ogymの日記 @浜松  このページをアンテナに追加

  • 浜松で『学び合い』に興味をもった方、連絡ください。浜松でも『学び合い』増やします♪
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  • 04/20どうする

    今の状況で、自分が今何ができるか、考える。

    できることをする。


    シンプルです。

    04/19課題

    教材は、山のようにある。

    時間は有限。



    どれが最善か、目標の一致が大事。

    04/17どんなに小さな一歩でも

    一日何もせず過ごしていた人が

    1分取り組もうとして、やった。


    その一歩の積み重ねが、未来。

    04/16疲れは顔に出る

    疲れは顔に出る。

    大人も子供も。


    だからといって、出てはいけないと自分も子供も責める必要は無い。


    人間なのだから。そんな時もある。大丈夫。


    自分を 22:59

    自分を責めて律して、子供を責めて律して、否定して、その先に自立があるか。


    自分を最後まで見捨てない、自分は自分の味方でありつづけること。それでいいこと。それを、子どもにも伝えたい。


    自分を誤魔化したり、茶化したり、諦めたり、おどけたり、泣いたり、座り込んだり、文句を言ったりと、いろいろな戦略を繰り出してくる子供を見て、「どうしたいのか」「それによって何を得られるのか」「何を働きかけたときそうなったのか」を観察したり、聞いたりする。


    たかだか生まれて10才かそこらで、戦争も無いこの豊かな国で、自分の人生を諦めて学びから逃走しているって、まともな話ではない。

    04/14相手を鵜呑みにしない

    鵜呑みにせず、見下しもせず、折り合いを付けながら、進む。

    先輩を敬う 21:50

    教室にタブレットが導入されてきているが、だからといってタブレット万歳といってこれまでの授業をおろそか、見下しをするようであれば、それは組織の中で共感を得られず、結局やりたいことはできないまま終わってしまうことが予想される。そこは、折り合いを付けながら。(混ぜこぜにして「なんちゃって学び合い」をすることではない)。


    諸先輩方は、校内暴力や元祖「登校拒否」の時代、ワープロからFD、MD、等々のデジタルの変遷にも適応しながら学校を運営してきた方々。


    それぞれに背景があり、信じて取り組んできた授業があり、その時代に合わせて柔軟に取り組んできた自負がある。


    その膨大な背景を抱えて今がある、ということを思いやらずに、人生経験も少ない若者がパッとものを言えば、いい顔をされないのは当然であると思う。



    子どもも、保護者も、先生も、だれもが生き抜いてきた過去がある。それぞれを尊敬して、折り合いを付けていけるようでありたい。


    考え方のゲーム 22:07

    ・学校に来る目的。

    ・人によってわかり方は違うこと。

    ・みんなはできる力をもっていること。

    3つを語ってから、課題「『みんなが、じゃんけんで3回勝つことができる』。昨日より早いタイムで座ることができる。」


    3回チャレンジ。活動。


    活動後、振り返り。達成できないからと言って延長はしない。いいところを見付け紹介する。


    今、これを毎日取り入れてみています。




    赤坂先生の導入ゲーム・『学び合い』の導入ゲーム・うーん、どの本だったかアクティビティ50の本にもあったように思いますがいつも『学び合い』の導入でしているゲーム自体を繰り返してみています。


    世の中は個人の「競争」だけでなくみんなで「協働」して達成するのもあること、人を指摘するのではなく自分ができることをすること、を伝えるために、取り組んでみています。

    今のところ起きたこと 22:07

    ・初日、アイディアが出ないまま

      →じゃんけんで個人が勝つだけではゴールではないことが理解できた。

       記録伸びず1分程度


    ・2日目、アイディアが出るが、相手の合意がないままスタート

      →いいアイディアでも、相手に伝わっていなければ意味がないことを伝えられた。

       記録59秒程度


    ・3日目、アイディアが出るが、相手に伝える態度がなく言いっ放しのスタート

      →いいアイディアでも、寝っ転がって空に向かって言い放つより、相手に向かって話した方が、伝わりやすいことを伝えられた。

       相手に失礼なく気持ちよく伝えることの成功体験を与えられた。

       相手に向かって話した方が、相手もうれしい、という互いの気持ち感じ方を確認できた。

       記録56秒程度


    ・4日目、アイディアが出るが、アイディア自体が相手に理解されていないことがわかり、解説することが見られた

      →相手が「話したことを覚えている」ことが難しいとき、「書き残す」ことがとても役に立つことを伝えられた。

       人によってわかり方が違うこと、が確認できた。

       分かっていないのに分かっていると思うより、相手にしっかり確認をすることが大切だと伝えられた。

       記録30秒程度


    横山やすしきよしだったか… 22:07

    グループエンカウンターなど、活動は多々紹介されていますが、まず、「やる」「やらない」で大きく違います。

    また、1回しただけでは、その真意伝えたいことまで理解してもらえず、なんとなーくその他多くの情報と同じように上辺だけなぞって終ってしまうような感じを持っています。

    大切な事、伝えたい事は、1か月ぐらい、飽きるぐらい言ったりやったりしてもいいのかなと思います。


    そういえば、先生、いつも「〇〇」って言っていたなぁ、と思ってもらえるほどの一貫性は、どれほどなのでしょうか。

    飛び入りで衝撃的に印象に残すゲストティーチャーと違って、毎日顔を合わせる教員は、言葉も当たり前の中で薄まりがちのように思います。


    小さなことからコツコツと!でやっていきます。

    04/12一つ

    一つ、進んで、それでよし。それがよし。



    じゃんけんゲームをして「みんなが座る」というゴールを目指す活動があります。


    学び合い』と同じものとして、繰り返し、3つの考え方とともに取り組んでみようと思います。

    04/11スタディアプリに

    登録してみました。

    これは、先生も高校も要らなくなるわ。正直、そう思いました。


    学習は、こちらでできる、できないのは、生身の人間様々な人間との対話と折り合い。


    俄然、公立学校の優位性が際立ちます。


    NHK for School 23:04

    理科の新番組を覗いてみました。3年理科です。

    思った以上に教科書準拠な感じがしました。

    「不思議を探せ」と言われて不思議が見つかるものではないのでは? 


    感覚的な「面白味」が自分の持っているものとずれていたようです。


    「皆が初めて触れる」という前提で授業を進めるのは、もう不可能では、とも感じます。

    自然体験も、科学実験も、一昔のサッカー少年団の子が体育でサッカーをやるように、体験が濃い子も、そうでない子も、皆楽しめるのは、『学び合い』の方法しか今のところ思い付きません。

    04/07決めるのは

    決めるのは、その人自身。そして、それは思いのままに。

    学び合い』はそれぞれの自己決定を保証できる。

    04/06いろいろと

    異動先 00:50

    右も左も分からない状態、この状態こそ「支援を必要としている」状態。分からない子の状態。

    そして、分かると、その感覚を忘れてしまう。

    そんなことをたくさんの先生や子どもに知ってもらいたい。



    周囲は、「何でできないの?」と思う。何が分からないのかわからない。ちょっとしたことがわからない。


    ゴミ箱どこ? どう捨てるの? 起案のやり方は? 予算の使い方は? 何かルール有るの? 


    外国へ行ったときや、老人になったとき、だれもが支援を必要とする状態になる。




    仮説実験授業の板倉先生の「どっちに転んでもしめた」 00:50


    考え方ひとつで見え方は変わる。その考え方を新しく提供してくれるのは、自分以外の人。


    ということは、自分と同じ人ばかり集めると、自分にとって得ではない。


    いろいろな人と関われることこそ、得になる。


    そして、それを最大限生かせるのは、「地域」というカテゴリーだけで集められた母集団である公立学校。


    だから、いろいろな人といる『学び合い』の良さがある。



    複式学級、異学年合同、特別支援児童が含まれた交流学級など、多文化であり多様であるほど、よいように思う。


    目的 00:50

    目的があれば、手段について説明ができる。


    手段だけでは、目的が外れる。



    学習指導要領に示されているAの目的で、動画を流した、は、説明がつく。


    動画を流した実践をまねただけで、動画を流した、では、目的は何かの説明がつかない。


    その目的は、子どもを伸ばすため、だったのか、自己顕示したかったのか、授業をさぼりたかったのか。


    目的は、大切だと思う。

    scorpion1104scorpion11042018/04/08 07:03異動されたのですね~。

    ogymogym2018/04/12 22:33前任校ではいろいろとやりきりました。

    また一から、研修です。頑張ります。

    04/03今できることを

    12歳まで文字が読めなかった、福沢諭吉。


    それを知っているだけで、小さいことで「この子は発達が遅れている」「この子はLDだ」なんだかんだと言っていることが馬鹿らしくなる。

    心配だ心配だと言葉を浴びせたところで、その人はその子の人生の責任を一切取らない。

    そう、人の責任は取れないことを前提において、自分のできることをする。


    今できることを、できる限りやる。

    一歩一歩進むだけ。


    学問に王道なし。


    学んだことしか、知らない 22:41

    塾やスポーツクラブ、子ども会など、組織に所属するのが当たり前の中で育った人は、

    所属させるのが当たり前、という世界で生きる。


    でも、なーんにも所属しない世界もあるわけでそんななかで

    もともと所属せず競争も比較もせず、それぞれが自分が好きな事をして悠々過ごした人は、

    自分らしくのびのび育つことができる。



    否定される言葉が少ないのだから。


    あんまり囲わず、できることをさせよう。










    組織に所属して、