次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2018-01-11

    思考停止にならない

    06:51

     月1回開かれる地域の福祉関連の学習会に参加。

     多様な職種の方々が集まるので,なるべく参加するようにしている。

     今回は,ある問題で地域住民と行政平行線議論になっていることについての問題提起。

     

     思考停止にならないようにしないと,というのが私の直感。


     どちらにも言い分や思いはあるから,片方の話だけを聞いて「正しい,誤り」を判断はできない。

     でも,真摯に向かい合って,あきらめずに共に解決策を見出そうとする,そんな姿勢がやはり必要。双方に。

     そう感じられない何かがあると「平行線」とか「対立」みたいになってしまうのだろうな,と感じる。そして,ますますわかり合えなくなり「勝ち負け」の枠組みになっていく。本当は違うのに,一緒に考えたいだけなのに。

     一方的な「説明」では理解し合えないということなんだな。

     説明し合っても,わかり合えない。

     聞きたいのは「説明」ではないんだな。一致点を見付けるそのスキル

     根っこは心でも,スキルも足りないのかも。

     一緒に自分事として考えている仲間であるということ,そこを確かめ合える話し合いになっているのか,残念な感じになっているのか。一見対立する間柄でも視座を揃えれば,視座を上げれば共に同じ方向を向けるはず。

     

     そして,同じ方向を向ける仲間であることが確かめられれば協力ができる。

     こと,あまりにも大きな問題で,「自分で請け負うことは無理」と思うと,自分から切り離してしまいたくなるのも気持ち的には分かる。見て見ぬふり,責任回避。責任転嫁

     ある方の言った

    「大きな問題で,自分が何か変えられるとも思えない。でも次の世代に丸投げするのと『ここまではやっておいた』とできるだけのことをしたうえで引き渡したい。そうやって引き継ぐしかないと思っている。現状に流され思考停止にならず,抗いたい。」

    という言葉に,

    「そうだな」

    と思った。


     うん,「抗う」というのは,戦うんじゃなくて思考停止にならないこと,解決をあきらめないこと。