ogymの日記 @浜松  このページをアンテナに追加

  • 浜松で『学び合い』に興味をもった方、連絡ください。浜松でも『学び合い』増やします♪
  • 2か月に1度定例『学び合い』の会してきます。
  • ogym と @hkg.odn.ne.jp を繋いでくださいね。はてな
  • 07/28天気

    雨は天気が悪い、晴れは天気がいい 07:52


    何にとっての目的が隠れている、そこが暗黙の了解で隠れている。


    「〇〇にとって」雨だから天気が悪い



    目的は当然として隠されやすい、君ならわかってくれるよね、同じ思いだよねっていって隠すのが誤解のもと。



    だから同じ活動や光景を見ても、全く違う感想がでてくるわけだ。

    大切なことは目には見えない、というのはこのところを言うのだろうなと解釈

    学び合い』はその隠されてしかも大事な「目的」「ゴール」を明確に授業に取り入れることでできている、と思う。


    コロンブスの卵のように、驚く。

    訪問交流 23:40

    学校間交流は、自分の学校のいいところ紹介だけでなく、あなたの学校を見て感じたいいところ紹介、のような他己紹介の方が、ベースが違う者同士気付かぬ新しいいいところを見付けることができるのじゃないか。

    ogymogym2017/07/29 20:20毎朝明かりの下に落ちているカブトムシ、カナカナ(ヒグラシ)のせみ時雨、タマムシにイモリにヤモリにガマガエル、カミキリムシ。地域の害虫だったりとるに足らない物だったりするのに、他から来た人にとっては宝だったりする。

    07/26発達

    発達支援学級

    どうみますか。




    発達が遅れている学級、と見るか


    支援が受けられる学級、と見るか





    同じ言葉でも、見え方は人によって違っていることに気付きました。

    受ける感じがまるで違うと自分は感じました。


    自分の心 23:47

    「私は違うけど、周りの人が」〇〇「と見るのが心配だから」という心配は


    その人が〇〇と見ている表れ、と思いました。


    〇〇を、前者とみているか、後者と見ているか。




    なぜ発達の遅れている学級をこの人はうちの子に勧めてくるんだろう、と見られるか。


    なぜ積極的に支援を受けることができるのに、この人は理解してくれないんだろう、と見るか。


    求めよ 23:52

    されば与えられん、で、支援を求めればいろいろ手はあります。求めない限り、提供はありません。


    求める技術、求めると得する体験、もたくさん子供たちにさせたいと思います。



    棚ぼたで成功体験を生ませることのそののちの得るものを考えれば。

    07/25

    5時からクマゼミの大合唱が始まります。

    折り合いをつけ、朝型に移行です。

    07/24終業式

    1学期が終了です。どんどん過ぎます。できることをやるのみです。

    07/22休日

    「飛び降りろ」教諭 16:03

    ttp://asahi.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1500474536/

    保護者ら署名 16:03

    ttp://asahi.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1500702976/-100

    >>34に流れのスクリーンショット


    結局 16:03

    メディアの情報もネットの情報も

    傍からどうこう言えるものでない。

    自分ができることは、自分の関わる地でできることを精一杯やること。


    言葉に落とし込んだ時、どれだけの情報が削がれるか、盛られるか、を知っていることは、大事。

    ICT 16:03

    機器の使用動画を見て。


    教師が子供の目や行動を見ていない。


    「分かる人」「はい」「早いねー」…当てっこゲームで授業っぽいが、できないをできる、でなく、できる子の自慢大会をなぜするか。


    教師がデジタルで、生徒に何故手書きさせる? もはやこれなら、教室でする意味がどこにある?


    気になったことはいろいろある。

    そうした意見は、直接言えない。

    それでも売る方は前に進まなければいけない。使う方も前に進まなければいけない。

    いろいろな理不尽を含んででも、混濁あわせもって前に進む。そういうものだと思うようになりました。


    からだとことば 16:03

    竹内さんの頃         腹を立てる 腹腸が煮えくり返る  身体全身で湧き上がってくる感情。

    なるほど。

    今の若いものは        ムカつく             湧き上がってくるものを

                                     おさめるも吐き出すもできない状態

    今のもっと若いものは     頭にくる 切れる         全身を使わない頭を使う

    今のもっともっと若いものは  感じない             やってみたかった やったらどうなる


    感情がデジタル化しているようで。人間がAIに追いつくのも遠くない?

    「からだ」と「ことば」のレッスン (講談社現代新書)

    「からだ」と「ことば」のレッスン (講談社現代新書)



    アンガー―――! 16:03

    アンガーはマネジメントできるものか否か、からじっくり考えさせられる。

    ぐわあああっと湧き上がる殺意じみた感情で叫んだことがあるか。

    道に倒れて誰かの名を呼び続けたことがあるか。


    経験ある人がふれる「ことば」の理解と、

    経験ない「わたし〇〇ってのがわかんないんだよね」という人がふれる「ことば」の理解と、

    同じはずがない。


    考えるのは、自由。豊かだなぁ…。

    07/19進めススメ

    キャリアにICT、学ぶ意味に特別の教科道徳、新学習指導要領に英語、受験方法の変更、アクティブラーニングに環境、福祉、発達支援、これまでの部活運営、グル―プエンカウンターにカウンセリング


    これ、


    ホントにこれまでと同じ職種?


    総合職 00:36

    総合職として、これらのすべてに造詣深い教師を採用するのであれば、


    それはすべての教師を一度免許はく奪して再雇用をするほどのもののように思います。


    未来 00:36

    記録だけ見れば、どれだけのスーパー教師がいたんだろうと残ることでしょう。

    どの監査でもどの研究授業でも、成功しか記録に残っていません。


    今の時代に100年前の日本人がすごい!と見えるのも、きっと同じ。

    表面上のいいところばかりをつまみ出せば、素晴らしいように見えるのでしょう。


    その実は、清濁混合、混沌。それが、ベース。

    07/16異質との出会い

    異質との出会い、の経験を、先生が一人ずつ紹介してくれたら、同じ人とつるみ続ける以外の視点が見えて面白いんじゃないかなぁ、


    もちろん、つるみ続ける力も素敵ですから、それももちろんいいんです。


    提示することが大事で、押し付けることはできない。どっちがよい、とも言えない。どっちも、よい。


    選ぶのは、本人です。

    フォーラム 17:21

    自治会活動と科学の祭典。こちらも大切。今年はこちらへ。

    盛会祈念しています。

    07/13静岡と浜松、日本と中国

    「自分では自分のことは分からない」 23:17


    隣の地区の活動は先進的でよく見え、自分の地区の悪いところはたくさん見つかる。

    自分の地区のいいところはうまく見つかりにくい。


    なら、他の地区の方にいいところを見付けてもらった方が、互いのためになるんじゃないのか、とも思う。

    そのためにも、他との関わりは必要なんだろうなと思う。

    静岡と浜松は張り合っているとよく言われる。 23:39

    でも、

    うちはいい、相手はダメ、という声以外にも、

    うちはダメ、相手はいいなぁ、という声も聞く。


    「浜松の理科はいいよなぁ、実際の産業と結びついた理科活動がされている、静岡は科学的実験をさせたい年代が、理科離れをしている…」


    「静岡は企業・科学館・大学・街が一体となって様々な理科体験を提供している。いいよなぁ…。浜松の理科活動は市の広さの割に参加の場所が少ないし、参加者も少ない。身近に触れられる状況にないんだよなぁ…」


    なんて声を聞いたりする。


    要は、どんな色眼鏡で見るかってことなのだろうと思う。

    子供を見る目も学校を見る目も地域を見る目も同じだろうと思う。



    中国から見た日本 23:19

    http://news.searchina.net/id/1639657?page=1

    自分の良さは自分では気づきにくい

    でも意識していくさせていくことはできる。


    日本から見た中国 23:19

    http://diamond.jp/articles/-/134622

    日本はインフラが整いすぎてしまったから、銀行・郵便局に出掛けることが「当たり前」になっているが

    整っていないところだったことからスマホが銀行・郵便局になりその便利さから爆発的に普及。


    また、物流が正しく届く・正しい取引がなされる履歴がたまると、それがそのまま本人の信用の証明になる。

    もともと信頼を証明するのが難しかったから、信頼を得る手段としても爆発的に普及。


    銀行の事務手続きや営業の人件費が要らないから、手数料は無料で決済可能。ライフラインへの振り込み24時間可能。割り勘や譲渡可能。24時間単位で長短時間の投資信託が可能なので利息は日本の銀行より高く運用が可能。そんな状態で、わざわざ自分から手数料を払って時間をつぶしてATMや窓口に出掛けるのをやめない理由が分からない、と向こうからはそう見える。

    以上は昨年中国・杭州に行って研修先で聞いた話。なるほどと思った。

    「当たり前」 23:35

    今日手数料を払ってワザワザ自分で足を運んで時間をつぶしてお金をおろしながら、「当たり前」は「当たり前」でないことをまじまじと感じました。

    07/12あとは

    結果 00:27

    結果を確認しないと。

    その場のプリントでは良し。でもその後も調べが欲しい。

    以外と 00:27

    いろいろできるものだ。

    データに基づかない客観的でない評価は、環境によって大きく変わるもののだ、と分かったら…

    気にするべき評価と気にしても影響ない評価があるものだと改めて感じました。


    だから、いろいろ成功している人々は「私達は自由だ、何でもできる」というのだろうなとなんだか少し想像できた。

    07/11再掲:教え、教えられ

    賛成反対 22:57

    賛成多数、反対1 反対は「こういう授業は半年に一回でもいいかな」と思った、とのこと。

    人によってわかり方は違うのであるから、賛否あって当然。


    「賛成しか許さない」、「全員が熱狂的に受け入れる」よりも、自由発言が緩く許されているのは信頼できると思っています。

    水を差すのを許さないみんな、より、なんでも発言できるみんなを目指したいです。


    http://manabiai.g.hatena.ne.jp/ogym/20170710/1499697041


    記憶力 23:06

    中学生だったか、高校生だったかのころ、「一日しゃべらなくても過ごせるんじゃない?」と思って黙ってる実験をした覚えがあります。成功したか失敗したかもうろ覚え。


    よく、ドラマでは、「教師の忘れられないエピソード」「親の忘れられない言葉」などがありますが、実生活でいざ思い出そうとすると、「なんだっけ?」という程度だったりします。

    そもそも見積もり違いでは? 23:15

    一日のうち、子供が覚えられる量や互いに関わり合える量の見積もりが、そもそも間違っているんじゃないかと思うことがあります。学び合いの3つの約束を言えるか?学級目標が言えるか?学校目標が言えるか?自分の学期初めに書いた目標が言えるか?総合の今課題としていることが言えるか?国語や算数の次の自分の課題が言えるか?部活動で指摘された自分の課題が言えるか?家の人から言われた約束を覚えて言えるか?明日の予定を覚えているか_習い事のコーチがいつも言っていることが言えるか?

    ???自分は言えるか? 言える!という人の隣で「無理です!」と言えるか?   



    たくさん話しても、聴いてない、とぼやく前に、それだけ話されて、どれだけ覚えていられるか?と思います。

    一日の休み時間のうち、「おー、ドッジボールしようぜー」というセリフが使える時間・場面がどれだけあるか考えても、意外に無かったりします。


    見積もり 23:08

    グルエンで週1、ソーシャルスキルを年12回で、受ければ人との関わり方が身に付くものなのか?


    包丁の使い方が家庭科の1時間だけで身に付くものなのか?


    もちろんやらないよりはましですが、学ぶには適正な人数や回数がそれぞれにあるように思います。

    すべて、教室で多人数で「先生」が指導すれば身に付く、と機械的に考えること自体がそもそも違っているのではないか? そんなことも思うようになりました。

    が、 23:06

    世の中にはもう、「インストール」するように、『教室で教師が教材で教えれば何でも身に付くものだしそうあることが当然だ』、と思っている人だっているかもしれません。