十人十色・宮城

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 今年度からは全校児童5人の学校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでみたいと思います。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを計画中です。
  • 2017-09-11

    「臨機応変」

    09:36

     今回の運動会で見られた光景は,私はとても面白かったし嬉しいものでした。今年は担任ではないので,直接子どもたちと練習を通して関わることは少なかったのはちょっと残念ではあるけれど,これは役割分担という面で仕方のないこと。

     

     どういうことかというと…


    ①運動会までのプロセスに小学生(含む教員),中学生(含む教員),保護者の皆さん,雄勝公民館を中心とした行政雄勝保育所等が関わってきたこと,当事者として参画したこと。そこに今まで無かったコミュニケーションが生まれたこと

    ②運動会当日には,上記のメンバーに加えて,地域の多くの方々や震災後から今まで雄勝に関わっていただいたボランティアの方々も参加してくれたこと

    震災後,人口がぐっと減ってしまった雄勝に,小中学生他こんなにたくさんの,それも幼い子から若者,お年寄りまで一同に介し,笑顔で集っていること

    雄勝の各地区ごとにあった小中学校が,震災その他もあり統合し,1校になった後の初めての運動会が,開始時から終了時までこんなにもすばらしい秋晴れになったこと

    ⑤8月に落成式を迎えた新校舎に皆さんをお迎えし,お披露目をする運動会にもなったこと


     「地域と共にある学校」を基本方針の1つにしている学校にとって,この落成式が終わってすぐの運動会は大きな意味を持っていると感じていました。

     かつての雄勝の5地区(浜)にあった小学校は全て閉校し,全く新しい場所に今の新・雄勝小学校はできました。新しい学校がつくられるということは同時に閉校する学校がある,ということでもあります。

    「おらほの学校がなくなる」

    という寂しさは各地区の方々には大きなものです。


     昨年度,新・雄勝小学校を新しくつくるためのプロセスに関わった方とじっくりお話しする機会を得ることができました。

    「今までは,コミュニティはそれぞれの浜が基本だった。それでもよかった。しかし,この先10年,20年,30年を考えたときには,この『雄勝』自体が一つのコミュニティになる必要があると思う。今の子どもたちのふるさとは『○○浜』から,『雄勝』になる。そういうコミュニティの中心となってほしんだ,学校には。」

    というようなお話が思い出されます。

     だからこそ,この第1回目の運動会はとても大事。地区に学校がなくなってしまった方々に,学校に集まってもらって楽しい思い出をまず1つ作ってもらう。作り合ってもらう。それが初めの一歩だから。それなしに「思い出」のない学校に人は集まらないと思うから。新しい「おらほの学校」。

     そういった意味で,今回の運動会は,まず初めの一歩をみんなの力で踏み出せたこと自体がよかったこと。


     多様な人が集まり,多様なことを行う運動会だから,当然今までの「学校の常識」ではうまくいかないこともあります。子どもたちだけの運動会なら,「指導」も「練習」もできますから,良い意味でも悪い意味でも「思い通り」「時間通り」に進めることがある程度できます。でも,多様な人が集まれば集まるほど,そうはいきません。想定外のことも起きるしそれぞれの価値観も異なります。でもそれが当たり前。そういうことに臨機応変にあたりながら,参加者みんなにとって,いろいろな「楽しい」運動会を目指す。それがこの運動会の「成功」。そんな取り組み。


     校長先生も

    「地域全体で,子どもを育てる。」

    協働教育は,学校が臨機応変になれることが大事」

    ということを話されます。

     なんでもありの臨機応変ではなくて,「子どもを育てる」ということ,学校教育目標の「自ら考え,共に歩み,未来を拓く」を軸にした「臨機応変」。

     運動会の成功は「目標」ではあるけど「目的」ではない,ということ。

     運動会が,この先の地域ココミュニティの有り様を写しているか,子どもたちがどんなコミュニティで暮らそうとも自分の幸せを追求できる力につながっているか。

     そんな視点で運動会を(もちろん毎日の授業や学校生活も)見ていきたいと思います。思い通りにならないのが世の中の当たり前。思い通りにならない中で,どう前に進むか,そんな「臨機応変」。