ogymの日記 @浜松  このページをアンテナに追加

  • 浜松で『学び合い』に興味をもった方、連絡ください。浜松でも『学び合い』増やします♪
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  • 10/02同じこと

    同じことをしているだけなのに

    人によって評価は違う。


    揺らされないようにするには、自分の評価が必要。


    自分は、自分でよい。いつ変わっても変えてもよいし、変わらなくてもよい。

    09/30学び合える教員

    学び合える教員ってどんなだろう、と考えた。

    教え合う教員ではない


    ムリに教えると、学び手は

    心の中で「(それ知ってる)」「(その考えちがうとおもうけど)」と思いながらも、「ありがとうございます」と言いながら教わる、という事態が起こり得る。


    君はそれを学ぶのね。僕はこれを学びます。たまに重なってれば、討議。そんな学び合いだろうか。


    学び合うなら 02:15

    積極的に教えよう、育てよう、としても、その人が共鳴してくれるかどうかは分からない。


    結局、育てられない。


    目的や目標の共有やそこへ向かうことへの同意が必要


    向かう先は自分なのか他者なのかできっと違う。 02:15

    「子供を最大限伸ばしたい」なのか、「自分の技量を挙げたい」なのか

    「自分の名声を上げたい」なのか、「教え子に感謝されたい」なのか

    「周囲の人間に見捨てられたくない」なのか、「自分が楽したい」なのか


    人間だからいろんな経験があり、いろんな思いがあり、いろんな心があり、


    いろんな人がいる。


    そしてそれらは

    年により経験によりいろいろいて良い。


    その中でもちょっとだけ折り合いをつけあって同じ目標がもてれば、きっと学び合える教員になっていけるのかなと思います。

    09/29いろいろな仕事

    仕事量 01:45

    仕事が山のよう。こなせない。

    そのような時、対案を出さないと。


    職に就いて15年、「人員を増やして」という署名やシュプレヒコールの効果を感じたことが無い。

    様式美になってしまっている。要望を出して、気持ちを汲んで、年が明ける。

    そのためには 01:45

    そのためには、今の現状がどうで、何が活かせて、どう変えればよいか。


    そして出すだけでは、「初めてのことだから」と却下される。


    やって、結果を淡々と出して、他の人が興味を持つまでにならないと。


    ある点を越えると、がらっと変わる。


    他に 01:45

    他に期待するのでなく、自分の出来ることから。

    どうしようもなく 01:48

    出張や文書作成の仕事が舞い込み、大変なひと月でしたが、

    「こなせてしまう」からそのまま、でなく、

    現状を、正式な方法で周囲に伝えて改善できるようしていきたいです。

    09/26今できることを

    今できることを、する。

    することで、動く。


    子供の前で 01:08

    語れることのありがたさ。

    1回しかない、その時に、どれだけ本気で語るか。


    どういう大人になってほしいか。

    その一点で、ぶれなくなってきました。


    先生の言うことを聞いて欲しい、というレベルでなく、

    聞こうが聞かまいが、そんなことはどうでもいいが、

    その先を自分はこう願っている

    今の行動が目的に合っているか。


    分かる人も分からない人もいるだろうが

    気付いた人から動いてほしい。


    気付く子たちは結構いる。


    伝えられる人がいることは、ありがたい。


    学び合い』を知ってから 01:10

    なぜ、学級を「経営」というのか、

    目的がなぜ大事か、分かるようになってきました。


    そこから、部活も委員会も授業も全てがつながってきました。

    ありがたい効用です。

    09/23誤解

    人によって考え方は違う 05:19

    人によるどころか、個人の中でも若い時と年を取ってからではかんじかたはずいぶん変わってきます。

    同じ単語を見ていても、皆違うことを想起する。

    違うイメージを曖昧に持ちながら、すり合わせながら世の中ができているんだから、スゴイものだと思います。


    単語一つとっても、同じイメージを持っているとは限らない。

    だからこそ、いろいろな「異」と関わり学ぶ力を付けなければいけないなと思います。



    歴史 05:19

    今の北朝鮮とアメリカの関係を見ていて、倒したい相手を絶対悪とするには相手に手を出させる、というのもとても分かる気がします。

    勝った方が正義になるように、語って教育していく

    なぜ日本が侵略者として語られているか


    事実を拾ってそれぞれが判断するのが必要なのだと思います。


    同じ言葉でも人により、時により見え方が違う。 05:19

    女子挺身隊と慰安婦は同じだと思っていた時もありました。

    豊川で「女子挺身隊手帳」を見て変わる。生徒手帳と同じような手帳。売春等とはまったく関係がない。

    国家総動員法で働きに出ていた女子です。挺身という字だけで実態を見ずに語られ吹き込まれると誤解すると感じました。


    小学校の入学通知書のように、通知が届けば、そういうもんだと思って行く。

    豊川の資料を見て、普通の人々、ということがよく分かりました。

    慰安婦の募集広告や月給、済州島の聞き取り結果、ライハイタンが無いこと等から、

    混同させずに考えれるといいですが。

    赤紙 白紙 05:19

    赤紙が来れば、その時間に部隊に行くし、白紙が来れば、その時間に工場に行く。

    今だって、入学通知書や入学前就学時健康診断、健診の通知が役所から来れば、それなりに行きます。

    そういうものだった、というだけ、と思います。

    時代が変わって「学校で無理やり強制的に教育を受けさせられた」と言う人が出るかもしれません。

    いや、今もいるかもしれません。感じ方の違いです。

    空襲 05:19

    昭和の前半20年はずっと戦争をして空襲を受けていたと思っていた時もありました。

    実際に受けたのは、たった2~3年。そんな誤解も小・中学校時代までよっぽど持っていました。


    教育 05:19

    戦前は洗脳教育がされていたと思っていた時もありました。

    洗脳どころか、至って普通。

    東日本の震災の時、家族親族おいて自分だけ逃げることができたか

    仕事を放っておいて、逃げることができたか。

    皆その時代その時代で同じように学び、ある知識の中で判断し行動していた。


    今の訓練 05:19

    竹やり訓練や防空訓練を笑うなら、今の津波避難訓練や刃物男侵入不審者対応訓練、爆破予告による避難も笑われるだろうか。

    これまでどれだけの数、津波が来て、どれだけの数刃物不審者が侵入したか。

    今も昔も、できることを一生懸命やっているだけで、笑えないと思います。


    05:19

    今のような生活が続いていて、明日も続くとは限らない、というのは、いつの世も同じ。

    東日本震災もそう。戦前もそう。


    これだけ、感じ方捉え方は人によって違う中、教科書を選び折り合いを付けながらやっているんだから、

    世の中よく動いているなぁ、とほんと、思います。

    09/22認識

    学び合い』をすると、子どもの素の人間関係が分かること。

    さらされること。


    そして、繰り返しその人間関係についてメスを入れていけること。



    とても大事。

    いじめやケンカ 00:32

    学び合い』中に、ケンカの仲直りが起きる現場を見れたこともあります。


    これを一日一回昼休みのワンチャンスだけで解決するのは難しい。


    ミサイル 22:01

    学校の防災計画にミサイル防空についても盛り込まれるようです。

    学校の時間は無尽蔵ではありません。


    目の前に見えている目の前の今の世界、をもっと大切にしたいものです。

    09/20障がい

    障がいのない側から、障がいのある子を語る人と

    誰もが特性をもっていると認識し、その程度の違い軽重の違いとして「障がい」のある子を語る人と


    言葉は同じでも全く感じ方考え方が違う。

    分かる人にしか分かっていかない。 00:50

    自分も、これまではインクルージョン?ノーマライゼーション?ユニバーサル?と思っていた頃もありました。

    そうした頃は、受け取り方が全く違いました。

    現状の仕組みは 00:50

    同じ言葉でも受け止め方は全く違い、違う意味に伝わることは多々ある

    しかもその状態で折り合いを付けながら進んでいる。


    伝えるって難しいと思う今日この頃です。

    09/19普通の日常

    普通の日常のありがたみをつくづく感じる。


    教師が背負うのでなく、子供とみんなで考える。

    決断の練習、失敗の練習、成功の練習、

    なんでも、考え方によってプラスにもマイナスにもなる。

    09/18自己肯定感を生む小さい体験

    蚊取り線香に火をつける「できた」体験

    洗剤を測っていれる「できた」体験

    親から教わった料理を覚えて作る「できた」体験



    それぞれが小さい「できた!」体験を積み重ねることができる機会であり、

    自分ができる技術の獲得であり、

    自分しかないオリジナルを伝える役割を担う役割感の獲得の機会であったものだと思います。


    それがまったく奪われているなら、

    代わりになる「できた!」があった方がいい、というのは自分の卒論の主張。。。

    体験と経験 21:27

    体験は、しただけ。でも意味はある。

    経験は、身に付いたものがあるとき。

    『学び合う』機会 21:24

    公立学校の持っている特性は「いろいろな人が集まる場」であるのだから、

    人と関わる機会はいっぱいあるに越したことは無い。


    人から学ぶのでなくて、グーグルでいいじゃん、動画でいいじゃん、と言われても、


    人から学ぶことができる能力の獲得は、電気が無くても道具が無くてもネットが無くてもできる

    地球上どこでもできる汎用性が一番高い、身一つでできる素晴らしいツールだと思います。

    09/17考えるな、感じろ

    は、


    考え抜いた末にそれが自動化してきた人が使うものであって


    いっぱい迷って失敗して、考えて、それが必要なんじゃないだろうか。