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ogymの日記 @浜松 

  • 浜松でも『学び合い』を増やします♪
  • 連絡はogymと@hkg.odn.ne.jp をつないでください。
  • 『学びあい』浜松の会…今年度は奇数月の第1土曜日9時~12時開催。
  • 三方原協働センターで行っています。お待ちしています。
  • 10/17いじる

    いじる 01:36

    いじる、という感覚が分からないし、

    自分のこれまでの生活には無かったと思うが、


    下の世代には浸透し、それが当たり前のように語られている。


    その場合、

    少数派になった私の方が、異端となるのか?


    文豪がよく病む「私が精神病なのか社会が精神病なのか」のような表現は、こういうことなのか?と思いました。


    インクルーディブ・多様性というが 01:36

    ただ、多様なだけ、ただ、混ぜただけだと、個別最適化で共通点が無い。

    共通点が無いと、会話が無い。

    電車に乗り合わせた個人の集合になってしまう。

    形だけ、混ざった、の方が、より集団の中で孤立・孤独になる。


    だからこそ、『学び合い』のように、教科で、みんなで、解決するという活動は

    重要になるのでは?


    共通点を増やして、見出して、作って、交流する体験を増やす。


    公教育の価値って、そうなってくるのでは?

    10/16震災と被る

    ことが起きたときに 01:43

    人を責める人と、自分ができることをしていく人がいる。


    学級の

    「おい、何とかしろよ、リーダーだろ」

    「班長、しっかりしろよ」

    「部長、お前がなんとかしろよ、部長だろ」

    「窓係、はやくやれよ、お前の仕事だろ」

    は、


    日常の

    「おい、役所、なんとかしろよ」

    「行政なんで準備してないんだよ」

    「下水上水電気早くしろよ」

    「市長が悪い、区長が悪い、自治会長が悪い」


    に素直につながると思う。


    押しつけじゃ、もう、立ち行かない。



    人のために 01:43

    学んだことを人のために使う人がいるから、みんなが快適に過ごせていることを忘れないでほしい。

    電気屋さんも上下水道も警察も、みんな働いてくれているから、君たちは快適に生活ができる。

    これを任せたままにしたら、みんな引退してしまう。

    だれかが代わりにやっていかなければ、いまの快適な生活は続けられない。

    だから、学ぶのよ、働くのよ。


    そんな話を、している。

    10/14メンテナンス

    これからの世界に必要なのは? 02:01

    most likely...の上映会後の感想で、これからはメンテナンスが大事という回答があった。


    治水、トンネル、橋脚。

    土木・電気・栽培。

    10/13日常は

    日常は 23:08

    いろいろな人の技術で成り立っている。

    日常が送れることに感謝。


    技術をもたない人がどれだけいても、世の中は成り立たない。


    それぞれの場で、それぞれが、それぞれのことを 23:08

    バレーは勝ち。

    ラグビーは勝ち。

    会場整備した人に感謝。勇気がでる。頑張ろうという気が出る。心が前向きになるエンターテイメント。


    被災した場合はそこでできることをし、

    被災していない場合はそこでできることをし。


    今日は地域の地歌舞伎を見てきた。

    地域の方、子供達が活躍している200年以上続く歌舞伎。


    学び合い』の越後の会も授業はあったようで。



    自らの手の届く範囲で、それぞれの立場で、それぞれのことをやる。それがよいと思う。


    手の届く範囲はどこか。 23:08

    「Think Globally、 Act Locally」というが、


    1人が指導者として地球を動かすと考えるのではなく、

    それぞれがそれぞれのコミュニティでよりよいものを出していって

    結果全体が上がる、


    そういうものを具体的に発現させることができるのは『学び合い』だと思う。


    それぞれが 23:28

    それぞれがそれぞれの学びをすることができ、それぞれ助けを求めたり求められたりできる。


    落ち込んでても、やろうぜと言える。

    ケンカしたけど学び合いの間で仲直り、なんてこともあった。


    切り捨てる、でも、引きずられる、でもなく、みんなでやっていく体験が試行錯誤しながらできる。

    何だかうまく言えないがそう言うものの様に思う。



    被災地 23:33

    それぞれ被害甚大。それでも復興していけますように。

    それを見切って切り捨てて出ていくか、

    それでもその場でやっていくか、


    知識 23:28

    個々が、文字が読めなかったら、基本的な地学的な知識が無かったら、

    いくら避難勧告を出しても、いくら丁寧に説明しても、理解してもらえないし判断力も生まれない。


    学校で学ぶ知識は命を守るために役に立つ。役に立つように、教師が次世代に仲介・つなげなければと思う。


    狩野川台風1200人

    伊勢湾台風5000人


    それからしたらずいぶん減少

    ここから学び、次できることを考えられる人に。

    10/12自然災害

    浜松はピークを通過。 19:17

    あと数時間。首都圏安全に過ぎますように。

    https://tenki.jp/map/


    日常は『学び合い』をしている。 19:17

    ここは願うしかなく、手立てがあるわけでない。

    それぞれの場所で、それぞれの課題を解決すべく、できる限りのことをする。できるようにする。


    そんな力を『学び合い』で学んで欲しい。


    先生の言うことを聞く、自分を放棄して託す、のでなく、


    自分たちの状況で考えて、自分たちで動く。

    10/11自ら学ぶ

    学ぶ文化と教わる文化 07:29

    家によって文化の違いがある。

    地域によってもある。


    うちの常識が世間の非常識、世間の非常識がうちの常識。

    それに気付いたうえで、どうするか、です。

    例えば陸上競技指導で 07:29

    陸上の指導をするとして、

    「そうじゃない、こうだ」とこちらの文化の感覚で教えたとします。


    学び手が

    「なるほど、」と思ってそのまま学ぶか

    「いや、俺はこうやりたいんだ」と思って反発するか、人によってさまざまです。

    その時 07:29

    ただ盲目に受け入れるように躾けたとします。


    もちろん記録向上につながる場合もあります。

    しかし自分の体と合っているか否かを考えず、教わったことだけをしていると、もしかしたらケガにつながったり記録の低下につながるかもしれません。


    学び手が、自分の体と照合して、評価して、採用するか否かを選択する必要があります。


    それをしない限り、「〇〇先生の言った通りやったのに」という責任転嫁や、自分の自信の無さが出てくるのだと思います。


    例えば図工指導で 07:29

    図工の指導をするとして

    「そうじゃない、こうだ」とこちらの文化の感覚で教えたとします。

    学び手が

    「なるほど、」と思ってそのまま学ぶか

    「いや、俺はこうやりたいんだ」と思って反発するか、人によってさまざまです。

    その時 07:29

    ただ盲目に受け入れるように躾けたとします。


    もちろんいい作品になるかもしれません。


    しかし、誰にとって「いい」か、です。

    自分が「これ、気に入った」と思うか、です。


    教わったことだけをしていると、作品は、できます。

    しかし、本人が納得・満足いくかどうかは、本人にしかわかりません。


    学び手が、自分の感覚と照合して、評価して、採用するか否かを選択する必要があります。


    それをしない限り、「〇〇先生の言った通りやっただけ」という責任転嫁や、自分の自信の無さが出てくるのだと思います。


    学校に入る前までに 07:29

    たっぷり体育的活動図工的活動をしていて、自分勝手に試して、失敗成功をして、納得することを十分味わっている人であれば、新しく学校で教わる「技」にも、「試してみようかな」と受け入れることができると思います。


    家の文化が「とりあえず試してみる」なのか、「教わるまでやってみない」なのか、それも人によって違います。


    だから、1つの指導ですべての丸く収まる、というと、そうかな、と疑うわけです。


    いろいろあってよい 07:29


    自分が『学び合い』に惹かれるのは、『学び合い』が学び手の自己選択・探究・失敗などを許容している点だと思います。学びの責任者は誰か、などの考え方が明確になると、授業だけでなく特別活動や生活など活動全体を貫く軸ができ、指導が楽になりました。


    「仮説実験授業」に惹かれるのは、授業の評価が学び手に完全に託されている点だと思います。あらゆる人の知恵の結晶の授業書があり、事実は「自然現象」が教えてくれるのでブレが無いこと、授業の文句は授業書に宛てればよいので素直な感想が聞けることでがありがたいです。学び手が納得するには学び手が試してみればよいので、押しつけが無いこと、にも惹かれます。


    TOSSに惹かれるのは、指導者側の技術向上が見える点だと思います。指導は一見管理的に見えます。しかし授業事例をみると管理下の自由がしっかり保障されているといい授業になり、その自由度を見逃して管理ばかりを追うとガチガチのように見えるだけのように思います。


    学び手が自ら選んで判断行動する場があり、自己選択が許容されているのであれば、それが学び手の利益向上につながり、受け入れられ、よい授業になるのかなと思います。



    1つの指導、というより、 07:29

    教師の技量向上は大切、それ以上に、学び手に学ぶ自由度があるかないかの問題が大切、の様に思います。


    そして、その大切なことは、あまり見えない。考え方であるから。



    だからどれも、表面の表れだけをなぞると、失敗する。

    10/10体育の日

    あれ 00:34

    東京オリンピックがらみの報道が聞かれない・・・

    台風 00:34

    窓にものがとんで来ればすぐ割れる。

    農業用シートも買っておこうか。


    きっと、思った以上にガラスが割れる。


    千葉の人はわが身に思い行動する。まだ未体験の人は未体験なりに行動する・しない。

    920ヘクトパスカルとか、風速何十メートルの意味が分かるか、報道の言いなりか。


    この世は自分で考え開いていくものと考えて生きているか、何かに所属従属していくものと考えて生きているか。


    今の考えのスタンダードはどっちだろう。

    最近、違う考えの人に出会い、ああ、こんなにも違うのだと感じることがあった。

    学び合い』に合う場合 00:34

    「学び」の文化と「教え」の文化がある。

    部活動で、エスカレーター式に「教え」の文化にのっていくと、

    選手は取り込まれて、選び抜かれて、教え込まれていく。

    教えられ教えられ、管理された中で自分で考える力を付けろと言う。



    自ら学ぶようになるには、


    失敗して学ぶ、学ぶ時間と自由が任されている場が保障されているかの様に思う。



    自分はトップ選手ではなかった。全国の大会などには箸にも棒にもかからない。

    その分、自由にあれこれ試して学ぶことができ、楽しく学び進められた。


    ただ、仲間が少なかった分、学び合えなかったと思う。


    そんな経験があり、『学び合い』に合う性格となっていったのかなぁと思う。

    考え方 00:34

    考え方の違いは生き方の違い。生き方の違いだから、分からない人は分かろうとしないし、どちらが言いも悪いも無い。

    だから、主張して受け入れられないのは当たり前なのだと思えるようになってきました。

    学ぶ自由。


    確かに… 00:35

    ゆでがえる

    https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00357/

    学校のゆでガエルも自分の中から変えていこう。

    10/09似ている経験

    英語圏の話 02:13

    院生時代のフィリピンからの留学生の方から聞いた話。もう20年も前。



    日本の英語教育はとてもいい。


    フィリピンは英語が話せるが、


    植民地だったからであり、現在多言語で、私たちは自分のタガログ語で論文は書けない。


    すべて、英語圏から文献を取り寄せるので、お金は米国に流れる。


    日本は日本語をきっちりと習得してから、中学で英語を学ぶ。


    自分の国の言葉で論文が書ける。これは当たり前でなく素晴らしいこと。


    日本は今の教育を大切にした方がいい。



    西川先生のブログの話を見て思い出しました。

    10/08訴訟

    中毒性 00:08

    フォートナイト、当然そうなる。

    そして、会社も予防線は、張ってある。最初の同意ボタンは、そのためにある。

    https://news.livedoor.com/article/detail/17194554/


    親は、自分で考え判断する力を失うと、大変なことになる

    https://games.yahoo.co.jp/qa/detail?qid=14193327339


    従ったところで、だれも責任は取ってくれない。気付いた後では遅い。



    体育の後、クラス遊びの後、勝つと相手に向かって煽っている子はいませんか。 00:08


    勝負事で、やたらと相手をあおる場面を見るので声掛けをすることがある。



    「勝ったら、相手に何をしても良い」という価値観が最初に入れば、

    「相互に礼」という価値観の方が、異端になる。



    ラグビーのノーサイドが浸みこんでいれば、平和的

    フォートナイトの「あおり」が浸みこんでいれば、対立を産む。


    「自分で喜ぶのは、よい。相手に攻撃するのは、ダメ。自分も相手も大切に。」


    ファミコンが出た頃、子どもが「死ね」と言うようになったと問題になったが、それがどんどん進んでいる。ここまではいいよね、いいよね、と。大人も自分を否定したくないから、ま、いいんじゃない、と受け合う。どんどん、あらぬ方に進んでいるように思う。


    教育は 00:08

    どんな仲間を作るか意識して働きかけていくのが「教育」

    ただ「育つ」だけだと、どう育っていくか分からない。


    だから、「教え」が入る。

    勝手に育つと思っているか、育てようと思っているか、そこから違う。



    学び合い』で、主体的に人と関わり折り合いをつけていくことのできる、自ら学んでいける人を育てたい。

    10/07前夜

    電子化・ふぃんテック 01:05

    消費税増税と電子マネーによる優遇を同時にしたアイディアを考えた人はすごいなと感心する。

    中国や北欧に追いつけ追い越せ状態の電子マネー、


    結局、現金一番と言っている人も、あと2年もすれば全員変わる。


    これまでもあった感じ。 01:05

    携帯をもつか持たないか。


    スマホを持つか持たないか。


    ラインをするかしないか。


    そして、今。