次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2018-03-14

    「伴走する」とは苦しいことなんだよね

    06:11

     (パートナーと)伴走する,と簡単に言うけれどそれって苦しいことなんだよね。覚悟がいる。パートナーのせいにしないっていう。

     

     仮にうまくいっていないことが自分とパートナーとの関係の中だけで処理できるときはまだいいんだよね。でも第3者が入ってきて,その評価に自分とパートナーがさらされたとき。


      まだうまくいっていないときが肝腎だな。第3者が入ってきて

    「なんだ,だめだな」

    って思われそうになったとき。そんなときにパートナーに対して「いらいらしたり」することってある。そのいらいらの目的は「責任回避」。自分が責められたくない,とか低い評価を受けたくない,とかっていう自己防衛。

     うまくいっていないときこそ,「まだこれから」「責任は自分にある」と伴走しきるだけの覚悟がないと,それは「伴走」とは言えないんだよね。

     自分の身の危険を感じても,伴走するならやり切る,うまくいかないことも自分で責任を引き取る,パートナーのせいにしない。その意志がないと都合のいい「伴走」になる。というか「伴走しているふり」になるよね。そこが「はら」と言われる部分だな,『学び合い』では。

     覚悟が必要なんだよね,と身にしみる。自分に語ることば。

     そう考えると「重い」な。

     うまくいかないときも,そのうまくいかなさすら「一緒に楽しむ」だな。だって,ゴールはまだずっと先だから。視座が下がると焦りとなり,それがいらいらになるんだ。

     ゴールはずっと先。