次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2019-08-24

    そこにストーリー,なんだな

    11:53

    前から噂を聞いていて,

    (いつかは行きたいなあ…)

    と思っていたお料理のお店があります。




     店主の方は,震災を機にボランティア石巻に入り,様々な活動や経験を通して,ここの人や食材に魅力を感じ移住を決めた,とのことです。

     もともと公認会計士を目指していたらしいんですが,「すぐに諦めてしまった」。とのこと。そこからイギリスに渡ったことで,海外に興味をもったそうです。言葉が通じない中で、不安だったけれどなんとか、2ヶ月過ごせたことが自信につながったようでした。

     

     そして

    「せっかくだからフランスにも…」

    「せっかくだから…」、とあちこちの国を回り,1年2ヶ月、世界をまわったそうです。いろいろな国を電車やバスで回るうちに土地土地で食文化も変わっていて,。

    「食って面白い、と思った。」

    そうです。そして日本も同じように回りながら,日本料理も面白いと思って、料理の道に入ったそうです。そのとき26歳。

     26歳で始める,というのはこの世界では遅いらしく,だからこそ

    「料理人が少なくてすぐやらせてもらえそうなところ、それでいて高級な食材も扱わせてもらえそうなところはどこか?」を調べたらしいです。

     親方は厳しかくやめていく先輩も多い中

    「そうなら,早く食材を扱わせてもらえる。チャンスだ。」

    と考え,頑張ったとのこと。そういう修業時代だったそうです。

     そして出身地に戻ったところで,2011年東日本大震災

     「なにかできないか…。」

    と考えて」石巻に。

    「はじめは泥かきからでした。」

    と。その後,活動を通して出会った方々とこの地の豊かな食材に魅力を感じて

    石巻に残ろう。」

    と決心されたそうです。

     そして,いろいろあった中でようやくお店を開いた,とのこと。


     「いまむら」さんから私が聞いた,ストーリーの一端。



     そんな時に,お仲間からお誘いを受けてそのチャンスが到来。

     調理場を囲むように配置されたカウンターですから,店主の方ともスタッフの方がお仕事しているのを見ながら待つことができます。ときどき私たちのおしゃべりも混ざってくれます。

    一つ一つお料理(お,を付けたくなる)の説明もしてくれます。そこにはやはり,ストーリーあり,です。お料理のおいしさだけでなく食材や,生まれたアイデアまで含めたストーリーも一緒に味わう,そんな豊かな時間でした。



     大皿にのったお刺身が出されました。

     三輪田窯の青く美しい大きなお皿です。


    石巻のよさと,ここの方々との出会いとこれから,をイメージしています。」

    「お料理にストーリーをこめています。お皿は夜の海、そして月明かり。陶芸作家さんと直に話しながら作ってもらった特別注文のお皿なんです。」

    「お刺身は石巻の皆さんを表しています。みんなで前に向かって行進しているイメージ。」

    「お塩はそとの人。移住者とか外から石巻に入ってきた方々。」

    「一緒に街をつくる、そんなイメージです。」

    「そして,食材の生産者の方々ととともにつくる料理,なんです。」




     こういう大人に,たくさんたくさん出会わせたい,と思って

    「あの,今村さん? お願いがあるんですが・・・・・・・・」

    願いは叶うといいな!


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