次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2018-12-30

    「根っこ」~「奇跡のリンゴ」から考える

    09:28


     いきなりだけど

    「人と違うことをするのには,本当にエネルギーがいるもんだ」

    ということ。

     木村さんで言えば,

    無農薬のリンゴづくり」

     多くの人が,無理だ,ということをあきらめずにやり続けること。

     ネットでは賛同する意見もあれば辛辣な批判もある。そういうことなんだな,と思う。

    「変人」という意見もあるくらい。ひどいね。

     この本が発行されたもは,今から10年ほど前だから,今はどうか分からないけれど,当時は無農薬でのリンゴづくりなんて,「無理」と考えられていたそうだ。そうでないとい病気や害虫から木を守れないから。

      

     そこにチャレンジを繰り返したのが木村さん。リンゴの無農薬栽培

    「バカになればいいんだよ。」

    「ひとつのことに狂えばいつか答えに巡り会う。」

     この言葉に意味がこめられるまでの,苦労を苦労を重ねた時間が本書。

    「木村の人生そのもの」

    とはまさに。

     「現代のリンゴは,昔のリンゴとはまったくの別物なのだ」

     無農薬でのリンゴづくりは「世迷いごと」と言われるのはそのため。

     だから,本書を「農薬の是非」で読むとおかしくなる,と感じる。

     「普通の」リンゴ農家は,使わざる負えない理由がある。正しいか正しくないかではないってこと。

     「本当にそうなのだろうか?」

    木村さんをこの「 世迷いごと」に向かわせたのは,この思いかな,と。

     木村さんが偶然出会った福岡正信の本。「自然農法」。まさに運命的。

     

     本には

    「何もやらない,農薬肥料も何も使わない農業」と書いてあったらしい。

        

       

     自然農法。「自然」

                 

     福岡

    「自然はそれ自体で完結したシステム」と。

    「そのシステムに手を加え,人間に都合のいい結果を得ようとする人の営みがつまり 農業というものだ。」と述べているらしい。

     その姿勢は

    「文明は何かをつけ加えるという,たし算の方向性で発展してきた。その反対の引き算を繰り返して,最終的な理想である,人間が何もしない農業を目指したのだ」

    ということらしい。そこに木村も向かったということ。時代を超えて。

     いや,もう一度立ち戻ったというべきか。

    「本当にそうなのだろうか」という思い。

     だから,木村さんは自分だけでリンゴの無農薬栽培に取り組んだ,ということだろう。他の農家を批判するとか,そういうわけでなくて。



     苦労に苦労を重ねる木村さん。「何もしない」と決めたからの大変さ。

     もうだめ,と自ら命を絶とうと山に入る。そこで出会ったのが山の木と土。

    そこで感じた,気付いた「自然」の調和

     調和なんてそう簡単なことじゃない,人間が簡単に「調和させよう」なんて,ってことなんじゃないだろうか。

     

     本書における,ここからの木村さんの動きや考えを読むにつけ,本当にどきどきする。

     よく見ること,全体を見ること

     分けて考えないこと

     特に人間の(自分の)都合で分けない,判断しない

     自然の声を聴くこと

     自分も全体の一部である,という自覚をすること,自分の無力さを分かること

     本来の「命」を輝かせること

     「私が」じゃなくて「リンゴが」

     一人で生きているわけではないこと

     支え合うこと,支え合っていること

     目の前の畑に向き合うこと,畑から学ぶこと

     失敗から学ぶこと

     いやあ,すごいわ…。


     無農薬のリンゴをつくって有名になりたいわけでも,お金もうけをしたかったわけでもなくて

    「本当にそうなのだろうか?」

    が出発点。そこに夢中になったんだろうなあ,と感じる。

     意地悪な人は,やっかみで

    「お金もうけのためだ」

    とか

    「名声が」

    とかって言うかもしれないな。

     でも放っておくしかないよね。だって批判しているわけじゃないから。


     木村さんが目を向けた「根っこ」。

             

    リンゴの根っこであり

    自分の根っこであり

    人間の根っこであり

    自然の根っこ

    「その根が枯れてしまったら,人は生きていけない」

    うーむ…

     「根っこ」を見る,見付ける,もう一度引っ張り出す…。


     最近のいろんなことと全てつながってくるなあ。

    「モモ」

    ボヘミアン・ラプソディ

    「パーマ・カルチャー」と「動的平衡

    雄勝湾のアマモ再生チャレンジ」

    ・・・・・・・・・・・

     世の中,ストーリーにあふれているぞ!