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ogymの日記 @浜松 

  • 浜松でも『学び合い』を増やします♪
  • 連絡はogymと@hkg.odn.ne.jp をつないでください。
  • 『学びあい』浜松の会…今年度は奇数月の第1土曜日9時~12時開催。
  • 三方原協働センターで行っています。お待ちしています。
  • 04/22時代

    こういう時代が来たか 15:41

    たった数年で。これからは主導権争い。いらすとや状態になっていくのではと思う。

    https://www.eboard.jp/content/269/


    全部無料に慣れてしまえば、有料は不利益衰退。

    有料が払えない家庭こそ時間も機材も移動手段も足りないから無料は歓迎。



    悩ましい問題。どうなっていくかは神の手。



    加えて、自分がやらなくてもだれかがこうしてやってくれる時代。

    いらすとや以外のイラストレーターが貧困に泣いてしまう、多様性と一元化が同時に起きている混沌とした時代。

    学校の先生の授業は 15:41

    一種の統率芸のようになってくるかもしれない。

    所属 16:03

    早稲田慶應でニートとか

    リーダーやりすぎて人の上でしか働いた経験がないと、人の下について行動することができなくなるのでは?

    まあそんな単純な話ではないだろうが…



    成功者もその「枠」をつかんだことで自由に動いて働いているけれども、

    「枠」をつかめなかったつかまなかったことで袋小路にはまっているのでは?

    「枠」 16:08

    棟方志功に岡本太郎、アインシュタインにエジソン、こだわりの職人・親方。同じ行動をどこでするかどの立場でするかで周囲の評価は大きく変わる。


    自分にぴったりの「枠」を見付けたり、作ったりできると、きっと、生きやすい。


    書き取りの止めはねにこだわっている「先生」は、文科省がそこにこだわれなんて言っていないのに、むしろやりすぎないでと言っているのに、「わたし許せないのよねー」と×を付ける。そこまで字を書くことにこだわっているのは、もう極々少数になっているのかも。でも「先生」の枠なら、生きやすい。他の職種なら、どうかしら。そんなこと、思います。

    04/205月11日(土) 『学び合いの会』浜松

    5月11日(土) 『学び合いの会』浜松 23:37

    ■時間 :09:00-12:00

    ■場所 :北区引佐多目的研修センター

        :和室会議室(1階)

           

          ※いつもと場所が違います。(部屋が確保できなかったため)


    クラス会議方式で行います。

    学び合い』に興味がある浜松の方の情報提供の場となるよう、続けます。

    迷い 23:37

    文科省の提示により、次の指導要領から否応なく「教師の役割」「公教育・学校の役割」が一般の先生にも問われるようになります。ユーチューブやE-ボードで無料で学べる時代に、教師って? みんなが集まる必要性って?


    学び合い』をしていると、「教師の役割」「公教育・学校の役割」について考えざるを得ませんので、すでに考えてきているし、子供達に語ったり、学級経営に生かしたりしています。ああ、これがアーリーアダプターってやつだったんだなーと思います。



    現在、形としては、「一人も見捨てない社会」を社会全体で目指すことになっているのだと認識しています。

    SDGSの合言葉も「一人も見捨てられない」でしたし、福祉の合言葉としても、中山間地域の合言葉としても「見捨てない」が見受けられるようになりました。


    なんだ、もう社会全体が達成に向けて方向をすでに向いているじゃないか、でも『学び合い』の会を自分はやるのか?。

    そんな感じで拍子抜けします。




    しかしながら、実態・実感が伴っていません。 23:37

    SDGSの文字漢字を読めない、その必要性の意味が理解できない、そんな子もたくさんいます。

    地球的どころか学級内のもめごとも自力で解決させていない、そんなクラスもたくさんあります。


    となりの教師がどういう「考え方」をもっているか分からないこともあります。


    「一人も見捨てない」のお題目は、ある。でも、それについて皆さんがどう考えているのか。

    「でもねぇ」なのか、「その通り!」なのか。「まあまあ…」なのか。


    働き方改革の形「早く帰る」「プライベートに立ち入らない」「会議は減らす」で、管理職や同僚職員の「考え方」が十分に知られないまま授業をしていることに不安ももっています。


    職員室の職員のうち、どれだけの人が新しい指導要領を読み込んでいるのだろうか。どれだけの人がプログラミングの授業実践ができるのだろうか。どれだけの人がアクティブラーニングを実践しているのだろうか。全員が読んで実践の準備万端という前提となっているだけで、実態はまるで知りません。


    そうした「考え方」を吐露し合える関係性ラポールを互いに得られるまでには、何もしないのであれば、きっと時間がかかります。


    約3年間、『学び合い』の会浜松を仮説実験的に会を実施してみて。 23:37


    これまで参加してくださった方は、


    高校の先生、専門学校の先生、放課後児童会、放課後等デイサービス、企業、塾、私学、支援員、保護者の方、退職教員の方など、教員以外の方々が大多数でした。


    参加した市内の小学校教員は数名。


    研修で「学び合う〇〇」を標榜している学校の友人に聞いても、『学び合い』の認知度を知り合いに問うと「知らない」だったりします。



    静岡県で開催された『学び合いフォーラム』への浜松からの参加者数も、少なかったです(数を思い出せない…確認して覚えておけばよかった…)。


    ということは、

    現在のところで浜松での『学び合い』の認知度は小学校教員では低く、それ以外の方々に認知度の高さや需要がある、ということなのだろうと思います。



    で、どうするか。


    ともかく、継続してまた3年続けてみます。今度は、教師に広めるとかでなく、だれでも、情報提供できる場として。

    そして自分ももう一度ゴールを明確にもたないといけません。


    個人の「研究と修養」の限界 23:37

    個人で学んで学んだことを学級に取り入れ学級の色を出して実践していくには、やりづらい時代なんだなと思います。


    個人の「研究と修養」として、新しい授業を取り入れようとしても、それよりも上位に「校内研修」の型があります。

    その型が「問題提示-めあてをもつ-自力解決-集団解決-まとめ」でだいたい共通しています。


    これからは、より等質の差の無い授業になっていくのではないかと思います。




    学年で差が無い、学校で共通して取り組む、中学校区で同一歩調で取り組んでいる実践。


    その「等質」が「教授」に終始する授業から抜け出せないのであれば…。


    学校としての成果、「チーム学校」の成果が、同一のもの「〇〇学校方式」がどーんと示されるもの、というとらえをしている時点で、そもそも違っているのでは?なんてことも思います。



    秋田は秋田。工藤校長は工藤校長。うちは、うち。


    子供の多様性を認めるなら教師の多様性も認められるか 23:37


    一時期、英語の自主研修の会に参加して学んでいたことがありました。が、学んでいる間に市のマニュアルができ、そのマニュアルに従ってやる英語となったため、学んだことを使うことなく過ぎました。その経験から得た教訓、ああ、自分だけでやっても無駄なのかぁ。(あとで、ま、プラスになったからいいかぁ、と置き換えましたが)


    自分が初任者の頃、子供達が「練り上げていく」活気づいた授業を自分の校内で見たことがありました。劇場というか、ライブというか…子どもたちの発表がどんどん重なっていってみんなで考えていって結論を出し、満足げな様子が印象的でした。しかしここ10年、校内研修でそうしたおおーっと記憶に残るような研究授業を見たことが無いのです。目が慣れたのか、当時の学級全体で盛り上がっていく、集中していく、そんな授業がなく、「型」通りできているか、で終わり、授業が終わると子供の「はぁ~疲れたー緊張した-、頑張ってたでしょ、僕ら!」という感じ。


    年配の先生が「練り上げて」と話されたとき、自分はかつての授業の光景が浮かびます。けれども、若手の先生は「練り上げて」の姿が共有されているのだろうか?と疑問に思うことがあります。人によってイメージは違う。誤解を持ちながら「校内研修」しているのではないかと思うことがあります。


    チョーク一本の名人芸のような授業をされる先生もいる。TOSSでバリバリ進める人もいる。『学び合い』の人もいる。いろいろな先生がいます。それでいいと思います。だけど、「人格の完成」…「一人も見捨てない」とか「全員が自立できる人に育てる」とかその学校の定めた…その地域の定めた共通のゴールをもっている、そうした教師集団に、なると、いいなぁ。なんて思います。

    雑感アイディア 23:37

    校内研修は4月提案でなく、夏休みに研修を大学に委託して、ゆったりとした時間の中で現在の教育の流れと考え方を共有する校内研修をし、9月以降から実践に取り組む、でもいいよなぁ。


    4月の3日間で今年一年間の研修を確定したり、提案授業を準備したりするのが大変負担。


    4月から7月はその学校を知る期間で、新任で来た先生はそれぞれ各自で2年目3年目の先生の授業を伺いに行き、昨年の研修の成果を学んでだいたいを理解する時間にする。律儀に4月からすべて研修が完成している、という前提を疑えばいいのでは?


    土日のワークショップなんかに参加すると充実するけれど、この内容を勤務時間内の放課後1時間でやるのは、時間物理的に無理、と思うことがままある。



    求める質求められる評価が明確であれば、教師もその評価に向けて『学び合い』できるのでは。

    04/19納得

    毎年変わる世界か、毎年変わらない世界か。 23:27


    学校は、ずーっと「変わらない世界」側だった。

    だから「去年はこうだった」「この学校ではこうだ」という論理がずっと引きずられる。

    配布物も、テストも、だいたい同じだろう、と思っていると、

    改善の無いまま、または少しの改善のまま、ほぼ同じことを毎年繰り返してしまう。


    でもそれではない、毎年「変わる」世界だということを自覚しないといけない。


    変わらないこと 23:27

    6年生が5年生に、委員会について教える。話し合いをリードする。

    2年生が1年生を世話する。


    体験して見通しがもてている世界の中でなら、経験者の方がのびのびとふるまえる。

    異動したての先生と何年も務めた先生の差と同じ。


    そうした場は、「年長者」の方が有利。

    「年長者」=「経験者」となるから。


    変わること 23:27

    新しいシステムが導入に若手が活躍する

    年長者の常識が若手に通用しない


    ICTやプログラミング教育、英語、発達支援対応など、新しい取り組みに年配の先生が戸惑う中、

    若い先生が得意だったりする。


    そうした場は、「経験者」の方が有利。

    これは「年長者」≠「経験者」となるから。


    どっちも 23:27

    「年長者」先生も、「経験者」先生も、「年長者」の子どもも、「経験者」の子どもも、ごたまぜの中、

    皆でうまくやっていけること。折り合いをつけていくこと。それが、これから、大事と思う。

    04/18データ

    今日のテスト 22:55

    会話文があったが、ユーチューブで会話を映像化して、聞き取りで回答させたら相当点数は変わるのではなかろうか。


    「文字が読める」の能力にたけた者が有利なんだなと思います。



    小学生が、大学センター試験みたいな見開きのテストをしてる。

    記憶と整合がとれない子には酷な「問題用紙」と「解答用紙」が分離したテスト。


    「平成」の最近で、変わってきたことです。都市部では、そう大きな変化ではないのかもしれませんが。




    さて、どんな結果が出るか。


    発達がゆっくり目の子 23:00

    たちは、「記憶力」が追い付いてくる前「発話」が追い付いてくる前「ルールを守る」が身に付く前に幼稚園時代を過ぎてしまい、ともだちと十分に遊ぶ体験をしていない子が結構います。


    遊びも数年のゆっくりさがあると考えるなら、単純なルールで遊ぶ、勝ったり負けたりする、繰り返す、ルールを守って遊ぶ、などを十分体験させたい。


    ルール変更のきかない、誰かが作った中でしか遊べないパソコン・スマホのゲームに一度移行してしまうと、生の体験に戻れない。


    これだけ引きこもりが高齢化しているというのに、人不足だというのに、人に触れられない人を育ててどうする。


    「できる」人だけ都市に抽出して成り立たせても、最後はすべてが成り立たなくなる。







    淘汰・一元化・陳腐化 22:49

    首相官邸まで「いらすとや」で驚いた。

    http://www.kantei.go.jp/jp/kids/index.html



    多様性が失われ一元化し、

    一元化集約化されていくことで、多様性の価値が上がる。



    都市部で、もう伝承する「家庭の味」すら失っている人々は、コピーばかり、高品質だが同品質、ストーリーは無く、虚無感が増えるその一方、


    家庭で「うちの味噌汁」「うちのカレー」のレシピを伝承しているオリジナリティをもっていることの方が、オンリーワンで、伝承している意味があって、自己肯定感があがる


    どちらもいい面悪い面があり、どのようにも見える。互いに互いの無いものねだり。要は、考え方次第。


    どんな教師に学ぶか 23:04

    チョーク一本での指導の名人芸も貴重。

    『学び合える』機会を提供してくれる人も貴重。


    若い先生、何をもって「教師」と言い張るか。

    動画全盛、E-ラーニング全盛となってくるであろうこれからに。

    04/17みんながどんなことを考えているか職員間の会話は十分か

    流れとのギャップ 22:53

    急激な世の中の変化と、それに対応しきれない現場

    どこまで考えているか分からない互いの意思疎通の時間も無い私達教師集団



    少し、遠い目になってしまいます。



    しかしながら、自分のためにも、仕事としても、できることをしていく、ただその一点です。

    なぜ 02:02

    働き方改革なのか、説明は、あったか。

    わかっているつもり、で動いていないか。

    04/16そして君は何のために学ぶの?

    淘汰・陳腐化・何を求める 22:49


    昨年までで自分が知っていたコンテンツ。

    キュビナ 月2000円程度

    https://qubena.com/blog/pr-20180731/


    個別最適化された学習・チエル 学校で年30万

    https://www.chieru.co.jp/products/jr-school/cloud-kokugo/new-functions/


    やさしく丸ごと算数 書籍代2200円

    https://hon.gakken.jp/reference/special/yasamaru_p/index.html



    最近知ったコンテンツ。

    学習サイトeboard 無料!

    https://info.eboard.jp/


    多言語対応コンテンツ(京都大学)無料!

    http://tagengohonyaku.jp/


    ちびむすどりる 無料!

    https://happylilac.net/syogaku.html


    コンテンツはどんどん充実・そして安くなる。





    まだ、知識伝達型の先生、いりますか?



    交通指導も朝の挨拶も調査回答も配布物も料金徴収も学校の先生の仕事でない。なら、先生、何しますか。




    どんな授業しますか。




    知らないコンテンツは 22:49

    なるべく違う人と会話したりなるべく違う資料に目を通していた方が、自分の知らないコンテンツに出会う。

    でもそんな微細技術も、関連付け広告で不要になるだろう。


    学校に何のために来るのか 22:49

    学び合い』の3つの観を語っても本当にしっくりと感じてもらえる時代になってきたことを感じます。


    数式を写真に撮れば答えが出ます。

    計算はレジでは必要ありません。暗算しても信用されず、携帯で計算し直されます。

    写真を書こうすればいくらでも絵になります。

    音声入力で、いくらでも字が書けます。


    タッチ&リードで、音声読み上げがされます。


    そんな中で、何を君は学びますか。

    04/15まずは

    やってくことだなぁ。


    全国放送でも 02:28

    林先生の…で、工藤校長の改革について取り上げられていた。

    時期が来れば皆がそれなりに「なるほどー」とうなづく時期が来る。


    その峠を迎えるまでは「なるほどー」「でもね」と進まないのに、

    ある時期が来ると、当たり前のように切り替わる。




    24時間の部活動・コンビニしかり。


    体罰しかり。(容認か容認不可か)


    100マス計算しかり。(やらせるかやらせないか)


    不登校への対応しかり。(行かせるか行かせないか)


    障がいへの対応しかり。(本人の努力か環境か)


    LINEへの対応しかり。(子供にやらせるな→いかに活用するか)



    時流に乗っかっているものが多くて、本気でそうだと貫いて思って行動しているモノって少ないのだろう、と思う。



    今も『学び合い』は日本を滅ぼす、だろうか。 02:28

    自分が知ってもうすぐ10年。研究から始めている諸先生方は30年でしょうか。

    長い。短い。

    04/14今後これから。

    さて、どうするね。

    自問自答。


    何をするも自由。

    04/08そんなに

    長くやっているのかなぁ、常に、一歩一歩。

    19年目のシーズン。


    野球選手だったら、どうだ?

    04/07教師の仕事

    教師がするべき仕事は何? 14:01

    ×登下校

    ×見回り生徒指導

    ×徴収

    ×地域ボランティアと調整

    △調査回答

    △休み時間への対応

    △清掃

    △部活

    〇△給食

    〇△授業準備

    〇△評価・成績処理

    〇△行事の準備運営

    〇△進路指導

    〇△支援が必要な児童への対応


    〇授業(教える教授中心でなく、主体になるのは学び手)


    学び合い』では教師は何もしてないのでは? と同じような質問に、今年中に全員の先生が直面することになりそう。



    全部に目を通す暇はありませんが、概要に図があります。 14:01

    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/sonota/1412985.htm

    f:id:ogym:20190407140207g:image


    会議が無くなり思うこと。 14:17

    思うのは、だれが、どこまで知っているのか把握しづらいことです。

    「読んであること前提」だけれど、ソサエティ5.0のこと、今回の答申のこと、校内で、だれが、どこまで把握しているかが分かりません。


    発達障害のこと、福祉制度のこと、キャリア教育のこと、働き方のこと、ICTのこと、情報モラルのこと、主体的で対話的で深い学びのことetc.


    子育て中の先生や介護中の先生など、じっくり、ゆっくり読む・理解する時間がどこにあるのかなと思います。

    どうしたらいいか分かりませんが、とりあえず自分の持っている情報は校内で伝達していく、


    そのぐらいしかないかなぁと思っています。

    じっくり 14:17

    じっくりと文章を読み込むのが苦手になったのか、ざらっと読むことが多くなりました。

    文字・映像情報が「ある」のと、「理解する」のは違います。


    数年前、情報モラルのリーフレットに載っていた関連リンク集をちまちまと読み込んでいったことがあります。

    研究論文の参考とするためです。

    感じたのは、掲載は楽ですが、内容は膨大で、通常の人は誰も読めないだろうということです。


    本当にじっくりと読み込むなら、時間がいくらあっても足りない。


    入力・保存の上に、「分かった」というものがある。AIは瞬間瞬間でタスク処理するだけ。

    できる、が、わかっている、ではない。


    そこがAIと人間の違いかなとも思いました。