次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2018-02-28

    焦らず

    06:05

    焦ると周りが見えなくなる。自分の思いや考えに(思い込み,とも言える)にずぶずぶと入り込んでいき,その範囲でしか物事を考えなくなってくる。

     あー,きけんきけん。

    そうなっちゃうと,そも「思い込み」に合わない言葉や行動が「間違い」に見えてきてしまうけど,それこそきけんきけん。

     様々なことには,それなりの背景がある。

     そのことを忘れないようにしないとなあ。

     その上で「共に歩む」道を探る。そこを諦めないことだなあ。

     それが「学ぶ」ってことかもね。

     

     年度末。忙しくなって余裕を失いがちになるから,再度意識しないと。

     大切な時期だから余計に。

    2018-02-27

    「授業」もカーリングチームみたいに

    21:35

     オリンピックの女子カーリングチーム。

     メンバーで集まりながら,相談。

     どうやったら得点が狙えそうか,どうしたら勝てるか,そんなことを話し合いながらゲームを楽しんでいるように見える。

     本気で楽しんでいるって感じ。

     「授業も,ほら,こんな感じでやるんだよ~」

    ってきっと言うだろうな。

     でも,今は授業を直接もっていないから,そのチャンスは限られているんだよなあ。こういうことって,毎日毎日,場面を捉えて伝え続けて行くことで染みこんでいく気がするからなあ。


     まずは大人の学び,大人の会議で。そこからー。

    2018-02-21

    やっぱり 「虚数があるから飛行機は飛ぶ!」

    19:06

     インフルエンザになり(なった記憶は遠く学生の頃?)しばらく,ぐだぐだな日を過ごしていました。

     とくに何をする訳でもなく,まあ,休むのが仕事,と思いながら。


     ぼーっとしながら,ちょっと考えたこと。

     分からない,わかり合えないことの価値。

     イエナカフェwith『学び合い』仙南の会in名古屋では

    「虚数があるから飛行機は飛ぶ!」

    という名言に出会った。

     これはかなりのインパクト。数学が極端に苦手な私だから余計かも知れませんが。

     無いようである。「無い」としているのは「自分」の認識であるだけ。実はある。自分が分かっている(と思っていること)なんてほんのわずかでたかが知れているし,それが「正しい」なんて「自分」にしか通用しないわけで。

     そうなんだから,そもそも人と「分かり合うことなんてできない」のも当然のことだなあ。分かり合えたようなまだ分かり合えていないような,そんなところでそもそも上出来なんだなあ,と。

     だからといって,「分かり合うこと」を諦めずに,少しでもお互いに一致点を見出そうとする,そんな積み重ねがそもそものコミュニケーションだろうな。


     「分からない」「伝わらない」から「受け入れる」からスタートするんだよね。怒ったりイライラしてだめってこと。

     やっぱり

    「虚数があるから飛行機は飛ぶ!」

    だな。

     

     ほぼ意味不明ですね笑

    2018-02-19

    教育シンポジウムin石巻

    21:20

     このシンポジウムに勤務校の一人として参加・報告しました。

     実際に報告してくださったのは,実践面を支えてくださったモリウミアススタッフIさんとこども芸術の村Hさん,学校評議員のYさんと担任のMさん。私は,進行役だけ。

      

     シンポジウムのテーマは「なぜ学校と地域が連携するのか」

     私の中では,

    「子どもたちを地域のすてきな大人にもっともっと出会わせたい。多様な価値観の中で,自分の強みに気付き,その発揮の仕方を感じて欲しい」

    というものでした。


     学校評議員さんの話からは,子どもたちの姿やその頑張りが地域の大人に元気や新しいつながり,関係の広がりを生むことにも気が付きます。

     学校,地域,関連団体・組織。「三方よし」のための対話を積み重ねること。

     簡単に言えば,名前で呼び合える関係をもっともっと広げていくこと。そんな感じかなあ,と思いました。

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    2018-02-15

    地上の星

    23:14

     朝,養護の先生が早く来て,子どもたちが多く触りそうなところ例えばドアノブ,下駄箱の上などなどをアルコール消毒をしていました。

    「どのくらい効果はあるか分からないんだけどねー。」

    と言いながら。

     そう。どんな効果がそれであるか分からないし,効果を証明することもできない。する必要もない。

     我が校は,インフルエンザ罹患者がこの間まで0。

     養護の先生がしていたことの効果かもしれないし,そうじゃないかもしれない。分からないこと。

     そもそも,養護の先生が朝早くそうしていることを知っている人も少ないかもしれない。

     人知れず,そっと,自分ができることをちょっとする。し続ける。そんなことが案外,「何も起こらない」ことに貢献していることって多いんじゃないかなあ,と思う。


     何かを「しました!」みたいな派手さはないけれど,ちょっとしたことをすっとする。システムがほつれだしたときにそっと手を当てる,そんなこと。


     システム崩壊しないための毎日のメンテナンスみたいなもの。実はそういうことが

    「なんか,とくに大きなトラブル起こらないよね,運がいいよね。」

    の影にはあるはず。


     大修理をしなくちゃいけないときに,「私が修理してみせます!」なんて声高に言う人より,感度良くちょっとした”手当ができる人。


     そう言う人を見逃さないよいうにしないとな。

    「地上の星」だもんな。

    2018-02-14

    ちょっと乗り越えてみる

    06:12

     課題を共有できれば,解決に向けて動きだせる一歩となる。

     そこにはその「課題」を「課題」と感じられるか,とか,同じように「課題」と感じるか,とかの違いがあって,その溝を双方で埋めていく作業が必要になってくるんだけど。そこが時間がかかるんだけど大事なとこなんだなあ,と思う。

     

     うまくいかなさは,どこかに不安があるってこと。その不安は何か,何がその不安を生んでいるのかを,ちょっと観察したり聞いいたり感じようとしたり,そんな間というか時間がいるってこと。アセスメントっていってしまうと難しく聞こえるけど。いったん受け入れてみるってことかな。自分側から一歩近づいてみること。

     (どうも考えが違う…)

    とか

    (感じ方,ものさしが違う…)

    とかって思ったときこそ,そういうことが必要になってくるなあ。自分を守るために引いたボーダーをちょっと乗り越えてみて,交信しようとする,交信を試みる。

     きっとそんなことが課題をなんとかしていくコミュニケーション能力。

    2018-02-12

    ■イエナカフェwith『学び合い』仙南の会 概括

    09:01

    「やろーやろー!面白い!」で始めたコラボ企画。

    これがかなりよかった。

    意志を持って何かを始めると何かが起こる、そんな感じ。

    いろんなボーダーを超えて。グループ、地域、年代、職種…。

    でも本当はボーダーなんて、ないってこと。

    勝手に、知らず知らずにボーダーをひいてしまっていることも少なくないってこと。

    それから、世の中知らないこと、わからないことだらけなんだってこと。だから、ボーダーを引きたくなるのかもしれないけどね。

    分かる範囲、わかっていることにする範囲を制限するために。だってわかならいことだらけなんだから、世の中。人の思いや考え、そこからの行動も。

    分からないことは「不安」。

    懇親会の中で、ある高校数学の先生と話したことが心に残ります。

    「虚数があるから飛行機は飛ぶ!」

    「虚数はイマジナリーナンバー。虚数、という言葉は本当は違うと思う。」

    「虚数は影のようなもの。見えていないけど、それは確かにある。」

    数学がものすごく苦手な私たから

    「ん?どういうこと??」

    の連続だったけど。

    「虚数」

    ないということにしているけど、それは確かにある。ないけどある。だから現実は動く。

    「ない」ということにすれば簡単だけど、あると思って見ようとすれば、影が見えるかもしれない。


    そこに足を運んで(自分から近づいて)見ようとすること、あると信じて見ようとすること。

    自分が分かることなんて、本当にほんのわずかで、世の中には分からないことだらけなんだなあ。その自覚を持つこと。だからまずは受け入れること。

    受け入れられないのは、自分が「分からない」からだってこと。

    それが、今回のイエナカフェwith『学び合い』仙南の会の概括。

    2018-02-10

    三角関係

    10:49

    人でも組織でも、三角形の良い関係を作れると格段に世界が広がるなあ。1対1っていうのもいいけど、三角関係の強みを感じる出来事がいろいろあって。1対1より可能性がぐんと広がる感じ。

    地域と学校が連携を図る時も同じ。

    異なる立場、役割の3者で相談したり、一緒にやったり。


    ただやるなら1対1でもできることだってあるかもしれないけど、それでも3者で相談すると思った以上の広がりができたり、次への展開が大きく広がったり。

    職員室の関係も同じこと。例えば管理職、中堅、若手。

    肝なのは「いい関係」ってこと。この中の二者だけが強い結びつきを作ろうとすると、バランスが一気に崩れる。

    悪い意味での「三角関係」

    だから、そのバランスをとる、感じられる人がいると安定感がグット増す。

    役目っていうか、感覚。


    バランスが崩れるときは、そこに「不安」があるから。不安が生まれそうな雰囲気、感じを早めに察知して、そこに良好なコミュニケーションの場を作る、そんなことができるようになりたいな。

    誰かがガマンするんじゃなくて、誰もにちょうどいい塩梅を探る、みたいな。

    みんながファシリテーターになるってきっとそんな感じじゃないかな。

    2018-02-09

    不安定

    21:31

    不安定なくらいが、たぶん、ちょうどいいんだな、

    不安定だから、動き続けられるってことだなあ。

    自転車みたいなものだな。

    止まると転ぶ。


    安定し切っちゃうと、転ばないけど、進まない。

    安定を探りながら、前に進む。

    イメージは綱渡り、自転車。

    そんな感じ。

    それが楽しい。

    2018-02-08

    自分で決める,ということ

    06:06

     「共生型ケアを広める会」に参加。ここは教師以外の方々が集まる学びの場。いつもいい気付きが得られる。

     山元加津子さんのドキュメンタリー映画を視聴しながら。

     その中で気付いたこと。

    http://www.yonbunnoichi.net/sakuhin/cast/


     「自分で決めると,いいふうにいく」

    「うまくいく」ではなくて「いいふうにいく」。

     自分で決めること。自分が進むみちを自分で決めること。その時々でうまくいくこともいかないこともあるかもしれないけれど,「自分で決めた」ということに自覚と責任をもてば(そこを引き受ける覚悟をもてば)それは結果「いいふうにいく」なんじゃないかな,と。

     責任とか覚悟,とかってちょっと重く聞こえてしまう言葉を選んでしまったけれど,それを楽しむってことが言いたいこと。

     でも,それはつらさとか悲しさを通り抜けた先にあるものかもな,とも感じる。

     映画の中で紹介されていた雪絵さんは,そうだったような気がする。

     それは雪絵さんにしか分からないことだけれど。


     ああ,そうだ。「分からないこと」が世の中にはほとんどだっていうことも分かる。

     そう,そもそも「分からない」。

     そこから出発するしかないんだよなあ。


     それから「全ての存在には,意味がある」ってこと。お互いがお互いを必要としているんだよね,本当はってこと。

     これについて考えたことは,いずれ。

    2018-02-07

    はじめからある

    06:25

     はじめからあるんだと思った。

     大概のことは,はじめからあるんだな。


     ないから「付けなきゃ」とか「変えなきゃ」とか「自分が何とかしなきゃ」

    とか考えちゃったりして。

     陥りがち。

     でも,結構「それ」は初めからあるんだよね。

    でも「ない」と思っていると見えないこと,気が付けないことに気が付いたんだなあ。

     あると思って見ると「それ」はあるし,「ない」と思って見ると「それ」はない。

     なんだ,そういうことか。



    「それ」があるんだったら,より発揮できるような場が整えばもっと良いわけだし,「それ」を発揮するのは「その人」だったり,そういう場自体で会ったりするわけで。


     「課題」が見えるようになればいいんだな。

    2018-02-06

    居場所

    06:32

     ようは居心地のいい居場所があるかどうかってことかなあ。

    居心地のいい居場所が複数あったり,だんだん増やしていけるようになるといいんだな,と思う。

     居心地のい場所をつくってあげることは,できない。一時的にできたとしてもそれは長続きしない。

     だから,自分で自分たちで居心地のいい居場所を作れるようになることが必要なんだなあ,と思う。

     自分の居心地のいい場所を守ろうと思うと,他者の居心地のいい場所を尊重することも大事になるし,または両者にとって居心地のいい場所に造りかえていくことも必要になってくるよね。

     両者にとっていい居場所をつくる,ってこと自体も楽しいチャレンジになるはずなんだよね。


     そういう関係が横にも縦にもつながって行く,そんなことなんじゃないのかな。

    2018-02-05

    それだけじゃない

    06:29

     何事もそうなのかもしれないけれど,1つのことに目が行きすぎてしまうと,そこが自然と中心になり「それが全て」みたいになってきてしまう。それしか見えない,そんな状態に。



     それって以外と落とし穴。


     それだけじゃないよね?ってどこかで思うことにしよう。