次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2018-03-12

    3.11の1日

    08:02

     毎年この日は,震災による津波で命を落としてしまった「師匠」のところに行きます。

     奥様である方と一緒にかつての話,震災当時の話もします。ちょっとずつお互いに新しいエピソードを加えていく,そんな感じです。

     今回の新しいエピソードは,お互いにとって辛いエピソードでしたが,

    (やはりYさんらしい)

    と思えるものでした。やはりいつまでも追いつけません。

     

     

     その後,職場のある雄勝に向かいました。1番最初は

    (仕事が立て込んでいるし…)

    という思いが先に立っていましたが,向かう途中で

    (3.11の雄勝じゃないか…)

    と。

     雄勝に入り,ローズファクトリーガーデンの献花台をみつけ思いを向け,まちづくり協議会が入っているカフェ,オーリンクハウスに立ち寄りましたなんとなく,立ち寄るべき,という直感が働いたから。これ本当。


     なんとそこで偶然出会ったのは,Yさん一家。Yさんは,私が『学び合い』授業に舵をきったエピソードを持っている子。なんと,今日,このタイミングで,ここでかあ,という感じ。本当にびっくり。なんという偶然。

     震災を経験されて,今は住居は雄勝ではなく遠方に移っています。お父さんもお婆さんも含めてみな元気そうでよかった。

     お婆さんには家庭訪問時に,たっくさん「つぶ」っていう美味しい貝をいただいたんだよなあ,という思い出も蘇りました。

     『学び合い』スタートの原点に今日,ここで会うかあ…,と。すごい偶然。

     そのあと雄勝震災復興交流館へ。まち協のHさんと話すため。

     そこで,Hさんとしばしおしゃべり,今後チャレンジしたいアイデアもたくさん思いつきました。話している中で,私たちがここのところいろいろやっていることが,いろんな人と実はつながっていることにあらためて気付かされます。

     点が線に,そして少し面になっている感覚。

     

     (仕事しないと…)で向かった学校。

     (休日なのになぜか,車がある…)

    と思って見てみたら,なんと震災時,中学校で津波を受けて,それでも花を咲かせた「奇跡の桜」の移植をしてくださった植木屋さん方と震災当時の中学校の校長,「たくましく生きよ」という校訓と復興輪太鼓を残した佐藤淳一さんが。3.11だということと,移植した桜の木の様子を見に来てくださったとのこと。

     なんとここで今日会うとは。ここでも思いのある方に出会う。なんたる偶然。

     

     ネット上でも,今日が3.11だということで,ずっと東北を支援してくださっている方々ともやりとりをする。この方々と出会い,一緒に歩ませていただいていることで今がある。これもまた偶然。

     さらに,今日は「石巻日日こども新聞」の発行日。震災後の「子どもの権利条約フォーラムin石巻」で出会い,前任校でも現任校でもお世話になっているところ,方々。「子どもの発信する力」をサポートしていただいています。今回は現任校の子どもたちが地域で取り組んだことをまとめた記事を掲載していただきました。

     「石巻日日こども新聞」は先日学校に訪れてくださったテイラー・アンダーソン記念基金からも助成を受けていることを知る。

     全てはつながっているなあ。




     「偶然」により,導かれるんだな,よくも悪くも。

     「震災が起こった」という事実はどうにもならない。

     よいも,悪いも,表裏一体。

    というか,悪いことはせめてそう思えたほうがいい。

     そんな感じ。うまく伝えられないけど。

     ならば,自分の捉え方次第。

     なら,前に進むしかないし進みたい。そう思った一日。