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自分が目指す幸せな社会を実現するため、理想の学び舎をつくる男のブログです。 社会に対して考えることから日常のくだらないことまで様々なことを書き綴っていきます。  wtjt9858☆gmail.com(☆を@に変えてください。スパムメール対策です。)

2014-06-02

中学生編その3

| 19:19 | 中学生編その3 - 普通の会社員が自分の学校をつくる を含むブックマーク はてなブックマーク - 中学生編その3 - 普通の会社員が自分の学校をつくる 中学生編その3 - 普通の会社員が自分の学校をつくる のブックマークコメント



あの日に出会った本。

それが『ダッセン』。



人生に嫌気がさしていた少年の心に火がついた。

全てがつまらないと諦めていた人生が面白いものかもしれないと思えた。



こんなに全力で自分の思いを実現するために生きている人がいるんだ。

今の常識(学歴や多くの経験)なんてものはまやかしで、自分が本気で願い行動すれば実現するのかもしれない。そう思えた。

自分は当たり前の常識という枠に囚われて自分の人生を狭めてしまっているのかもしれない。

たった数十年の歴史の中で語られる物事だけで、自分は多くのことを判断しすぎていたのかもしれないと思った。






何かに向かって全力で歩んでいく。

夢の実現のために必要なのは特別な能力ではなく、『熱意』と『当たり前のことをやり続けられる力』だと。


自分はどうしたら生きていて楽しい・幸せだと思えるのだろうか。

たぶんその答えは、誰かのために・誰かに必要とされる・誰かから感謝される生き方ができたら、幸せなのだ。

自分が社会を変えられなくとも、自分の教えを受けた生徒がこの世の中を変えてくれたらいいな。

そう思えたから教師を目指した。


社会を変えることができるのは教師だけだと思えたから。







あの時の思いが今の自分を形作っているのは間違いない。

あの時の感動が今につながっているからこそ、今この場所で働いている。



この場所がよりよい場所になり、みんなが幸せになれる場所にすることができたなら、自分は自分の理想とする場所を形作り、全員が幸せに生きることのできる社会の実現を目指して活動していく。





当たり前の積み重ねが世の中を変える。




今日もできることを楽しんでやるだけ。

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2014-04-25

今へと繋がる過去~中学生編~

| 19:20 | 今へと繋がる過去~中学生編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる を含むブックマーク はてなブックマーク - 今へと繋がる過去~中学生編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる 今へと繋がる過去~中学生編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる のブックマークコメント

高校生編、大学生編と書き綴ってきたこれまでの自分の生い立ち。

今日はここで現在の自分の原型が形作られた中学生時代のことを紹介しようと思う。








第一章:偶然という名の必然~人生全てが変わった親友との出会い~


「今日から中学生だね。中学生は勉強や部活が大変になると思うけど頑張ってね。中学校は小学校の様に甘い場所ではないからみんなしっかりと勉強しましょう。でもね、私もそうだったけど中学生はとても楽しいからみんな青春を楽しんでね!」

定かではないが、中学に入学して初めての担任がこんなことを言っていた気がする。


中学に入学して小学校時代とはメンバーが変わり、教室の中にいる皆がこれから始まる学校生活に胸を踊らせていた。








が、その時一人の少年は全く別の安堵に包まれていた。その少年が安堵に包まれていたのには理由がある。その少年は小学校高学年の頃にイジメにあっていたのだ。その少年が6年生だった当時の1年間はまさに地獄だった。毎日が苦しくて学校に行くのが嫌で嫌でしょうがなかった。が、親に心配をかけるのが嫌で心配をかけないように平然を装って毎日学校に通っていた。この1年間の地獄の終わりは時間の経過とともに訪れた。それが小学校卒業というイベント。この卒業式を迎えられたことが嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。

「やっとこの空間から開放される。中学生になったらこの地獄とおさらばできる。日本が6・3・3制で本当によかった。」そう思っていたからだ。

壮絶ないじめから開放された少年は安堵とともに心地よい緊張に包まれていた。これから始まる中学生活への期待と不安を胸に。一人の少年の中学生活がスタートした。











もし、これがテレビドラマだったら、中学校に入学しても同じようにイジメにあっていたかもしれない。が、幸いなことにその少年が中学校でイジメにあうことは無かった。一人の人間との出会いが全てを変えた。それは奇跡のような出会い。この出会いが、後に「全員が見捨てられない幸せな世の中を作る男」の人生がスタートした。



















その男との出会いは偶然であり必然でもあった。

無事に入学式を終え、クラス分けも発表され、同じクラスの人間が一つの教室に初めて集まった。それがその男との初めての出会い。

その時は特に会話を交わすこともなく、お互い別々の男子と会話をしていた。おれもあいつも順調にクラスの仲間とのコミュニケーションを取り、順調な滑り出し。その日はそれで終了し笑顔で帰路につく。




が、問題は二日目に起きる。

3つの小学校から集まった生徒で一つの中学校になっていたため、約3分の1は小学生時代の自分らのことを知っている人間たちなわけだ。察しのいいあなたなら分かっただろう。

「あいつ小学生の頃こんなやつだったんだぜ。ここだけの話、あいつ小学生の頃いじめられていたんだぜ。」がクラス中に蔓延したのだ。


そういう噂が立つと、さっきまで仲良くしていた奴も急に自分の近くに寄ってこなくなる。不思議なもので人間はそういう冷たい生き物なんだと思った。

それと同時に「また小学校の時と同じことが始まるのか。」とも思った。


































もういやだ。もうあんな生活したくないよ。。。


クラスの中でひとりぼっちになってしまった自分はうっすらと涙を浮かべ顔を上げて教室を見渡してみた。






























すると窓辺に同じように一人でたたずんでいる男がいた。

そう。この男こそが、後に親友となりおれの人生を全て変えることとなる男だった。














ここからは彼のことをKと呼ぶこととしよう。

Kも自分とほぼ同じ境遇で教室の中で一人でたたずんでいた。二日目から急に誰も振り向いてくれなくなってしまっていたのだ。

一人でいる彼のもとに歩み寄り、勇気を振り絞って話しかけた。









その後のことはよく覚えていない。

よく覚えてはいないが、気がついたらお互い肩を抱き合って語り合っていた。この出会いは、偶然という名の必然であったのだろう。仲良くなるのに時間なんて必要なかった。

Kに出会えたことで居場所ができた。自分の存在できる場所が教室という空間に誕生した。

それだけでいじめなんて再発するはずがないほどの自信を取り戻していった。






































そして親友ができたおれは、後に二人目の親友となるある男に出会う。

・・・続く。

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2013-10-14

今へと繋がる過去~大学編~

| 23:11 | 今へと繋がる過去~大学編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる を含むブックマーク はてなブックマーク - 今へと繋がる過去~大学編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる 今へと繋がる過去~大学編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる のブックマークコメント

大学に入学し、また絶望してしまった自分。

この頃のおれは絶望したら絶望しっぱなしで、その環境の中でいかに楽しく生きていくかなんて考えられなかった。

本当に弱い人間だと思う。



このまま高校時代と同じように絶望してたまま全てを敵に回して生活していくのかと思った。


だけど、今回は違った。

すぐに凄く仲のいい友達ができた。




だが、これには大きな裏があった。

どうして友達ができたのかと言えば簡単だ。「バカのふりをする自分」を完璧に演じたから。

つまり鋼鉄の仮面を被って生きていくことで身を守ろうとした。

だから、おれは誰にも本当の自分を見せずに生きていった。

自己開示をしなくなった。

その友達集団の中で自分が生きていくために、最善の存在を一生懸命考え演じた。

とにかく偽りの自分を演じた。



演技の才能があるのか、自分を信じ込ませることができる才能があるのかはよく分からないが、自分でもびっくりするくらいに固い仮面を被った生活を、これが本当の自分なんだと信じ込ませ、生活することができた。

自分自身にもそう信じ込ませることができた。たぶんあの時はそうすることによって、絶望で崩壊してしまいそうな自分の自我を保とうとしたのだと思う。


さて仲のいい友達はどんな友達だったのかを話そうと思う。

大学生活に絶望した中でできた友達だったので、友達たちも同じく絶望を感じていた人たちであった。

遊ぶことは、麻雀に始まり麻雀に終わると言っても過言ではないほどに麻雀をしたし、仲間に誘われギャンブルもした。だけど、そこに満足感や楽しみはなかった。とにかく、この苦しい時間を一緒に過ごしてくれる仲間がいるだけでよかった。


もちろん授業なんて出なかった。

周りの友達と授業をさぼって遊びまくっていた。昼夜逆転の生活だから、何度寝過ごしたかもわからない。何でかはわからないけど、あの時はそれが楽しかったし、それが正義だと思っていた。

偽りの仮面を被ったおれの心の悲鳴は、誰にも開示することなく毎日「今が楽しければいいや。」の生活で流れていった。

だけど、さすがに偽りの仮面を被り、自分のことを押し殺して、生活するのは限界だった。

だけど、偽りの仮面を被らないと、絶望が襲ってくるのがわかっていたから、それと対峙するのが怖くて、また仮面を被り続け、自分の心の苦しみを誤魔化して偽りの仮面生活を続けた。






そうやって一年が過ぎ2年目の春を迎えた。



その頃廃人なおれにも彼女ができた。


だけど、これも最悪の始まりだった。


偽りの自分を好いてくれた彼女に、本当の自分を見せられるわけなんてなかった。

ここでも鉄の仮面を被った廃人生活。

この大学に自分を開示できる人なんてだれもいなかった。




だけど、彼女はおれに依存してきた。心が病んでいたおれは、その依存に依存した。

まさに最悪の相互依存。

依存することで、どうにか心の平静をたもっていた。

心が弱っていたおれにはそれが異常だということがわからなかった。


付き合った当初は、これが本当の愛じゃないことも分かっていたのに、相互依存をしているうちに、誰かに依存をしないと生きていけなくなってしまっていた。だから人のことを好きって感情が分からなくなってしまっていた。この頃は本当に苦しかった。。。

自分の弱さがもろに出ていた。



だからこそ、もう全てがどうでもよくなっていった。

この時、このままなんとなく生きていけばいいんじゃないかな。

だったら普通に小学校の教員になって、目標もなくなんとなく生きていけばいいやと思った。


全ての目標を見失ったおれに生きる意味なんてなかった。

人生つまんねえや。楽しくもない麻雀してギャンブルしてそれで一生過ごしていけばいいとさえ思った。

完璧に偽りの仮面を被りすぎていて、本当の自分が何なのかが全く分からなくなっていた。






全てが面白くなかった。

廃人な生活を続けたおれは、身も心もボロボロになっていた。だけど、顔には出さなかった。楽しいふりを続けた。本当に辛かった。

自己開示の仕方すら忘れてしまっていた。









こうして3年目の春にが過ぎ、気づけば4年目の春を迎えた。


そんな俺に転機が訪れた。

たまたま研究室の先輩のYさんに飲みに誘われて一緒に酒を飲んだ。


その時は本当に衝撃的だった。

おれがこの大学に来て初めて自己開示をしたのだ。

鋼鉄の仮面を被って生活をし続け、自己開示の仕方すら忘れた廃人が自己開示をしたのだ。


この人になら本当の自分を見せていいと思った。

その日のおれはマシンガンのように喋りまくった。とにかく喋りまくった。


忘れていた本当の自分。自己開示をしたら居場所がなくなる。絶望と対峙しなければならないと思っていた自分に、居場所ができた瞬間だった。

その頃から、おれは研究室に行くようになった。

あの人がいれば本当の自分でいられると思ったから。



だから、あの人には感謝してもしきれない。

あの人は否定するけど、あの人は俺を救ってくれた人であり、最大の恩人だ。

ほんとに感謝している。


それとほぼ時を同じくして、相互依存し合っていた彼女と別れた。お互いに限界を感じていたのだと思う。

だけど、別れた時にはどうしようもないくらい苦しかった。でも、そこには恋愛感情なんてなく、ただ依存する相手がいなくなってしまう恐怖だけが残っていた。

だけど、精神がおかしくなっていた俺はそれに気づけなかった。

今思えば、あれは完全に病気だった。

人間はこうやっておかしくなっていくと思った。


今はあの相互依存から抜け出せて本当によかったと思っている。





そして、全てを無くしYさんのおかげで研究室に行くようになっていったおれは、またしても救われた。


この春に入学してきたHさんに出会ったのだ。

この人は様々な行動をし、思いっきり自己開示をして楽しそうに生きていた。


そんな姿を見て、おれの中の鋼鉄の仮面は音を立てて崩れていった。


「おれはこの研究室という空間でなら自分を偽らずに表現してもいいのかもしれない。」

そう思えた。


そうして、研究室でも自分の思っていることを発言した。

の反応や目の色が変わった。

自分を偽らなくても生きていけることを実感し、嬉しくなった。


ここではおれは仮面を被らなくてもいいのかもしれない。

俺のことを認めてくれる人がたくさんいる。

そう思えた時に、中学生の時に決めた大切な目標を思い出した。


「自分の学校を作って一人でも多くの人を幸せにする」




これを思い出してからのおれは、一切偽りのない本当の自分を常にさらけ出して生きることができるようになった。


絶望の中に生きるのが怖くて、全てを偽って生きてきた自分はもうどこにもいなくなっていた。

鋼鉄の仮面を被って前が見えなくなり、そその場から進めなくなっていたおれの視界が一気に開けた瞬間だった。







そこからの毎日は、本当に楽しい。最高に幸せだ。


自分を偽らなくても生きられることを知った。

そうやって生きると幸せなことも分かった。

自分を偽らないと、魂のこもった言葉が自分から出てくることが分かった。

毎日が明るいことも分かった。

この大学には素敵な人が溢れていることも分かった。

学び合いの素晴らしさも分かった。

N川先生の偉大さも分かった。この人が整備してくれた環境のおかげで外部と繋がることができた。

世界の広さを知った。

外の世界には自分の思いを本気で聞いてくれる人がたくさんいることを知った。

もう自分を偽らなくていいことを知った。

おれは幸せに生きてもいいことを知った。





普通のことかもしれないが、ありのままの自分で生きられることがこんなに幸せだと思わなかった。

涙が止まらなかった。

おれは自分の本当にやりたいことを信じて、2度と自分を偽ることなく生きていこう。

絶望する前に、どうしたら自分がその環境の中で幸せに生きられるか考えようと決めた。





もう本当の自分を表現することに、ためらいはなくなっていた。


そうして、本当の自分を全力で表現する場所「普通の大学生が自分の学校を作る」が誕生した。















ここまでお読みいただいてありがとうございました。

ここまで読んでいただいて分かるように、おれはとても弱く何度も絶望し、その度に逃げて生きてきました。

でも、これが今のおれのルーツなんです。

絶望の中で生きてきた俺のルーツなんです。

それを表現すれば、自分が本当の意味で自己開示ができていると実感したかったのです。


そして、おれは一番知られたくないことを自己開示できました。

もう同じ絶望は繰り返しません。

自分を偽って苦しんで生きていくこともしません。


全力で目標に向かって努力し続けるだけです。



本当に苦しかった偽りの自分を演じる日々。なんて長い時間自分を偽ってしまったんだろう。もっと早く自分を偽らない生き方ができていれば・・・。

そう思ったこともあります。

だけど、今は自信を持って言えます。

あの絶望の日々があったから今の自分がある。

鋼鉄の仮面を被った偽りの自分を演じて苦しみながら生きたからこそ今の自分がある。

絶望を知って、最悪の大学生活を生きたからこそ、今の自分がある、と!



こんな俺だから、できることがある。

やらなくてはけないことがある。


昔のおれよりも何万倍も苦しんでいる人たちを一人でも多く幸せにしたい。






だからおれは今日も学び続ける。

akifune3akifune32013/10/14 23:26Yさんとの出会い感動的や( ;∀;) カンドーシタ
負の経験をエネルギーとしているのは、nishinaoも俺も西川先生も共通しているところだなぁって思います。nishinaoとは、学校をつくるとかの方法論では違う道やけれども、「一人も見捨てない社会」=「全員の一生涯の幸せを実現する社会」というGOALは同じだと思っています。
これからも学んでいきましょう。

swprismswprism2013/10/15 01:32東京の学生です。実はにっしーの昨日の日記を読んで、私もブログを書こうと決めたんだ。ずっと勇気が出なくて踏み出せなかったのです。ありがとう。私はこんなに誰かに影響を与えられるようになるまで、まだまだ時間がかかるかもしれないけれど、なんだか一歩踏み出せた気分です。

nishinaonishinao2013/10/15 12:21akifune3さん
そういっていただけると嬉しいです。
ですが、未熟な愚かな文章を書いてしまったと反省しています。
だから、失敗しながらも少しずつよくなっていきたいなと思います。

達成すべき目標に向かって頑張りましょう。
一緒に高め合える仲間がいて幸せです。
共に学び続けましょう!

nishinaonishinao2013/10/15 12:24swprismさん
ありがとう。そういってくれる人が一人でもいると、涙が出そうなくらいうれしいよ。
まだ自己表現が下手くそで、愚かなことばかりしているけど、これは一歩踏み出さないと絶対に経験できなかったことだと確信してるよ。
こんな俺にもできたんだから絶対大丈夫。おれは全力で応援するよ。
ブログ始めたら教えてね。
お互い少しずつ頑張っていこう!

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2013-10-13

原点に戻る大切さ

| 21:54 | 原点に戻る大切さ - 普通の会社員が自分の学校をつくる を含むブックマーク はてなブックマーク - 原点に戻る大切さ - 普通の会社員が自分の学校をつくる 原点に戻る大切さ - 普通の会社員が自分の学校をつくる のブックマークコメント

本日は研究室のYさんと、僕の恩師であるH先生のところに話をしに来ました。

この公文教室は僕の原点でもあり、今の僕の考え方の基礎ができた場所です。


なんでかわかりませんが、たまに帰ってきたくなるのです。



こんな場所があることが幸せです。





今日ここに帰ってきてみて感じたことが、原点に戻る大切さです。


「なぜ自分はこの先学校を作りたいのか。」「どうやって生きていきたいのか。」「なぜ学んでいるのか。」など、様々な思考を整理することができました。



そんな中で、今日とても心に残った言葉があります。

それは「水のように生きる」です。




この言葉は東洋思想でもよく語られることなのですが、今日改めてその奥深さに感銘を受けました。

教育をする上での水の理論は「洗濯」で語れるのだそうです。

洗濯をするとき水は、服の汚れを全て自分の中に受け入れる。なのに水は文句も言わずに全てを受け入れる。

なのに、洗濯を終えるためには水分を全て無くさなければならない。

これほど尽くしたのに、洗濯を終えるためには、水は全て無くならなければ完了しない。

教育もこれと同じではないのだろうか。


教育を施す時には、水(教育者)は洗濯物(子供たち)の汚れを落とす(よりよい幸せに向かうための教育をする)。

だが、子供たちは教育者から受けた教育(洗濯をしてもらった事実)を全て忘れて、自分の力によって立派(きれいな洗濯物)になったのだと思えた時に初めて教育が完了(洗濯が完了)するのである。




うーん。感慨深いですね。

教育者は教育した子供から感謝されたいとか、いろいろな人から認められたいと思うものだと思っていました。


学び合いもそうですが、教師の役割は実は子供たちから感謝されたり、人から認められたりするところから遠いところにあるのではないかなと思いました。

ですが、人は自己中心的であり、人から認められたい欲がとても強い生き物なので、そんな中でいかに教育者である自分をそこから遠ざけるかは、とても難しい問題だと思いました。




まとまりがなくなってしまいましたが、今日感じたことはこんなところです。

やはり、原点かえることは素晴らしい。

明日からも幸せのために頑張ろうと思います。

今へと繋がる過去~高校編~

| 10:20 | 今へと繋がる過去~高校編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる を含むブックマーク はてなブックマーク - 今へと繋がる過去~高校編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる 今へと繋がる過去~高校編~ - 普通の会社員が自分の学校をつくる のブックマークコメント

学びたい事がたくさんある。

どうしてこんなに学びたいのだろうか。

たくさんの事を知りたくてしょうがない。

だが、今のこんな自分を昔の俺に関わった担任や表面上でしか付き合いのない友達が見たら、信じられないだろう。

「あいつは誰だ?本当にNか!?」と。








今までの人生は勉強とは縁遠い人生であった。

自分の興味のあるやりたいことだけをやってきた。


だから、絶望と共に何とかなるぎりぎり最低限のことだけをやり生きてきた。





高校入試も、将来教職に就くために長野県内で一番有利と言われる高校に入学できる最低限の勉強だけした。

受験なんてただのつまらないゲームだと思っていたから、必要最低限以外の事はやらなかった。

それよりも、友達と遊んだりゲームをしたり楽しいと思う事だけをやり続けていた。







無事志望校に入学。

高校生活の3年間は自分を戒めるために、努力ができる人間になるために、自ら棘の道を歩んだ。




中学生の時まではサッカー部に所属し、それなりに成績を残してきた。そのため高校でも当然サッカー部に入るものだと思われていた。

だが、野球部へ入部した。


理由は、「一番苦手なスポーツだったから。」ボールを投げることも、バットをまともに振ることもできなかった。飛んでくるボールにバットを当てる事なんて、当然できるはずもない。そんな中で、野球部に入部した。

監督は今では問題となっている体罰をバリバリとしている方だった。そんな姿も、野球部に入部を決める要因となった。

とにかく、一番苦しい状況に自分を追い込み、努力ができる人間になりたかった。1つのことをやり遂げられる人間になりたかった。

そして、3年間の部活動をやり遂げた。本当に苦しかったが、自らに課した高校生活の目標は達成した。




だが、1つの事にしか集中できない性格のおれは野球に全力を注いでいたため、勉強は全くできなくなっていた。

いや、正確には部活以外の高校生活に嫌気がさしていたと言うべきだろう。



そして同時に不登校にもなった。




朝部活をし、昼は部室や学校の外へ出て時間を潰し、夕方の部活に戻ってくる生活をしていた。

もちろん不良になろうと思っていたわけでもないのだが、くそくだらない勉強を真面目になって聞いている同級生や、全ての価値を大学入試に求める教師たちに嫌気がさしたのだ。





正直、絶望した。

そんな少年がとった行動が不登校だった。





入学早々に

「この空間では生きていけない」と思った。


教師は入学した瞬間に

「大学入試を見すえた勉強をしなさい。」と言ってきた。



意味が分からなかった。

「高校は大学入試でいい大学に入るためだけにある場所なのか!?お前ら本気でそれ言ってんのか!?」

そう思っていたが、どうやら教師たちは本気で言っているらしい事がわかった。


それだけじゃない。

進学校だったせいかは知らないが、そこにいる人たちは皆絵に描いたような真面目ちゃんだった。

もちろんそうじゃない人もいたが、大多数はそうだった。

おれが「なんで○大学に行きたいの?」と聞くと、

「え?別に行きたい理由なんてないけど、とりあえずいい大学に行っとかないとって言われるし、そうしようかなって思ってる。」と返ってきた。









絶望した。

だから、1年生の時は教室に友達なんていなかった。




おれはこうして不登校になった。





だが、しっかりとつけは回ってきた。

取得単位が足りず、留年が決定することになりかけた。

だけどそれは、学年主任との長い面談と全力の土下座のおかげでなんとか留年は免れた。


その時正直思ったね。

「なんだ。なんにもしなくても進級できるならそれでいいじゃん。土下座するっていう、最低限のことやればいいや。」


だから、次の年の最後も同じことの繰り返し。

全力の土下座の下では笑っているおれの顔。

「ああ、学校ってなんてちょろいところなんだ。」






2年生からは、クラス替えで野球部の仲間と一緒のクラスになったので、なんとか教室にいけるようにはなったがそれでも絶望的な高校生活には変わりなかった。


教室という空間で教師が絶対的な権力を持ち、皆がいい大学に行くために教師の話を真剣に聞いているふりをする。

そんな空間に吐き気がした。


だから、教室に小型ゲームを持ちこみ、机の上に堂々と出してカチャカチャと楽しくもないゲームにいそしんでいた。

そんな姿を見ても、どの先生も何も言わなかった。だって、みんなから諦められ、見放されていたから。

だから、心の叫びの現れでもあるゲームをずっとしていたし、不登校の時と同じように授業をさぼりまくった。






そして気付けば高校3年生。

部活では目標を達成し、充実した引退を迎えていた。



だが、絶望的に勉強ができなくなっていたおれは、高3の夏の模試では偏差値が30代前半であり、その前の春の模試では偏差値が30を下回っていた。もちろん学年最下位。

県内の進学校の人間のはずなのに、県内の得点ランキングでも下から百番以内に入るほどの立派な成績だった。

そりゃそうだ。3年間にペンを握ったのなんて記憶にない。

野球部の試合の記録をした時くらいだろうか。





もちろん、高校の先生からは見放されていた。「あいつは何をしても無駄だ。」と。


だから、高3の夏休みが終わった頃に、担任との今後の進路について面談した時、「僕は教育者になるので、国立の教員免許が取得できる教育学部か、教育大学に行きます。」と言った。

その時担任のとった行動には絶望したね。


ひたすら爆笑。ただ笑っていた。そして、僕にこう言ってのけた。

「もちろん来年大学に行けるようにって意味で言っているんだよな?お前の今の成績じゃ行ける大学なんてどこにもないし、国立大学なんて不可能だ。諦めろ」と。





あの時の担任の顔は今でも忘れない。


「ああ、この人は本当におれの事が嫌いなんだな。自分のクラスの邪魔者で、自分の評判を下げる屑くらいにしか思っていないんだな。」と思った。

それも、ずっとあんな生活をしていた自分のせいだから、しょうがないのだけれど、勉強ができていい大学に行く事にしか価値を置かないのに嫌気がさしているのにも気づいて欲しかったな。。。





だけど、「この担任を見返してやろう。」なんて思わなかった。

自分の中にはずっと一貫した信念があったわけだから、絶対に目標は達成できると信じていた。

根本の信念は変わっていなかったし、部活動で自分の心を鍛える目標は達成していたわけだし。





そして、「教員免許が取得できる国立大学に行く」という目標を達成するため、高3の10月に勉強開始。



最初は自分に絶望した。

数学の1年生の教科書の内容から全くわからない・・・。

サ・イん?コサイん??なんじゃそりゃ。

英語の文章を読もうとしても単語も文法も分からなくて、何もできなかった。

ん?地学って何?そんな科目あるんだ。


そして気付いた。

「目標達成のためには全力で受験ゲームに取り組まなければならない。」

そこからの勉強量は凄かったと、今でも胸を張って言える。

いかにしてこのくだらないゲームをクリアするかを真剣に考え、センター試験で7割を取るためだけの勉強をした。

センター試験というくだらないゲームは、深い知識を必要としない。

だから、忘却曲線にそって自分なりに考えた最強の勉強法でくだらんことを覚えまくれば、どうにかなると確信した。

また、恵まれた事に教師全員から見捨てられたために、授業に出ないで部室で勉強していても何も言われなかったし、授業中自分の決めた参考書だけを使って勉強していても何も言われなかった。


そういった意味では、見捨ててくれた先生たちに感謝しなければならない。







そして、くだらん事を全力で覚えて臨んだセンター試験。

直前の模試までは、300点台だったが(模試では深い知識を問われるため)、センター試験というゲームでは615点を取った。目標の7割には15点届かなかったが、「国立大学に行って教員教員免許を取得する」という目標を達成するには十分すぎる点を取った。




そして、担任にセンター試験の点数を報告。

あの時の担任の顔も今でも忘れない。



手のひらを返したような満面の笑みで言い放ちやがった。

この言葉だけは出すなよと思っていた言葉を発しやがった。


「よく頑張ったな。お前ならできると思っていたよ。」



・・・。

この担任を殴ってやろうか本気で悩んだが、そんな事をしても意味がない事は分かっていたので、やめた。


今の大学に合格が決まった時は担任に報告はしなかった。

次に会ったら本当に殴ってしまうかもしれないと思ったから。

それ以上に、もう顔も見たくなかった。















そして、目標である教員養成系の国立大学の大学生になったおれはまた同じことを繰り返した。



なんの考えも持たずに、何となく教員になろうとしている真面目だけが取り柄の人ばかりの周りの人間。

教員採用試験の合格率を上げることにしか興味のない大学のカリキュラム。





また絶望した。



そして始まった人生最悪の廃人生活。











続きの大学生活のことについてはまた後日。。。

長文の拝読ありがとうございました。

scorpion1104scorpion11042013/10/13 21:43高2のラグビー息子と中2の陸上息子と一緒に読ませてもらいました。共感できるところはどこかと尋ねたら、ラグビー息子「俺の高校も真面目な奴ばかりだな、でも、俺の高校はそんな教師ばかりじゃない。見捨てる教師ばかりじゃないよ。」陸上息子「教師は、オモシロイ授業をする義務がある。でも、俺の学校ではそうとは言えない。」と言っていました。nishinaoさんの生き方に息子たちは、違和感はないようでした。自分の目標を達成することが凄いということは言ってましたが、なぜ周囲の人たちをみんな同じと思うのだろうかという疑問は残ったようです。私は、nishinaoさんのマグマだまりの理由の一端が見えたような気がしました。ですから、この続きが読みたいです。

nishinaonishinao2013/10/14 00:38scorpion110さん
息子さん共々読んでくださってありがとうございます。
「なぜ周囲の人たちをみんな同じと思うのだろうか。」ですが、あの時はなぜそう思っていたのか、自分でもよくわかりません。
そう思うことによって、弱い自分を正当化していたのかもしれません。
ただ、もちろん今はそんなことを思っていないですし、周りの全ての人がみんな違うし、その中にその人なりのいい所がたくさんあり、誰からでも学ぶことばかりだと思っています。

マグマだまりがあると感じるのはなぜでしょうか?自分ではよく分かりません。ただ、もしかしたら、高校・大学生活で身に着けてしまった変なスキル(詳しくは大学生編で書きます)のせいかもしれません。
もしくは、基本的に人付き合いが下手なこともあると思います。

自分でこの内容の日記を書いて読み返してみても、あの時なぜあんな事を考えて、勝手に絶望していたんだと思うことばかりです。
まともな回答になっていなくてすいません。

sweetsdaisukisweetsdaisuki2013/10/14 01:03とても興味深く読ませていただきました。私は高校時代、nishinaoさんとは逆の生活を送りました。つまらなくてつらくてたまらない学校に、毎日毎日ため息をつきながら行きました。3年間、皆勤です!いつもいつも朝からおなかが痛くて、でも友達に迷惑をかけたらいけないと思い、一生懸命我慢していました。今思うと、少し心を病んでいたと思います。授業中、ずっと時計とにらめっこして、全然時間が過ぎていかないことがつらくて、延々と話している先生を憎んでいました。テストでは、隣の友達の書く音が気になって気になって、イライラが止まらず、問題が読めなくなって、ビックリするほどの点数をとったこともあります。大人になってから、自分がつらかったことを認めることができましたが、当時は、「自分は変だ」と思って、どうにか性格を直さなければと、自己啓発の本をいっぱい読みました。あー書くだけで嫌な過去がよみがえりますね・・・。nishinaoさんとの共通点は、「絶望感」を抱いていたということみたいです。
長々とすみません。

scorpion1104scorpion11042013/10/14 06:31nishinaoさん、おはようございます。息子どもの勝手な感想に応えてくださいってありがとうございます。マグマ溜まりに関しては、私と同じところがあると感じるからです。nishinaoさんの言葉に同じ感覚を持つ自分が反応しているのだと思います。そこは、sweetsdaisukiさんも同じなんだと思いました。発信することを選んだnishinaoさんを凄いなと思っています。

nishinaonishinao2013/10/14 09:54sweetsdaisukiさん
読んでくださりありがとうございます。正直、こんな内容をブログに書いていいのかすごく悩んだんですが、こういった反応が返ってくると、少しは書いた価値があったのかなと思えます。
sweetsdaisukiさんはとてもすごいと思います。僕にはその我慢が出来なかった。自分が勝手に絶望してそこから逃げて自分を正当化してしまっていました。
我慢することは辛いですよね。絶望感を抱いた中で、我慢をすることを考えただけで、苦しくて吐き気がします。そんな生活を3年間も送られたというのが、本当にすごいです。
僕はここに書いて多くの人に自己開示をしたことによって、また一歩踏み出すことができたと思っています。(一概にそれがいいのかはわかりませんが・・・。)
長文のコメントどうもありがとうございました。

nishinaonishinao2013/10/14 10:06scorpion1104さん
おはようございます。
こちらこそ、貴重なご意見ありがとうございました。
scorpion1104さんもsweetsdaisukiさんも同じところがあるんですね。もしよろしかったら、メールかFBのメッセージでマグマ溜まりのことについて具体的にお話ししていただけたら、とてもうれしく思います。自分ではマグマ溜まりが何のことを言われているのか、よく分からないのです(笑)
ここで発信することで、自分自身に成長があるのではないかと思ったから発信しました。自分の中のブラックな部分やダメな部分。それらを表現することで、より多くの人から客観的な意見がもらえるのではないかと思ったのです。
だから、弱い自分を隠さずに、思い切って自己開示してみたら、そこから何が生まれるのかを知りたかったというのもあります。
あとは、自分に好感を持ってくれている人に対して、実はこんなに狂ったおかしな人間なんだよ、ということを知って欲しかったというのもあります。
一概に、この場で自己開示をしたことがよかったのかはわかりませんが、一歩踏み出すことができたという点では、よかったのかなと思っています。

sweetsdaisukisweetsdaisuki2013/10/14 23:15まったくすごくないです!その時は、「誰よりも頭がいい人になりたい!」と思って、
がんばっていたんです。適当にサボりながらも、ものすごく勉強ができた友達のことを
妬みながら(笑)。も~書いていると自分の汚さがどんどんでてきますね^^;
nishinaoさんが書いてくださったおかげで、なんだか勝手に心強く思っている私です。
学校生活があんなに嫌だったのに、なぜか教員になっているという・・・矛盾?
これからもよろしくお願いします。

nishinaonishinao2013/10/16 08:17sweetsdaisukiさん
その状況下で「頭がよくなりたい。」と思えること自体が僕にとってはすごいことですよ(笑)全然汚くなんてないと思いますよ?むしろ健全できれいな心だと思いますし。。
バカなので、無謀にも全部さらけ出してみました。書いていてすごく暗くなりましたが、今はすっきりです(笑)
教員になりたい理由も人それぞれなんですね。
こちらこそよろしくお願いいたします。

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