次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2019-08-19

    トライアンドエラーを楽しく繰り返す

    06:50

     「学習指導要領の読み方・活かし方」をぱらぱらとめくりながら再読。

    学習指導要領では「授業改善」を求めている。何のためかというと「よりよい社会を創るため」である。

    「よりよいとは?」

    を考える、みんなで共有するために対話ができることが必要であって。

     だれかに「お任せ」でも困るわけで。

    だって「答え」はないから。

    「答えのないこたえを探る」ってこと。ひとりひとりにとって「よりよい」って細かくは違っていてあたりまえだし。

     まさに「個別最適化」をみんなで探るみたいな作業を続けることだなあ。

    そしてその作業自体を楽しめるようになることが実は肝心だと思っていて。

     だって「答え」はないから。そういう社会になりましたーっていう完成形はない。だから、そこにむけるプロセスに実は意味があるんじゃないかなー。


     そのプロセス体験するのが「授業」であったり「学校生活」だったりするんだと思っていて。

    「ここにいるみんなにとって、よりよい学びを創るために、さあ、どうする?」

    「ここにいるみんなにとって、よりよい学校を創るために、さあ、どうする?」

     授業も「社会」、学校も「社会」

    「社会」という実態はないから、その実態は「ひと」

    「〇くん」「〇さん」という一人一人。

    もちろん、そこに自分。

     「みんな」は曖昧。どうかするとぼやけがち。

    だから、この「みんな」をより具体的にイメージできるようになったり、「みんな」を意識の中において具体的に行動できたりすることだって、やっぱり練習が必要。

    「みんな」をイメージできる範囲だって一人一人違うはずだから。

     急にはできない。

     だから「教室」「学校」で練習しよう!ってこと。

    だから、授業の中で、授業を通して対人スキルも磨かないとね、って思う。それが「主体的対話的」な学びじゃないの?

    「深い学び」は、各教科の「見方・考え方」を活かして、身の周りの様々な事象や課題に対して意思決定できるようになるってことじゃないのかな。


     そもそも、「答えのないこたえ」を求めて、意思決定できる(「よりよい社会を創る」)ことを目指すんだから、毎日の普通の授業でそれをするってことですよね。そのトライアンドエラーを楽しく繰り返す、そんなイメージ。


     そして、そのためには、やっぱり日常のコミュニケーションを豊かにしていく、ためのスキルも磨けたほうが断然いい、そんな風に考えているところ。

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