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  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館でおこないます。7月に内容をお伝えします。
  • 2018-03-13

    「伴走者」

    06:35

     あくまで個人の感覚です。言葉から受けるイメージなので。

     『学び合い』に取り組んでいる方々で交わされる言葉のなかに,近頃この「伴走者」という言葉が多く聞かれるようになった気がします。いいなあ,というか私の感覚に近いなあと思っています。

     この「伴走者」という言葉,多く使っていたのはファシリテーションを学んでいる方々だったと思っています。(個人の感覚です)


     そのころ『学び合い』では,(またまた個人の認識)実践者の中での中心Wordは「信じる」であり「さあ,どうぞ」「語り」であったと思っています。その言葉自体,ちょっと子どもとの距離を取る感じで,基本手を出さない,という印象をあくまで私は感じていました。だから悶々とするときは悶々とします。教師自身に不安が募ることもありました。向かう方向が怪しくなったときに手を出せなくなる(出してはいけない,と思ってしまう)か一気に方針転換してしまうかして崩してしまうこともあったのではないかなあ,と思います。

    教師自身が不安になってしまうから。

     この「伴走者」という言葉はちょっと違う。一緒に成長するという意味やファシリテーターとしてのスキルが介在しているニュアンスを感じ取ります。スキルがあるからある程度見通しが利きます。スキルを磨けば安心感をもって「ごちゃごちゃ」を見取ることができます。ゴールを共有しながら,付かず離れず適度に距離感をとりながら,そしてアセスメントしながら一緒に前に進むことが「伴走」。

     「伴走者」と似たよう言葉で,以前からよく耳にしていたものに「寄り添う」というのもありますが,それは「側にいる」「目をかける」というイメージ。ゴールを共有している感じはあまりない気がします。それには共に成長する,という視点よりもどちらかというと守るに軸足を置いた「守り育てる」みたいなイメージ。


     言葉から受けるイメージは人によって違うので,なんとも言えませんが,私はこの「伴走者」という言葉が使われるようになったのは,単純に

    「いいな」

    と思うのであります。

     だから,職員室でも使われるように,プロセスを組んでいきたいな,とも思う訳です。


     ちなみに。この「伴走者」,医療,介護,福祉,保育,上司と部下とか,ありとあらゆる職種や立場でも汎用可能なところも

    「いいよね」

    と思うのです。

    toukonyukitoukonyuki2018/03/13 18:58同感です。私の周りでは「伴走者」という言葉はそんなに今は聞かれないのですが、使ってみたいと思いました。ともに学び、ともに高まるイメージが持てるなあと思いました。

    motoryoumotoryou2018/03/13 22:28『学び合い』でも教師が何を学んだらいいか,という対象がはっきりしていたほうが安心な場合もある,と思います。もちろん人ぞれぞれだから「べき」とは思いませんけど。