次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2019-12-13

    ズレは必ずある,と思ってみる

    07:35

     どんなに上手くいっているように見えても,ズレはあるってことだなあ。

     というか,ズレはあるものだと思っていないといけないなあ,と思いました。

     うまくいかなったからそう感じたんじゃなくて,思った通りにだいたい物事が運んでいるんじゃないかな…と思ったときにこそ,その「ズレがあるんじゃないか?」の感覚をもっていないといけないな,そう学ぶことができた,そんな出来事。




    「あそこに来ていた方の言葉をそのまま受け取って,それで,全てが順調に進んでいる,なんて思ってしまうと,それは違うんじゃないか,道を誤るんじゃないか,と思う。」

    とある方の言葉。

     その瞬間は

    (そんなこと言わなくてもー)

    って正直思ったけれど,よくよく考えて見ると確かにその通り。

    (あ…,ズレがあると思っていることが実は大事だな…)

    ということ。

     意見を伝えてくださった方々は,そのまま「全てのメンバー」ではないってこと。あそこに集まってくださった方々は,普段私や私たちと近く接してくださっている方々。「全てのメンバー」の中のごく一部。

     だから,余計に(そのつもりのあるなしに関わらず)気持ちのいいことを言ってくれるし,それを気持ち良く受け取ってしまう自分もいるってこと。

     耳に心地いい言葉は,やっぱり嬉しいから。



     一部を捉えて「全部」としてしまうことは危険。


     いつの間にか,自分に気持ちのいいことを言ってくれる方々のみを捉えて「全部」としてしまってはいないか,そうなってしまうと独りよがりになってしまうんじゃないか,そういうことに気付かされる出来事。

     どんなにやっても,どんなに丁寧に関係をつくったとしても,必ずズレはある。それは当たり前のことなんだね。

     ズレがあることが良くないことじゃなくて,ズレについての意識がない,ズレを見ようとしないってことが問題なんだなーって思いました。

     見えているか見えていないか,見ようとしているかしていないか,そんなことだと思う。

     まだまだだな,自分。 

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