次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2018-12-31

    苦しい対話を楽しむ

    08:57

     苦しい対話を楽しむ,楽しめる。

    そんなことができたらいいな。

     ずっと「苦しく」なくていい,もちろん笑。

     ジェットコースターみたいに(うーん適切じゃないかな…)


    ぎゅーんと攻めてみたり

    急に曲がったり

    一回転したり

    どきどきしたり

    わ,危な!

    って思ったり笑

    途中途中に大笑いしたり。



    うわ,ここまで言っちゃったよ

    とかね。

     ときどきグサグサきたり笑。

    話しながら,自分で自分の奥底にある

    見たくないところをえぐっちゃたり。

     


     苦しいけど楽しい対話の成立。

     きっとそれはお互いの最大に近い「尊重」の表し方。

     誰とでもはできないし,する必要もない。当たり前だけど笑

     



    傷つけないように慎重に言葉を選んで話すのも「尊重」

    いいところだけ,気持ちのいい言葉だけ話すのも「尊重」

    オープンに,直球で問うのも「尊重」

    言いにくいこともあったとしても

    自分の駄目さ弱さ虚勢を開くことも


    関係性の問題だよね。


     (あ,同じ方向を向いているな)

    という信頼感があっての

    苦しい楽しい対話の成立。


     あ,山登りだ。

    ジェットコースターより,そっちが合うな。



     たぶんそうだな。

    苦しい対話を楽しめる,そんな一歩を踏み出したいな。


     

    2018-12-30

    「根っこ」~「奇跡のリンゴ」から考える

    09:28


     いきなりだけど

    「人と違うことをするのには,本当にエネルギーがいるもんだ」

    ということ。

     木村さんで言えば,

    「無農薬のリンゴづくり」

     多くの人が,無理だ,ということをあきらめずにやり続けること。

     ネットでは賛同する意見もあれば辛辣な批判もある。そういうことなんだな,と思う。

    「変人」という意見もあるくらい。ひどいね。

     この本が発行されたもは,今から10年ほど前だから,今はどうか分からないけれど,当時は無農薬でのリンゴづくりなんて,「無理」と考えられていたそうだ。そうでないとい病気や害虫から木を守れないから。

      

     そこにチャレンジを繰り返したのが木村さん。リンゴの無農薬栽培。

    「バカになればいいんだよ。」

    「ひとつのことに狂えばいつか答えに巡り会う。」

     この言葉に意味がこめられるまでの,苦労を苦労を重ねた時間が本書。

    「木村の人生そのもの」

    とはまさに。

     「現代のリンゴは,昔のリンゴとはまったくの別物なのだ」

     無農薬でのリンゴづくりは「世迷いごと」と言われるのはそのため。

     だから,本書を「農薬の是非」で読むとおかしくなる,と感じる。

     「普通の」リンゴ農家は,使わざる負えない理由がある。正しいか正しくないかではないってこと。

     「本当にそうなのだろうか?」

    木村さんをこの「 世迷いごと」に向かわせたのは,この思いかな,と。

     木村さんが偶然出会った福岡正信の本。「自然農法」。まさに運命的。

     

     本には

    「何もやらない,農薬も肥料も何も使わない農業」と書いてあったらしい。

        

       

     自然農法。「自然」

                 

     福岡は

    「自然はそれ自体で完結したシステム」と。

    「そのシステムに手を加え,人間に都合のいい結果を得ようとする人の営みがつまり 農業というものだ。」と述べているらしい。

     その姿勢は

    「文明は何かをつけ加えるという,たし算の方向性で発展してきた。その反対の引き算を繰り返して,最終的な理想である,人間が何もしない農業を目指したのだ」

    ということらしい。そこに木村も向かったということ。時代を超えて。

     いや,もう一度立ち戻ったというべきか。

    「本当にそうなのだろうか」という思い。

     だから,木村さんは自分だけでリンゴの無農薬栽培に取り組んだ,ということだろう。他の農家を批判するとか,そういうわけでなくて。



     苦労に苦労を重ねる木村さん。「何もしない」と決めたからの大変さ。

     もうだめ,と自ら命を絶とうと山に入る。そこで出会ったのが山の木と土。

    そこで感じた,気付いた「自然」の調和。

     調和なんてそう簡単なことじゃない,人間が簡単に「調和させよう」なんて,ってことなんじゃないだろうか。

     

     本書における,ここからの木村さんの動きや考えを読むにつけ,本当にどきどきする。

     よく見ること,全体を見ること

     分けて考えないこと

     特に人間の(自分の)都合で分けない,判断しない

     自然の声を聴くこと

     自分も全体の一部である,という自覚をすること,自分の無力さを分かること

     本来の「命」を輝かせること

     「私が」じゃなくて「リンゴが」

     一人で生きているわけではないこと

     支え合うこと,支え合っていること

     目の前の畑に向き合うこと,畑から学ぶこと

     失敗から学ぶこと

     いやあ,すごいわ…。


     無農薬のリンゴをつくって有名になりたいわけでも,お金もうけをしたかったわけでもなくて

    「本当にそうなのだろうか?」

    が出発点。そこに夢中になったんだろうなあ,と感じる。

     意地悪な人は,やっかみで

    「お金もうけのためだ」

    とか

    「名声が」

    とかって言うかもしれないな。

     でも放っておくしかないよね。だって批判しているわけじゃないから。


     木村さんが目を向けた「根っこ」。

             

    リンゴの根っこであり

    自分の根っこであり

    人間の根っこであり

    自然の根っこ

    「その根が枯れてしまったら,人は生きていけない」

    うーむ…

     「根っこ」を見る,見付ける,もう一度引っ張り出す…。


     最近のいろんなことと全てつながってくるなあ。

    「モモ」

    「ボヘミアン・ラプソディ」

    「パーマ・カルチャー」と「動的平衡」

    「雄勝湾のアマモ再生チャレンジ」

    ・・・・・・・・・・・

     世の中,ストーリーにあふれているぞ!

    2018-12-29

    「温故創進」

    09:11

     先日の今年最後の出勤日,その帰りは丁度タイミングが合って,校長先生と駐車場に向かう廊下を一緒に歩くことになりました。

     「今年,おもしろかったな。」

     ちょこちょこと話をしながら歩いた最後に,こう言われました。

     「はい,おもしろかったですねー」

    と返答。

     うん,おもしろかったんだな。

     おもしろい。

       

      

     開校初年度の昨年は職員室のスローガンは「温故創新」。今年度は「温故創進」。

        

     共に創り、進む。創りながら進む,それぞれがチャレンジしてみる,そんな感じかな。

     振り返ってみると,みんなでいろんなチャレンジを繰り返してきた1年だったと思います。

     それぞれの立場や,役割の中で。

         

     担任の先生たちは,対話的な授業作りに向けて。

     子どもたちの意見や思いを聴き,一緒対話しながらの特別活動や総合的な学習の時間のプログラムづくり。

     「国語まつり」と称して,みんなでお互いに自主的授業公開を行いながらの毎日の振り返りと次のチャレンジ設定も,時間を忘れて楽しんだな…などなど。

     支援員さんたちは,学校環境が整うように季節の飾り付けをいつもきれいに行ってくれ,子どもたちにたくさんの刺激を与えてくださいました。

        

     養護の先生たちは,地域の保健師さんや栄養士さんとタイアップした取組の継続などなど。

     公民館やまちづくり協会,まちの諸団体,社会福祉協議会の方々とあれこれ一緒にやることも2年目を迎え安定感が少しずつでてきた感じ。何より初年度の「組織」と「組織」の関係から,だんだん「人」と「人」に関係ができてきたところがいい感じ。

     

     それぞれのメンバーが,「おもしろそうなこと」「よかと思うこと」を特にだれかに

    「やっていいですか?」

    と聞かずに始めることが,いつのまにかいいチャレンジになっていく,そんな流れだったような気がします。

         

     好き勝手に,とはちょっと違っていて。

     それは,どういうことかっていうと,それぞれが,

    「こんな学校だといいな」

    「こうだとみんな楽しいだろうな,喜ぶだろうな」

              

    そんな感覚を共通にもっていたからじゃないかと思うなあ。

           

              

     もちろん中には,うまくいかなかったり見当違いだったりしたこともあっただろうけど,それはそれで笑い話にしちゃう雰囲気もけっこう好きだったなあ。

          

     これから。


     ますます,というか,この状態をずっと維持すること,維持することをみんなで,かなあと思います。しばらくの間。

     開校したばかり,ということで結構みんなエンジン全開できたこれまで。

    だからここからはちょうど飛行機が安定飛行に入るようなイメージで高度を維持するみたいな。

     

     ある程度の満足感を感じてみんなでやれてきたことは幸せなこと。

     

     だから,ここから先は少しの期間,この状態を維持するってことでいいのかも,と思う。

     維持するのも,実は「体力」いるもんね。体幹の筋肉を使う,つけるって感じ?

     そうそう,ここからは「学校の体幹」を強くして,機を見てまた次のチャレンジに進む,むしろその方がいい。

     「している」になる,当たり前になるには,ちょっとの間」「維持」を目的にしてもいいかな。

     「温故創進」の今年の簡単なふりかえり。

    2018-12-28

    「条件の中で…遊ぶ」

    08:36

    朝の職員室。

    同僚の先生と、来年度のことを

    「どうだといいかなあ?」

    「どうすると、僕らにさらに余裕が生まれて、より楽しく毎日の仕事ができるかなあ?」

    「どんな工夫があるとかなあ?」

    なんて話を。

    「これだと?笑」

    とか、できそうなこと、おいおい!ってこととか笑いながらしていて、それはそれで結構面白くて。

    そんな時に

    「いやあ、本川せんせってさー、いろんな『条件』のなかで『どうするかなあ?』とかって遊べる人だよね、オレ、最近分かってきたー」(たしかこんな感じだったような…σ^_^;)

    「ん?どういうこと?」

    って聞いてみたら

    「幾つかの条件って、やっぱりあるじゃないですか?やりたい、だけでは無理なこともあるし。でも、どのよう条件ならやれる?、とか、この条件を満たせばやっていいとか、そんなことを一つずつクリアする、そんな感じ?」

    (多分、こんな意味?笑)

    ふーん

    そっかあ。

    だとすればうれしい。そうな感じてもらえていたなら

    ほんと、うれしい。かなり。

    だって、ずっと前は、結構「直球」しか投げられなくて、そういうところが自分でもいいところでもあるけど残念なところでもあるなあ、と感じていたから。

    バランスはどうかを感じようとする、バランスをとれるのようにする、動く。最近知った言葉で言うと「動的平衡」を保つ環境をどう整えるか、なんて自分では考えたいと思っているから。

    直球しか投げられずに、むしろバランスを崩していた張本人の私だったから、少しは成長しているとすれば、それはうれしいな。

    それを「遊ぶ」という言葉で表してくれたのも、すごくうれしい。それがうれしいなー。

    2018-12-26

    「トム・ソーヤーのペンキ塗り」

    07:21

     

    地域プロデュース、はじめの一歩

    地域プロデュース、はじめの一歩


     プロデューサー。 何をするのにも、そんな視点でやれるといいんだな。やりたいな。

      自分で自分をプロデュースする、 仕事を 商品を 地域を…。プロデュースにもいろいろあるしね。

     「トム・ソーヤーのペンキ塗り」 は,まさに、の例え。 ますば自分が楽しむ、楽しめることをする、みんなが楽しめるようにする。


     そして誰かとする。時には誰かの助けをもらう,自分もできるときは助ける。それ自体を楽しむ。そんな感じかなー。

     

    2018-12-24

    現実はいつも妄想から始まる(当社比)笑 

    08:59

     思いつきメモ ~生活総合カリキュラムマネジメントミーティング仮~

     名前はなんかいかめしいけど笑

     なんと言うことはない,

    「生活,総合これからどうする?今はどんな感じ?」

    っていうミーティングを次年度は定期で行おうってこと。

      

     つまりー。

    総合と各教科をつなげる,壁を低くする,相互通行(往還)をもっとできるようにする,そういうマインドをもっていくのは,次年度は更に進めたいこと。

     そうなると

    「年間計画を立ててくださいね。」

    「年間指導計画を見直してください。」

    「年間指導計画を作ってくださいね」

    みたいになりがち。

    「あなたの担当ね」

    「○年生のは,担任のあなたがね。」

    って感じ…。

    それって結局,土日作業や長期休業中の「個人の宿題」みたいになっちゃう。なかなかハード。

     実際には,自宅でだって暇じゃないから,

    すなると「作成するこ戸が目的になっちゃう。その結果…

    (どこかの○○をとりあえず写すか…)

    (どりあえず体裁を整えるか…)

    になる,かな…。そして,だれも使わない。だって思い入れがないから。


     こういうのは勤務時間にやりたい。だって仕事のど真ん中のことなんだから。一丁目一番地ってこういうときに使ううのかな?(笑)

     みんなでわいわいやればめっちゃ楽しい。「総合まつり」になるよ。だってこういうことのために,みんな学校の先生になったんだから。

     だから,それを,みんなでわいわいやるワークにしちゃおうか!ってこと。

       

     担任陣と教務で集まって

    「先月のふり返りからね~」

    「へえ,いいねえ!」「それでそれで?」

    「よかったこと,困っていることは?」

    「これからは,さて,どんなこと,やっちゃう?やりたい?」

    「お!面白いね!」

    「やろうやろう!」

    「子どもたちに聞いてみよう!」

    「それだったら,地域のこの人,詳しそうだよ。声掛けてみる?」

    「教科のこの単元と合わせてやるといいよね!」

    「うんうん」

    とかって。

     なんちゃら表とかって,つくったはいいけど案外「労多くして活用されない」ことも多い気がするから,それだったら,「つくる」プロセスをみんなで「楽しく」やっちゃえばいいさってこと。まさに研修。これで「個人の宿題」もなくなるし,チーム力もアップ!いいね。みんながれぞれアイデアを出し合って「参画」するんだから,ぐんと自分事になる。学年視点から学校視点になるし。まさに「職員室学び合い」。

     「そんな時間はどこにあるの?」

    「今でさえ,時間が無いのに。」

    ってなるよね。

     たしかに。

     だから,今まであるものをそれにするしかない。新しく入る隙間なんてないから。

    そうなると,うちでいえば,校内研究の各種会議に使ってたのをこれにすればいい,と個人的には思っている。だって行き着くところは同じ。ちょっと切り口が違うかもしれないけど,ダイレクトに毎日の授業にコミットするんだから,むしろ王道かもって思っている。

     うん,案外いいんじゃないかな?

     「無理だよ」

    「そうはいってもさ…」

    って言われるかも知れないけど。

     でも,言っていると誰かが

    「じゃ,こうしたら?」

    とか

    「こうだともっといいかも!」

    ってきっと言ってくれるから

    ちゃんと聴いて

    「なるほどー!」

    で動き出せるよね。

     自分の思い通りにしようと思うと進めないけど,

    みんなのアイデアで進もうと思えば進める。

     

     それも楽しく。

     案外,やれそうな気がしてきた,生活総合カリキュラムマネジメントミーティング仮笑

     「笑う門には福来たる~」

    2018-12-23

    大人の学び合い

    13:34

    https://www.facebook.com/events/573216869781889/


    教室のえんがわ×『学び合い』仙南の会。

     昨年の(2年前?)仙南の会in名古屋がきっかけとなり,ここまで。

     

     名古屋×宮城。

     『学び合い』×○○。

     ○○×□□

     「かける」「コラボ」

     学校と地域,をテーマに活動する私たちにとっては,

    かけてみる,混ぜてみる,

    が基本笑。

    おもしろいことが起きそうだから。

    「人には力がもともとある」ってみんな

    思っているから。


    いろんな人がいるなあ,が大好き。

    何が起こるか分からん,が大好き。

    そこに安心と安全があるからね。




     みんな「違う」んだけど,みんな「同じ」。


     同じ所を確かめ合って

    「そこ同じ!」「確かに!」「うんうん」

     違うところは

    「なるほど!」

    「へえ!」


     そういうこと。


     今回は「幸せってなんだろう?」がテーマ。

     でかい…。

     「こたえ」がない「こたえ」を探した4時間の対話。

     濃密。

                

     でもあっという間。

     時間がゆっくり流れるような,それでも早く感じるような

     そんな不思議な時間。

     「モモ」でいうと,なんだろ?時間の花があったらどんな感じかな?


     その中で考えた

     幸せとは?

     はじめに直感で書いてみたことは

    「遊び感覚」

    みんなそれぞれ,表す言葉は違う。当たり前。

     それでしばらく対話。

     しばらーく話した後,またグループを変えて

    また対話。


     その後書いた

    幸せとは?

      

     では

    「選択をもつこと,選択肢があること。安心安全の中で」

    と書いた。

     安心と安全がないと,選択肢があっても選べない。

     チャレンジ,冒険ができない。

     チャレンジ,冒険は「遊び」ってイメージ。

     選択肢をもつ,増やすことが「学び」

     私のイメージ,ね。

     モアナでいうと,ガイドがいること,背中を押してもらえること(人に,環境に…)


    「理想の生き方というと?」

    「理想の生き方をこの白い紙で作ってみると?」

    というワーク。

     しばらく考えて

    自分のマニュフェストも思い出して

    「あ…,」

    と思いついたのは,

    紙飛行機。

    「365日の紙飛行機」の歌詞が

    そこから浮かんだから。

           

    これ,めっちゃ収獲。

    ストーリーで言うと「モアナ」

    歌で言うと「365日の紙飛行機」

     イメージが動画モードになった。

    再現できる,は大きい。

    時には雨も降って

    涙も溢れるけど

    思い通りにならない日は

    明日 頑張ろう

     そういうことだなー。

    2018-12-18

    「する」から「している」へ

    06:36

     学校の協働教育推進連絡会。学校を様々な面から支えてくださっている方々との会議。例えば学校評議員さんだったり,神楽の師範さんだったり,まち協の方々,公民館の職員の方々とか地域代表の方とか。今回は市教委や県の協働教育担当の方もご参加。

     会の主なプログラムは

     ①校長挨拶

     ②これまでの雄勝小学校の協働教育のプロセスをムービーで。

     ③意見交換をホワイトボード・ミーティング®で

     来てくださった方々から,たくさんの嬉しい言葉をいただいた。学校全体,学校の子どもたち,学校の姿勢そのものを評価してくださっていることが嬉しい。担任の先生方はじめ,関わる全員を評価してくださっていることがそのたくさんの発言から感じることができて嬉しい。

      ここまで言っていただけるのは

     ①これまでプロセスに直接関わり続けてくださっている(子どもたちとも職員とも)

     ②プロセスを通して,対話を通して1つ1つの取組を一緒に創ってきた

     ③この場が一人一人の話を受け取り可視化することで共有できる場になっている

     などなど。そんな要素があったからと考える。

     一緒に関わり続け(結果,同じ方向を向いて歩くパートナーとなっている),対話をし,一緒に振り返る。そんな今年度をここまで続けてきた。足りないことはまだまだあれど。いや足りないこともあるからかえって良いのかもしれないな。だから一緒に前に進めるんだなあ。

     委員の方からの言葉。

    「開校から短期間のうちにここまでやれていることが,かえって驚きなくらい。だからこれからの数年間はここをキープすることで十分だし,キープすることでより多くの方々に学校に自然に関わってもらえるようになるのではないかな。」

    と。

     

     まさに。今をキープ。維持することで「地域と協働する」ことが特別なものではなくなり「あたりまえ」になっていく,ということだなあと思います。「する」から「している」へ。

     次の大きなステップは「する」から「している」だな。

     うん,次が見えてきた。

    2018-12-10

    『やわらかく、軽く、面白く、オシャレ』に

    06:39

    「彼は社会の課題や地域づくりというのは、真剣に向き合わなければいけない要素ではあるのだけれど、真面目に取り組みすぎると人がついてこないことを感覚的に理解しているのだと思います。」

    「社会課題を扱うときに、こうした問題に関心が高い人たちには伝わりやすいのですが、僕たち編集者の目標は、関心のない人にこそ、読んでもらい、知ってもらうこと。そのためにはいかに『やわらかく、軽く、面白く、オシャレ』に、つまり、ライトにつくるかが大事なのです。」



    うわ,分かるなあ。

    そうだとわかるけど、つい、ねー。

    『やわらかく、軽く、面白く、オシャレ』かあ。だよなあ,多くの人とやっていくにはこんな感じになっていくんだろうなあ。

     もちろん,全体としてこんな感じになればいいんだと思うけど。


    2018-12-09

    ますます

    09:18

    「昔は,教育研究集会だって3日間できたんだよなあ。今じゃ1日開催するだけでも大変って,どういうことだろうなあ…。昔は何で3日もできたのかなあ…」

            

     ベテランのある先生のつぶやき。


     11月に実施した「みやぎ教育の集い」実行委員会での中で。今年のふり返りを行い次年度の大まかな予定を立てる話し合い。

     今まで2日間で開催してたところを諸般の事情で今年は1日開催で行いました。2日間の内容を1日に納めたところかどうか,今年の参加者数は減少。

     

    1日にしたところのよさも課題も出された話し合いでした。

    「2日開催では日程的に参加できない」

    「事務局不負担も大きくなるし」

    「2日日程だったものを1日にすることで,参加できる範囲が限定される」

     いろいろな意見があります。それぞれに事情・状況が異なるので当たり前です。

       

          

     その中でつぶやきとして聞こえてきたのが先の言葉。



     モモの世界,だな…。 

     3日できるのがいい,という訳ではないけれど。

           

    「時間がない」「忙しい」

     うん,確かにそうなんだよなあ…。

     では,それで「時間がない」「忙しい」が解消されるのならいいんだけど。



     大事だと思うコトをじっくり話す,話し合うってことができにくくなってきているのは確か。

    「それは大事なのは分かっているんだけどね…。でもね…」

                           

     その時間がない,というより,それどころじゃないってところが問題なのかもなあ…。


     モモの世界だな,ますます。

     

     どうしたらいいかな。