、

    どうしたら子供達が逆上がりができるようになるか、いろいろな本を読んでうんと考えた。



    結果、逆上がりに詳しくなり得意になったのは、自分だった。



    できる自分が詳しくなっても、それは意味がない。

    学び手はあくまで学ぶ側の子どもたち。それを、教師も自覚し、子どもも自覚しなくてはいけない。

    そのために、常に常に、「学ぶのは誰ですか?」と問いかけ続けます。

    そして、「自分がやった方が早いかな」と思う時ほど、子どもの大切な機会を奪わないように、と思います。

    09/24我流の真意

    我流… 01:17

    我流を捨てよというのがTOSSでよく目にした

    帰依するようでその点で抵抗感を感じた



    当時は。


    が。


    「勝手につまみぐいする」より「形だけ真似する」方がマシ

    「形だけ真似する」より目に見えない「目標」や「目的」がつかめた方がマシ



    目に見えない「目標」や「目的」は語っても話しても本人にその気が無ければ、

    身に付けてもらえないし、言われて分かるものでもない。


    だから、「形から」入ってそのうちつかめ、ということだったのだろうか。


    いまなら、そりゃそうだ、と思う。

    今の自分も 01:17

    学び合い』をしてみたい、という方がいたら、自分は、「3つの観を語る」とこも含めて、まずはそのまま本に書いたある通りにやってみることを勧めている。三崎先生の語りのプレゼンも公開されている。


    「3つの観」を1回話しただけで心に残るものでもないし、子どもの心に響いたかどうかも分からない。まして、自分が説明できなくなるかもしれない。自分の言葉でいつでも語れるぐらい出ないと、と思う。


    それからすると、省略しない方がいいと思うよ、というIメッセージを送るしかありません。

    09/23鳥取の記録

    マスターズ 01:55

    仕事後、新幹線にとびのり鳥取へ。行けるものだ。

    マスターズ 100m 13秒74。過去と比べれば遅い。未来に比べれば、早い。

    やらなければ、分からない。やれば、できる。


    自分はM40(40~45歳クラス)。その後のM35クラスでは、末続慎吾が出場していた。

    10秒95。それでもM35クラスの日本記録や大会記録ではない。

    きっと、次の目標にもなる。


    マスターズは、学生の頃、「おじいさんたち、よくやるなぁ」と思っていた。

    しかし、どの年齢で、競っても、楽しんでもいいのだ、そうした場があるって、いいじゃないか。と思うようになった。


    だれもが、自分を高める生きがいをもてる。幸せなことだ。

    探訪 01:55

    砂丘→白兎海岸→鳴り砂→鳥取駅周辺の温泉

    鳥取→ジオライナー→山陰本線→海岸線探訪、余部鉄橋(昔事故があったとこだ)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/余部橋梁

    →城崎温泉→玄武洞(玄武洞ミュージアムはとても興味深い展示で一日いてしまった)

    http://genbudo-museum.jp/

    ①柱状節理の理解(表面はすぐ冷えるが内部は冷えるまで数十年かかるハワイでの研究結果等)

    ②円山川がゆるやかな理由(汽水域)

    ③コウノトリを守る地域の取り組みと研究結果と地域の取り組み

    http://kounotori.org/

    ④ジオパークガイドが有料・有資格。モデル地域となっていること

    ⑤奇岩・化石・宝石

    ⑥豊岡の産業

    →福知山→京都→名古屋→浜松

    知的好奇心 01:55

    いろいろと話すのが好きなのでガイドさんや地域の方に話を聞いたらいろいろ教えてくれた。

    教えてくれたことと自分が知っていることを掛け合わせて、生まれた疑問を質問してまた納得して満足する。


    納得して満足する、ということを体験してこれたから、自分はそれが好きなのだろうか。

    納得したことが無い、されるがまま、という体験をしてきて勉強が嫌だ、という人もいるだろうに。


    文字が読めない、歴史も科学も興味がない、という子たちは、こうした楽しみを味わわずに過ごすのだろうか。


    地学を知っているからジオパークが分かり、

    地理を知っているから名産が分かり、

    歴史を知っているからその雄大さが分かり、

    文字が読めるから説明が読める。

    貴重さも分かる。

    いろいろと勉強になった。

    01:55

    探究する材料を得たことで探究に行ける「自分の知を作り上げる」楽しさだろうか。


    子供らにも、自分が感じる楽しさの一端を味わってもらいたいな、と思い、教え伝える。


    教育は自分の仲間作りだ。

    09/21鳥取到着。

    途中、先日の学び合いで知り合った方と姫路で刹那にすれ違う。

    たくさん人はいるけれど、主要交通は同じようなもの。世間は狭い。


    鳥取インタハイ以来二十年ぶりの鳥取。

    20年なんてこんなもの。あと20したら還暦おじいさんだ。



    人生はあっという間、ということを知ると、今できることをする、という意味が身にしみる。




    三十代になるとガクンと体力が、、、という言葉はよくきくが人によって違うから同意する必要はない

    四十代も六十代もみんな同じことを言う。

    自分の体はいつ終わるかわからないのだから。今がこの先の人生の中で一番若い!(^_^)a

    suikanomeisantisuikanomeisanti2018/09/24 09:15ようこそ鳥取へ。私は初日、二日目の投てき審判員をさせていただきました。本日最終日は休養日…。いただきました。いくつになってもその年齢なりに若々しくありたいものです。

    ogymogym2018/09/25 02:02suikanomeisantiさん ありがとうございます。

    20年ぶりの鳥取(鳥取インタハイとワールドウイング合宿を学生の頃に…)でした。今回、各所も廻れて名物も食せて、とても楽しかったです! 試合運営の方々も温かく、大変良くしていただきました。ありがとうございました!

    それぞれの方法でそれぞれのベストを尽くした結果を出してください。どうぞ。という『学び合い』のようなものですね。それぞれがそれぞれの達成を目指し、みんなが達成できることを願う。

    09/20連休は

    連休は、山陰へ行きます。 23:17

    マスターズ陸上に申し込みました。鳥取県でこの連休、あります。

    全国大会ではあるのですが、参加標準があるわけではありません。あるとすれば、年齢が達しているか、陸上競技者の登録をしているか、です。意思があれば、出られます。

    目標や目的の変化。 23:17

    学生の頃は、目標があり、そのために練習をしてきました。


    目的は、何だったのでしょう。


    名声? モテたい? 記録向上の爽快感? 仲間づくり? 自分の限界を知る? 自慢の種?


    ま、そんなところだったのでしょう。


    現在は 23:17

    「いつかは体が動かなくなるものだから、その時やめればいいや」という楽しみ優先で取り組んでいます。

    目的は何でしょう。なぜやっている?


     体力維持 スポーツテスト 優越感 自己満足 やればできるの実証 動ける喜び 話題作り


    ま、そんなところなのでしょう。


    「そのことだけを考えればいい」というのは、なかなか貴重な時間です。

    仕事が終わったら電車に飛び乗って遠くの街へ行く、そんな非日常性も毎度わくわくします。


    練習も面倒くさくなったりモチベーションが上がらなかったりします。 23:17

    そんなときは、

    ①無理やり申し込む。

    ②期日が近づく。動かなきゃいけない。

    ③宿も取ってしまう。行かなきゃいけない。

    ④結果、動く。

    試合が、練習のようになります。


    「やれば、できる」 「やらなければ、何もおこらない」 を 実感しています。

    09/19できないできないできるできる。

    できないできないというと、できない。 01:37


    「感想は?」「ない。ない。うかばない。わからない。ない。」


    まるで「ない」の呪文。言うとその通りになる。



    『Aくんは「ない」の呪文を使った。アイディアがうかばなくなった。』


    言葉は魔法 01:37

    ないないバリアで結界を張る。まあなにか、こだわって触れられたくないところなんだろう。誰にでもそんなものはある。

    あれは声に出して主張することで、意味が出てくるのだろう。そこまでアピールしなくてもよろしい。


    言葉は、口から出ると、意味を成す。

    微妙な差だが大きな差。 01:37

    きっと、君は、「あるよあるよ」と見付けることができる!頑張れ! → you メッセージ。押しつけ。

    きっと、君は、「あるよあるよ」と見付けることができる、と僕は信じている。→ I メッセージ。僕の内で完結。


    I メッセージの主語は僕。僕がどう信じようと自由。本人がどう思うのであれ。そして、自分の言葉に責任をもてる。


    youメッセージの主語は君。君の行動を僕の考えで押し付けようとしている。できなかったとき、弁解できない。


    きっと、達成できない子やクラスに対するときのポイントは、こんなところではないでしょうか。

    09/17大切なものは目には見えない

    例えば、校則を形だけ無くしても、荒れるだけ。 00:23

    例えば、校則を無くした校長がいたとする。

    子供らが自主性をもち、非常にうまくいっているとする。


    その実践を再現したい人がいたとする。

    ①の失敗「目に見える形だけ真似た結果」 00:23

    目に見える形は「校則の条文が物理的に無くなった」ことであって、

    形だけを真似して「わが校の校則も無くそう」とすると、混乱が起こる。再現されない。



    そこに形として現れない「信念」「目的」「目標」「思い」そういった目に見えない点が大切だからだ。

    ②の失敗「言葉面だけを借りた結果」 00:23

    では、「信念」「目的」「目標」「思い」そういった目に見えない点を真似したらどうか。

    それでも混乱が起こる。再現されない。


    「信念」「目的」「目標」「思い」そういった目に見えない点を借りてきて、真似をしても、本心でなければ、言動が一致しない。


    言動の不一致は、目は口ほどにモノを言い、百聞は一見に如かず、で、行動から伝わってしまう。

    つまりウソだとばれるからだ。


    再現したいのなら、同じ志になること。 00:23

    同じ志にならないと再現されない。

    それでもきっと、人の考え方は人によって違うから少しずつずれる。


    真似は出来ない。

    自分に対する参考・アドバイスとして盗み取って、自分のものとすることはできる。

    結局、学ぶ主体でないと、学んで再現することは難しいのではないかと思う。



    なぜ校則をなくしたか、納得いくように説明が、生徒たちができるか。

    何のためにそうしたか。上位にどんなビジョンがあるか。何が求められているか。それに納得しているか。



    きっと経営学や宗教や心理学ではどこかで言われていることだろうけれど、目に見えないものが大切、ということが自分の中で落とし込まれてきました。なんだか、すっきりします。


    未来の先生展にて心に残ったセリフ 01:28

    台上で語る方々が、話す言葉に共感できると、安心します。ただし、帰依はしません。主体は、皆、私、なわけです。


    「スーパーティーチャー目指しちゃダメなんです、子どもの自立の機会を奪うでしょう、上手くいかないと教師のせいにする、そうした子供にしちゃダメなんです。きめ細やかな支援をすればするほど、より支援が必要になってしまう、先生も大変になる、負のスパイラルになってしまうんですよ。」


    「みんなちがってみんないい、じゃないんです。みんなちがったほうがいい、なんです。あいつが板書をタブレットで写している?ずるい?そう思うならあなたもそうすればいい。合理的配慮は、配慮が必要な子だけじゃなくて、みんな必要なんです。」


    「退職された方を再任用で採用したことがあって、過去の自慢話と過去の成功事例を引き出してきて強要して、手に負えなくなったことがある。だから、そうした方に納得してもらう時間がもったいないから、積極的に若い人をとります」


    「やり方が昭和だなぁっていうの、残ってますよね。ツーカーで、暗黙に分かれっていうか」


    「出る杭は打たれる、だけど、出過ぎた杭は『頭角を現す!』だよ」


    「今は、本来の目的を取り戻す絶好のチャンスの時なんですよ」


    エピソードとして話せなければ、活かせなければ、見なかったのと同じ。たくさん、心に残った言葉があった。


    プロジェクト学習 00:23

    何かしらのプロジェクトを与えて、そこからの成功失敗体験から学ぶ。

    部分を深くは学べるが、系統だった知識が学べないので、不安になる。よくある構造。


    そのプロジェクトを一時間の学習で系統だった知識を学びながらできる『学び合い』は、本当によくできていると思う。


    系統だった知識を学ぶことも、チーム力も両方育てることができる『学び合い』は何て欲張りなんだろう?! 01:35

    中国でもらったある進学校の学校紹介パンフレット。

    「チームでの学び」を重視する優秀な活動として「課外活動」を取り入れていた。


    中国に行く前の事前学習で「中国には課外活動・部活動は無い」ということを学んでいた自分には、驚きだった。


    日本の学校にある教科の学習、そしてもとからある体育祭などの行事や課外活動。


    教科を『学び合い』、行事をプロジェクト学習化する。考え方を変えるだけで(形骸化してしまった点を見直すだけで)、日本の学校の今の枠の中でできることはとてもたくさんあるのではないか、と考えられるようになった。


    樹木希林さん死去 02:03

    NHKで映画「あん」の最後のセリフが紹介されていた

    この世を見るために生まれたならば、この世で何者かになれなくても、生きる意味はある…といった内容


    不登校新聞で紹介されたというセリフも紹介されていた

    いずれ死ぬんだから、自分で命を絶つなんてせず、もう少しふらふらしてて欲しいのよ…といった内容


    いいなぁ、、、と思った。世の見方が変わった。


    私は棒高跳びという競技を続けています。

    特段、何かに優勝したと上位だったとかいう経験はありません。

    でも、空に飛び上れるのは気持ちいいのです。

    みんながやめていく中で、引退もせずだらだら続けているのはみっともないと思われるのではとも思いました。

    でも、いずれ体が動かなくなって飛べなくなる日が来るんです。

    せっかく習得したこの気持ちよさをわざわざ手放さなくてもいいんじゃない?と思って、続けています。

    いずれ飛べなくなるんだから、、、」


    超高齢化社会・多死社会とは、こういうこと。 02:03

    これまで子供の周りには死が身近で亡くなった、なんて言っていたが、

    これからは知っている人が次から次へと毎日当たり前のように死んでいく。


    死が身近にさらされ、「あなたはどうする」と生き方を迫られる社会。


    癌ができたら、選択カードを引く。放置?放射線?薬?重量子線?お金は?保険は?食べる?断食?歩く?温浴?

    自分が選ぶか人に任せるか、帰るのは、自分の生き方。

    人生100年時代というけれど 02:03

    41歳寿命説によれば、平均寿命を高く引き上げているのは、戦前生まれ、戦後の「飢餓状態」を生き抜いて淘汰されてきた丈夫な個体のおかげ。高度経済成長期の飽食時代の個体が長生きするとは限らない。また技術の発展で淘汰されるはずだった個体が生きる確率も高くなった。そうしたことを勘案して計算して41歳とのこと。


    父は72.祖母は94.自然災害や交通事故の様に不慮のモノもある。けっして100年ではないだろう。

    でも「投資はいかが」「オーナーはいかが」「ローンはいかが」といろんな誘いがあり、

    その誘いは100まで生きる前提、60まで無事定年を迎えられる前提を疑う様子は無い。


    「人生100年を生きるために」というけれど、「本当にそうか?」と考える力は、必要と思う。

    09/16刺激的

    未来の先生展 01:25

    刺激的でした。

    みんなアクティブで、アクティブなのが当たり前で、いったい私は現状で何を止まっているんだろう、と感覚がおかしくなる面白さがありました。

    学校を「リデザイン」する-麹町中学校校長 工藤 勇一校長

    http://www.futureedu.tokyo/education-news-blog/2018/6/28/what-school-could-be-n-tokyo-061018-kudo-yuuichi


    公立でまだまだできる桜丘中学校 西郷校長

    http://school.setagaya.ed.jp/swas/index.php?id=tsaka&frame=about_us


    高校での支援教育もこんなにできる 明蓬館高等学校 日野校長

    https://www.at-mhk.com/style/tabid104.html


    Most Likely to Succeed」

    「人工知能 (AI) やロボットが生活に浸透していく21世紀の子ども達にとって必要な教育とはどのようなものか?」

    http://www.futureedu.tokyo/most-likely-to-succeed/


    主催 一般社団法人Teacher's Lab. 数人でもこれだけの影響ある会を開ける

    http://teacherslab.strikingly.com/



    痛快でした。勇気をもらいました。

    http://www.u-sacred-heart.ac.jp/topics/2018/180916.pdf

    映画感想 01:25

    プロジェクト学習型―基礎学習テストの学力は不安視のよくある構造

    学び合い』って、そんな点もクリアしてるのでは?


    等々。

    09/15皆、固有

    明日は 未来の先生展 に行きます。

    【映画『Most Likely to Succeed』上映会】を観ることがめあてです。

    https://www.facebook.com/sensei.mirai/posts/616603788679075


    今日、地域の町史編纂者の名前の中に、お世話になった方の名前を発見。

    皆、それぞれの歴史を持っている。固有。


    そうした思いをもって語る「みんな違ってみんないい」と、子どもがとらえる「みんな違ってみんないい」が同一であるわけがない。


    読後の感想は、知った後も、常に変化し続ける。


    いろいろなものを見てきた。 02:18

    正論よりも声が大きい方が勝つクラス

    正論よりも声が大きいものが大手を振る町


    勉強することが「得」と見られない文化もあるのです。

    勉強していないこと・教師に反抗したことが「ステイタス」が多数大勢を占めるなら、「学びが」「仕事が」と言ったところで何も通用しません。


    「主体的・協働的な学び」と上から降りてくる一方で、

    それに必要な「文字を読む力」「計算する力」「想像する力」が足りない、つまり、言っていることや課題が分かる力が無い子供もいっぱいいるんです。


    地球温暖化、という前に、「地」の文字が読めない

    SDGs、という前に、自分の住む町の川の名前を知らない

    協働的、という前に、自分のことができていない、そんなのも、いっぱい見てきました。


    いろいろなゆがみ 02:18

    整頓の必要感を感じない家で生活する子に整頓を説く虚しさ

    朝ご飯をコンビニでパジャマ姿で買う親子に「朝ご飯」「栄養」を説く虚しさ

    文字を読まないことで知的な活動なく体力と気迫のみで勝負しようとする部活動

    史跡があっても、日本の歴史の不理解から価値を理解できていない人

    名前を書けば高校に入れる高校

    何十年も前の爺婆の代の高校イメージしか残っていない変わらない価値観

    動画や塾で見たことを表面的にだけ語って教師の話を拒否する子に話す虚しさ



    いろいろなゆがみを見てきました。


    そこで、どうする 02:18

    上から行ってくることと、現状みてきたこととのかい離がひどいです。

    パソコンを持っているのが当たり前でなく、塾へいくことが当たり前でない


    学ばせることで

    地方から逃げ出し、都市部へ向かう人をたくさん作るのか

    地方でできることを増やす人をたくさん作るのか


    何を学ばせどこで生きるのか、重要です。