十人十色・宮城

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 今年度からは全校児童5人の学校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでみたいと思います。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを計画中です。
  • 2017-03-22

    やりたいときは今

    06:27

     3月もこの時期は,授業も終わってしまって。

    この日は,職員室で次年度の教育課程のお仕事。Excelとかが苦手で,なかなかうまくいかないこともあり,ちょと悶々として午後まで職員室でずっと過ごしていました。

     すると,放課後に,4年生の2人が職員室の私の所にやってきて

    スライムつくりましょう!」

    と言うではありませんか。

    「????,スライム?今から?あと30分で下校のタクシーだよ?」

    (30分で,つくって,片付けてなんてなあ…。明日にしたらいいんじゃない?)

    と思って,そう言いかけましたが,

    (まあ,でもなあ,やりたいときが今なんだろうからなあ)

    と思い直して

    「オッケー,急ごうぜー」

    と,チャレンジすることに。

     教頭先生も

    「んじゃ,理科室のあそこの棚にホウ砂,あったはずだ~」

    と教えてくれ,私たちは速攻で3階の理科室へ。私はとっておきの「バルーンスライム洗濯のり」を持って。

     養護の先生も一緒に参加してくれ,またあとから2年生と5年生も加わって,30分だけだったけどみんなでわいわいとスライムづくり。

    「じゃ続きはまた明日やろうね~」

    と,今度は食紅をいれて色つきを作ることに。

     1日,むつむつと職員室で仕事だったけれど,この放課後の30分で,なんか生き返った気分だな~。

    感謝。

     あのとき

    「時間がないから,無理だよ~。明日にすれば?」

    ってしないでよかったなあ。

    2017-03-21

    強迫的なもの・ことから距離を置く

    06:19

    「自分でやらなければいけない」などというように,「自分」にこだわればこだわるほどむしろ変化の進展が遠のくようだということでした。安心は,『自分ができる』という自分の能力から生まれるものではなく,自分で囲っていたものを手放し,ゆだねられることによって生まれます。」

    「自分にこだわるということ自体がすでに強迫的になっているということのようです。強迫的になればなるほど心はこわばり,変化のプロセスは遠のきます,」


    「それぞれの人が,それぞれのあり方を大切にされ,自由に伸びやかに自分らしくなっていく場所では,人は自然と親しくなり,いい意味で影響されあいます。」(「規則も上司も命令も責任もない おふくろさん弁当」(アズワンネットワーク

     ここにある記載は,私にとって大切な示唆を与えてくれるなあ,と感じる。

    自分がやらねば,と思うことで自分で責任を背負い込むことになる。それはよかれと思ってやることだろうけど,全体としては硬直化することにつながる。その人しか出来ない,その人の専売特許みたいあな感じになってしまうから。自分にこだわる,ということ自体がすでに強迫的,なるほど,そうかも。

     強迫的なもの・ことから距離を置くというのは難しい?みんながそうしよう,と思えばできるなあ。

    そうなると,物事が進まなくなったり質が落ちたり,生産性が落ちたりする?

     そう考えてきたのが今まで多かったかもしれないけど,本当にそうか?

     それぞれの人が,それぞれのあり方を大切にされ,自由に伸びやかに自分らしくなっていく場所」であれば,それぞれがそれぞれの持ち味を生かしてやっていける,そう考え実際にやってきているのが「おふくろさん弁当」

    心のこわばり。ちょっと心に留めておきたい言葉。

    2017-03-20

    パーマカルチャーという考え方

    08:55

     ある本を読んでいて,「パーマカルチャー」という言葉に出会いました。その本には,

    「グランド全体に芝生を敷き詰めなくても、多様性のある持続可能な芝生を数カ所で作れば、芝生は自然に増殖し、いずれはグランドを覆いつくすことになる」という記載が,パーマカルチャーデザイナーの四井さんという方の言葉として紹介されていました。



    「パーマカルチャーとは、パーマネント(永続性)と農業(アグリカルチャー)、そして文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、永続可能な農業をもとに永続可能な文化、即ち、人と自然が共に豊かになるような関係を築いていくためのデザイン手法です。私たちの命を支えている自然の恵みである食べ物やエネルギー、水などがどこからきてどこへ行くのか、そして自分の毎日の生活がそれらにどのように関わっているのかを知り、汚染や破壊を引き起こすのではなく、より豊かな生命を育むことが出来るようにそれらと関わっていくこと。そして争うのではなく喜びを分かち合うことを前提とした人間社会を築いていくこと。これらを実現していくために自らの生活や地域、社会そして地球を具体的にデザインしていきます。」http://pccj.jp/


     持続可能。永続可能。

    人間も自然の一部。私の仕事の範囲で言うと,教室や学校も人が集まるところだから自然の一部でもあるかもしれません。

    だれもが「共に豊かになるような関係を築いていく」ための,大事なポイントは…。

    2017-03-19

    閉校式×2(4)

    08:26

     昨日の午前は,自分の勤務校の閉校式。

    そして午後からは,かつて勤務していた学校の閉校式。


     1日に2つの学校の(正確に言うと,それぞれ小学校・中学校だから4つ)

    閉校式に参列するなんて,市長でもあるまいし,ふつうないよなあ…,と思います。


     そこでの日日が,もう更新されないんだなあ,と思うとやっぱり寂しいなあと思います。

    地域にとっては、そこに共有する「物語」があったのですから。新しい学校になったとしても、0から、ではなくてかつての物語を今の中に取り込んでいく、そんな工夫と、実際の取り組みが本当に必要になります。そういう意識を持って、やっていきたい。

    2017-03-18

    卒業式

    06:04

     昨日は,卒業式でした。

    一人の卒業式を,在校生4人と併設中学校の生徒さん,保護者,職員,地域の方々で送り出しました。

     次年度,統合を控えているので,本校として最後の卒業式になります。

     私は今年は,初めての司会です。今までとはちょっと違った立場での参加の仕方です。担任だったころより,卒業式を見る立ち位置がなんか違うところに気がつかされます。

     それでも司会をしながら,なぜか涙がでました。この立ち位置で,まさかそうなるとは思いませんでした。今年1年は,ある意味自分でも意識して子どもたちとの一定の距離を保ってきたから,自分でも意外です。なんでだったのだろう。

     それぞれの人がそれぞれの立場や役割や関係性の中で6年生Mさんの卒業式をつくる,そんな感じだったかなあ。


     Mさん,卒業おめでとう!



     それはそれとして,テレビの取材が入りました。

    いくら取材とはいえ,子どもたちが歌っている,その目の前に入り込んでカメラをを回すのは,正直やめてほしいと私は感じました。なんのための,誰にとっての卒業式なのか,そこにかかわるから。

     「一人の卒業生」とか「最後の卒業式」とかっていうことでの取材だと思うんですが,それは6年生とはなんら関係のないこと。6年生にとっては特別ではないから。6年生とのエピソードを共有していない人が,式の大事な場面で,大事なエリアに断りもなく入り込んでくるのを見て,私は

    (なんなんだろう?)

    と感じたのでありました。