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Gyoretu 学級づくりを語り合う会& 行列のできる『学び合い』相談所 富山・石川 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2012-05-27

「聴く」観の変化

| 12:04 | 「聴く」観の変化 - Gyoretu 学級づくりを語り合う会& 行列のできる『学び合い』相談所 富山・石川 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「聴く」観の変化 - Gyoretu 学級づくりを語り合う会& 行列のできる『学び合い』相談所 富山・石川 「聴く」観の変化 - Gyoretu 学級づくりを語り合う会& 行列のできる『学び合い』相談所 富山・石川 のブックマークコメント

 聴くことについて自分の考えが変化していることに気がついた。

 10年ほど前、仕事についたころ、話の聴かせ方がわからず、帰りの会のころになると声が枯れていた。

 5、6年前は、姿勢を正して全体の場でしっかりと相手を受け止めるという印象に、うーん・・・と思った。自分が子どもだったころを思い出していたようにも思う。小学校の授業は前向きに取り組めたが、中学・特に高校で板書を写すことが中心の授業が苦手だったこと。みんなで集まって、考えを出し合う授業をしたいと思っていた。また、そのとき受け持った状態で、みんなに浸透させることができるか不安があったから。何人かはうわのそらである。だから、全体の話し合いだけの授業から工夫をしたいと思い、ワークショップ型、ペア、グループ、『学び合い』等を見つけた。

 しかし、考えは少しずつ変わる。何人かがうわのそらどころか指導が入らない状態になる。きっと慢心であったのだろう。先日、子どもに気を抜かないことを風邪にたとえて話した。夜や翌朝になって、急に熱が出ることがある。予兆がいくつかあっただろうが見過ごしてしまう。だから油断大敵という話をしたが、そのときの自分の仕事ぶりにもあてはまるだろう。全体の話し合いをおろそかにするということは、自分の指示、全体の場で考えを聞き合いたい人をおろそかにすることにつながったと感じる。だから、みんなでいる場でうわのそらだろうが、何だろうが、意見を聴こうと求めるようになってきた。得手、不得手はそれぞれだ。不得手だからといって、他の意見を邪魔してはいけない。それは、意見を言う人も大切にしていないことにつながる。自分の仲良し以外の友達の意見、理由の異なる意見にもどんどん意見を聴こう、このクラスのメンバーだからこそできる勉強をしようと求めるようになる。うわのそらの子には、小さな伸びを見たり、得意なことでみんなによい影響を与えることに感謝していこうと考えた。

 だが、ふと気がつく。こんな言葉を聞く。教えないことの大切さを子どもから学んだ。子どもの自然な言い方がある。それに耳を傾けるという意味かと解釈する。逆に型ばかりだとうまくいかないところがあるという意味かと解釈する。だからこそ、よく見て、その子を見ることが大切だろう。このことを聴いたときに、ん?と思った。全体の場で聴くことの意味を考えていたが、そうするとねらいや習得すべきことを時間内にいかに進めるかといった兼ね合いを模索しているからである。

 しかし、一晩寝て気がつく。教えないことの大切さ、子どもを見ること等は一時前『学び合い』で物議を醸し出したことだと。内容にしても、子ども一人一人が違うが、有能であるという部分。得手・不得手はあれどみんなで折り合いをつける。そういうふうに考えたら、全体の話し合いでの「聴く」が方法論から「聴く」観になってきていることをしみじみ思う。835513

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