次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2019-10-05

    「線的時間」と「円環的時間」

    08:07

     「線的時間」と「円環的時間」

    最近出会った,ちょっと気になった言葉。気に入った言葉。

    それで,そんな目で周りを見ている。


     「線的時間」は,まあ「物語みたいな時間の流れ」ということみたい。ストーリー性がある。「平衡状態→非常事態→新たな平衡状態」。

     学校的に言っちゃうと,それは「成長」だったり「成果」だったりを生み出す時間の流れのとらえ方かな,と思いました。左から右に流れる線的な時間の流れ。


     もう一方の「円環的時間」。これは同じ地点をぐるぐると回る,安定を生み出す,そんな時間の流れ。「日常」

     いつもと変わらない,日常がそこに安定的にある,そんな感じ。「変わらないこと」「安定している」ことに価値を置く時間の流れかな。


     私が,この2つの時間の流れの捉え方に

    (お…)

    って思ったのは,知らず知らず私も「線的時間の流れ」の方に重きを置きすぎてはいないか,なんて感じたから。そもそも「円環的時間」は当たり前すぎて,そういう時間の流れの捉えすら,あんまり意識していなかったなあ,と思ったから。


     もちろん,「安定した日常は大事」「安心安全であることは大切」なんて思ってはいるんだけど,それは「線的時間の流れを生み出すために」みたいなところがなかったかなあ…,と自問自答してみたってこと。


     

     「成長しないと(成長させないと)」,「変わらないと(変えないと)…」

     うん,それもそう。


     でも。それと同じくらい

    「そのままでいる(ある)」

    こともちゃんと保障したいな,とも思った。


     そのままでいる(ある)ってこと自体,それを維持するための本人の努力だったり周りの目に見えない支えがあってのそれだから。


     「円環的な時間の流れ」は物語にならない。そして,実はその「円環的時間の流れ」こそが今とっても大事なんじゃないか,とさえ思う。

    「持続可能ななんちゃら」なんて言うのは,まさにそうなのでは?


     それを「物語」に仕立ててしまおうとすると,なんかおかしなことになりそう。


     教室や学校で考えると,毎日がほぼ「円環的な時間」。それでいいんだなって思う。そして,時々,」そのぐるぐる回る時間の流れの中から,ぴょい,と飛び出してみて「線的時間」を過ごして,またもとの「円環的時間」にもどる…。そんな感じ。



     毎日毎日「線的時間」はもたないもんねー。

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