次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2017-07-30

    何で楽しいの?っていわれてもー

    19:54

    日本イエナプラン教育全国大会に参加しました。

    その中で,リフレクションの時間があったんです。そのときに,同じグループになった方から

    「そんなふうに,学び続けるのはどうして?」

    みたいなことを聞かれました。

    「え?どうしてか,ですか。うーん…」

     しばらく考えて

    「不安だからかなあ…」

    と応えました。

    「まだまだ,十分じゃないと感じるし。足りないなあ,と思うし。」

     でも,その方はその応えでは満足しなかったようで

    「でもね,不安を感じられるってのはどうして?それを続けられるのは?」

    と。

    「え?うーん,不安も感じるし,でも,結局は楽しいからなんだと思いますけど。新しい世界が見えてくると,やっぱり楽しいし,前に進んだかも,と思えると楽しいから」

    「なんで楽しいの?」

    「コンフォートゾーンを飛び出すのはある面,怖いことじゃないの?なんで楽しいの?」

    とさらに聞かれ,

    「なんで楽しいのか,ですか?」

    と応えに窮してしまいました。



     何で楽しいんでしょうね。

     私よりずっと前を走っている人が楽しそうだから,その世界を見てみたい,と思うのかな。周りには,自分より前を走っている方ばかりだから,少しでも追いつきたいと思うのかな。

     「外の世界」が面白そうに思えるんですよね。

     小学校の先生じゃない方,学校の先生じゃない方,全く違う仕事や立場の方…。そんな方々に触れ,話したりする中から,なんか共通するモノ・コトや反対にまったく思いも寄らない見方感じ方に気付いたりできると

    「そっかあ」

    とか

    「やっぱりなあ」

    とか

    「え?そんなこと考えたこともなかったけど…」

    とかって思えて楽しいんですよねえ。


     イエナプランのワールドオリエンテーションでいうところの「刺激」なんだろうなあ,と思います。

     

    2017-07-28

    苦手なモノは苦手なんだなあ…(^^;)

    06:35

     8月3日は,学校の引っ越し。新校舎への移転。だから,現在は諸表簿の点検と同時並行的に,学校の荷物のまとめ,片付け,荷造りみたいな感じ。もうばたばた。

     教務主任の私は,こういう場合,全体指揮,みたいな役割をしないといけないのかな…なんて思うところもあります。ところが私は,「全体を仕切る」みたいなことはどうも苦手。先頭にたって指示したりするのがどうも…という感じ。

     それは,自分では「こうだ」とか「こうした方がいいよね」というのはあっても「他の人は違うかも知れないしね…」と思ってしまったりして,明確な指示をだすのに躊躇してしまうところがあります。


     だから,こういう,とにかく能率的に作業をこなすみたいな引っ越し作業で指示をばんばん出していくのはどうのダメ…。

     「教務主任」ってういう肩書きがあるから,

    (仕切らないといけないのかなあ…)

    という思いはあるにはあるけど,そう思いながらも,今ひとつなところがまたストレス(笑)

     一方で,こういうのが得意な人もいるわけで。だから,得意な人にやってもらってもいいかなあ,と今回はなんとなく感じている。だってその方が,スムーズに進むし,お互いに気持ちがいいし。私は私ができることを一生懸命すればいいかな,と。

     だいたい,どこかにぎくしゃく感がでるのは

    (ここは,私がしないと…)

    とか

    (それは,私の仕事,役割だ)

    とか,そんなことを感じ始めて,無理をしつつ,それでいらいらしてしまうとき。

     得意な人が得意な分野でやればいいんだよなあ,それで自分が得意なことをお互いにすれば,それで良いんだとお互いに思えればいいかなあ…。

     整理整頓もちょいと苦手な私は,どうも「引っ越し」作業ではアドバンテージは少ない…みたい。残念ながら(苦笑)

     ならば,自分が得意な分野,ことで皆さんの貢献できるようにがんばります。

     苦手なものは苦手なんだもんなあ…。

    だからって開き直っている訳でもないんだけど…。

     得意な人には,分かってもらえないかもしれないけどー笑

    2017-07-25

    「純血種の『学び合い』」…

    07:08

     ある方々と,やりとりしていて,別なときに別な場所で,たまたま考えざるを得なかったこの言葉。

     純血種の『学び合い』ってなんだろ?

    何をもって,そういうのかな?

    純血種があるなら雑種もあるってことだよね。

     んー,では『学び合い』ってなんだ?

     分からなくなってきた笑


     私には私の『学び合い』があるから,

    「ま,いっか」

    とは思っていますが。

     常に未完成だし,完成する見通しはないんですが笑


     

    2017-07-24

    「意識高い系」かあ…

    06:43

     まちづくりを中心に,高校生の活動を支援している方とのおしゃべりの中で。


    「率先して僕らの,たとえば,まちづくりの活動に集まってくる高校生もいます。でも,今の所は決して多くはない。集まってくれる高校生,実際にはその子たちも高校では『意識高い系』みたいな立ち位置にいることもあるみたいなんですよ。」

    みたいな話だったと思う。私の認識では。

    「意識高い系」

    最近の言葉かな。ずっと前にはなかった言葉だと思うが。

     「意識が高い」ということ。文字通りとれば「褒め言葉」か。

     でもニュアンス的には,ちょっと違うみたい。「系」というところに,

    「意識が高い」ことを揶揄している意味を込めているのだろう。

     翻訳すると,

    「意識が高い人ぶってるんじゃないよ~」

    「なんでそんなことやってるの?分からない~」

    「私には理解できない人,別種の人。世界が違う人」

    「得体がしれない,怖い」

    もしかすると,思い通り行動できていることを

    「うらやましい」

    と感じる心情もあるかも。それを認めたくないからの揶揄だったり。



     昔で言うと,「ガリ勉」にあたるのか。

     「意識が低いよりも高い方がいい」

    「勉強しないより勉強した方がいい」

     うん,そりゃ,そう。


     でも,そうしない,そうできない自分の不安を,している,できている他者を「意識高い系」「ガリ勉」と揶揄することで,自分の安心を得ているのかもしれない。意識的にも無意識的にも。その中身は「不安」。

     意識が低くては,勉強しないと自分が損をする,不利益を被るとしたらどうか?そうなれば,なんとかするよね。なんか煙のにおいがする。

    「火事だ,逃げろ」

    という人もいる。

    「何行ってるんだ,臆病者。あれは魚を焼いている煙だ。大丈夫だ。なあ,みんな?」

    という人もいる。



     その煙が,本当はどうなのか。それを確かめないと本当の解決にはならないんだよなあ。本当の火事なら,身の危険があるから行動を起こす。

     実際に確かめに行った人が

    「本当に火事だ。逃げろ。」

     それを言う人が,一定数を超えたら,一気にみんなが行動を起こすのかな?

     でもさ,そうなってからではパニックになるんじゃないかな。だから早めに準備をしておこうってことなんだなあ。


     でも「身の危険があるから行動しよう」となると,急激になるイメージで「我先に」という感じ。それよりも「楽しそうだから,行動しよう」の方が,ゆるやかで,「一緒にやろう」という感じ。

     

     後者の方がいいな。

    2017-07-23

    「○○」と名前を付けるということ

    23:46

     名前を付ける。とはどういうことか。それは「ラベル」をつけることでもあるし,時にレッテルをはる,という意味でもあるだろう。

     名前を付けると「安心」する。とりあえず安心する。「それは『○○』というものだ,と,とりあえず認識できるから。

     例えば妖怪。

     正体不明なもの,得たいの知れないモノ,理解不能な現象…。本当に怖いのは,実はそういうもの。「なんなんだ?」「自分の理解を超えているもの」は怖い。だから「妖怪」という名前をつける。

    「妖怪のせいなのね」ということ。

     くらがりで,いるのかいないのか,分からないのが「怖い」。いると分かっているほうが,まだまし。夜道を一人歩いていて

    (何かいそう)

    なのは怖い。

     予想外の出来事,現象,行動?も怖い。病気の病名,もそんな感じかな。

     名前をつけて,

    「あれは,妖怪○○」というんだ」

    「それは○○という病気だ。」

    ということにして,そういうモノとして理解する(ことにする)ことで,「ひとまず」安心する。


     いったん,自分の中で「理解」できるから,かな。受け止める?

     でも,名前を付けたことで,「正体不明なモノの正体」が分かった訳でも実はない。病気が治るわけでもない。名前をつけたことで,「理解したことにする」にすぎない。

     でも,それは「理解」になるのかな?やっぱり。名前を付けることは,理解,なのかな?

     もともとの不安は解消されたのか?されていないなあ。

     理解って何だろう?????

    と,もんもんとする。

     人類は今まで,得体の知れないモノに次々名前を付けて「理解」してきたのかな?それを繰り返してきたのかな?うーん。

    2017-07-22

    友達がいるということ

    07:49

     先日の1学期振り返りでのおしゃべりの中で。

     「今年度,学校が統合になっ子どもの数が増えた。同級生がいるって本当にいいなあって。」

     この先生は,統合前,一人の1年生の担任としてがんばっていた方。今年度は,3人に一年生担任です。

     3人。でも

    「一人の時とは全然違う」

    と言います。

    「3人で頭をくっつけあって話してるんだあ」

    と嬉しそう。

     統合前は,全校5人の学校。だから,職員室の大人も地域の方々も子どもと一緒になって様々やってくださいました。


     でも,友達が増える,というのはまた全然違うようです。

     今は,全校20人,中学生も入れると41人!

     2学期以降も,いろいろ楽しみです。

    2017-07-21

    「一人一人が,自分のやるべきコトをやるっていうか…。それぞれが自分の役割をしっかりすることで,全体をカバーする、包み合うイメージでやれるといいっすよね!」

    06:59

    ■1学期振り返り

     1学期の振り返り。救命救急研修が入った都合で,なんと35分というショートバージョンでの実施。35分かあ,どうする?と悩みつつプログラムデザイン。


    ①開会

    ②会議のゴールの確認

    ③会議のルール,進め方の確認

     ここまでのインストラクションで5分。のこり30分。

    ④3人グループで話し合い(対話)の時間

     ○【発散】1学期どうだった?(20分)

     ○【収束】良かったこと2つ,今後の課題2つ(3分)

     ○【活用】2学期どうしたい?どうなるといい?(2分)

    ⑤校長先生から

    という流れで。

     ホワイトボード・ミーティング®のフレームを使ったけれど,

    https://wbmf.info/

    ホワイトボードを使う練習はまだ職場ではできていません。だから無理はしないで各テーブルに模造紙を置いて,対話しながら書いていくやり方で。可視化ってことかな。以前に1回だけオープンクエスチョンのインストラクションをして,「情景の共有」=「情報の共有」は伝えています。だからチャレンジとして

    「オープンクエスチョンカード(質問の技カード)」を使って,エピソードまで聴く,話すにチャレンジしてみてください。」

    と伝える程度に。

     あっという間の35分。テーブルごとに1学期のことをわいわい振り返ります。笑い声が生まれる会議は,楽しい。

     「本当は,テーブルごとに何を話し合ったかを共有する時間もあったほうがいんだけどな~」

    って思っていたけど,その後の救命救急研修の時間があるので,やむなく断念するしかありませんでした。

     しかししかし,救命救急研修後,校長先生が

    「せっかくだから,あの話の続き,やったら?」

    と言ってくださり,続き開催。

    「お疲れでしょうから,10分で!」

    と限定しながらの「共有」の時間。

     1学期のよかったことをみんなで話し,2学期はこうしていこうね,みんなで,というのを確おかめ合う。そんなコミュニケーションの積み上げが,その場その場での予期しないトラブルにも柔軟な対抗ができる,組織のしなやかさにだんだんつながっていくんだと思う。

    「トランスフォーミングの組織は,機会ではなく,生き物に近づく」とある本にはありましたが,まさに。まだまだ道は遠いけど,そんな生き物のような組織のイメージを,ちょっとずつイメージできた,そんな話し合いの場になったことがうれしいです。

     ある若い先生の言葉。

    「一人一人が,自分のやるべきコトをやるっていうか…。それぞれが自分の役割をしっかりすることで,全体をカバーする、包み合うイメージでやれるといいっすよね!」

     まさに。

    2017-07-20

    そこで終わりにしない,ということ

    05:40

    http://wr.umin.jp/

     この日は,着衣泳。日本水難学会指導員の方が来校し子どもたちに関わってくださった。そこには,保護者の方も参観に訪れてくださった。これは校長先生の案。

     指導員さんと一緒に見える方もいるとのことで,詳しく聞いてみると学校が別の活動でお世話になっている「心スマイルプロジェクト」

    http://www.kokoro-smile.org/

    の方と,私が震災前の雄勝小でお世話になった保護者の方とその娘さん(私が担任したクラスの子。もう20歳くらいの)であった。こんなつながり方あるんだなあ,とびっくり。

     また,その日図書整理に来てくださっていたプロジェクト結

    http://project-yui.org/

    の方々にも

    「着衣泳するんですよ。見に来てくれません?」

    とお声がけし,参観してもらった。

     着衣泳指導の場に,水難学会の指導員の方々始め,いろんな方々。立場の方がごちゃごちゃと。良い意味で。

     その後は,心スマイルプロジェクトの「駄菓子屋ワゴン」の場に,子どもたちをはじめ,先ほどの着衣泳の方々がそのまま。中学生も加わり,まさにカオス笑

     校長先生は

    「なんか,おらほの学校はいろんな人がきてけて(きてくれて)いいよなあ」

    と,にこにこ。



     子どもたちの活動を中心にしながら,いろんな方々が集い,またそこで関係をつくって,つないで次へ。そういうことができるといい。地域の中の学校の役割の重要な部分だと感じている。



     活動それ自体ももちろん大事なんだけど,その先がある。その先が大事。だから,水難学会の指導員の方や今日来てくださった様々な方からは今後も一緒に学ばせていただきたいし,反対にこちらがお役に立てることがあれば可能なことはやっていきたい,今回の活動以外でも今後一緒に楽しんで行けたらうれしい。

     その場で終わりな訳ではない,次もある,次を考える。次があることが楽しい。この先の楽しい展開を想像しながら,場を作り,楽しみ,また次の楽しいことにつなげていく。それが「楽しい」ってことなんだなあ,と最近思える。

     1学期も多くの方々にお世話になった雄勝小学校。2学期は新校舎でスタート。校舎は雄勝町大須三区地区を離れることになるが,今までの関係をそのまま引き継ぎ,今度は雄勝全地区の学校として次の楽しい展開に入っていく。


     「そこで終わりじゃない」「さ,次いこー(^^)」

    ていうのが,いいんじゃない?楽しいから。笑

    https://www.facebook.com/ogatusyou/

    2017-07-19

    たった5分だけど,大事にしていること

    06:27

     小中併設校の我が校。新校舎が完成し,そちらに移転するまでは小中職員室は別々です。

     併設校ということで学校としては別々ですが,校舎は一緒,校長先生もお一人,教育目標も同じなので,一つの学校みたいなものです。

     職員会議も小中合同の1部,小中それぞれの2部となっています。私は小学校教務なので,会議プログラムを担当しています。

     会議とはどんなイメージでしょう?

     私たちにとっては,会議は大事な学びの場であり,コミュニケーションの場です。それが「残念」な感じになってしまうともったいない。


     「明るく楽しい話ができないと,辛く深刻な話もできません。ご自分の経験を振り返ってみてそうでしょう?」「コミュニケーションの量があって初めて質に転換します。私たちは時に,いきなり質を求めてしまうコトってあるませんか?教室でも会議でも。」

     そんなことを伝えながら,

    「小中教員が,これから一緒に1から学校を創っていくのですから,会議の中でも良好なコミュニケーションの土台を味わっていきましょう」

    と。


     そんな経緯で,職員会議の始めの5分は,シャベリカでスタートしています。

    https://teamgame.stores.jp/items/5132e8ce421aa907b4002096


    初めて実施したときは,

    ・会議室のパイプ椅子が3人組のサークル状×8

    ・各グループにシャベリカカード数枚

    という,「異様」なフォーメーションに

    「???????」

    「また,コイツ何を始める気だ(^^;)」

    みたいな印象を持ったかたもいたでしょう。

     または,

    (忙しいんだから「むだ」なことしている時間はないんだけどなあ)

    と思った方もいるかもしれません。笑


     しかし,やってみれば分かりますが,

    「もう終わり?」

    と思うくらいどのグループも話が盛り上がり,場が華やぎます。

     笑顔で始まる職員会議。その後の,「校長指示伝達事項」も,スマイルで話したり聞いたりできます。場が温まるんですよね。


     たかが5分なんです。それも月1回。でも,その時間は大切。大切さが私は分かっているので,その大切さをちょっとずつ伝え,体感してもらうことを続けていきます。

     それがやがて,教室の授業やあらゆる会議に浸透していきますから。


     だって「楽しいこと」は自然に広まります。




     我が校の会議,改善の余地はあるんですが,自慢できることの一つ。自慢できることは,こういうことを「やらせてくれる」という度量と余裕があること。

    2017-07-18

    できることをする,し続けるしかないこと

    06:46

     私は,学校を核に,本気で雄勝のまちをもう一度震災前の雄勝のようにしたいし,震災前以上にすてきなまちにしたいと思っています。

     すてきなまちってどんなまち?私は,「全ての人が尊重されるまち」と思っています。お互いがお互いを尊重し合うまち。聴き合う関係があるまち。一人一人が生きたように生き,自分の力を他者のために発揮でき,自分では足りないところは人の力を借りる。お互いにそうしながらみんなで前に進む,そんなイメージ。


     こんなことを偉そうに言うのは,ほんとうは怖い。

    「お前になにができる」

    と思われるだろうし,自分でもそう思います。

     でも,自分だけでは絶対できそうもないから,あえて。

    正直,怖い。

     震災がありました。私が今まで赴任した学校・地域は震災時私が勤めていた学校を除いて全て被災し,今はありません。どこの地区でも,子どももたちを地域の皆さんにお世話になってきました。多くの地区では,たくさんの方々が命を落としました。学校の職員は

    「学校に来て,みんなと学べることだけで,そのことが価値があること」

    ということを,本当に実感しました。

     だから,震災前の学校に戻る,では割りが合わない,と思います。震災があったから前に進めた,にしないと申し訳ないと思っています。


    「学校を核に,本気で雄勝のまちをもう一度震災前の雄勝のようにしたいし,震災前以上にすてきなまちにしたい」といいました。もちろん学校だけでできるものではありません。でも学校にできることは大きい,と思っています。学校だからできることもあります。

     私ができることも,ものすごく小さい。でもできることもある,そう思います。

    「お互いがお互いを尊重し合う学校。聴き合う関係がある学校。一人一人が生きたように生き,自分の力を他者のために発揮でき,自分では足りないところは人の力を借りる。お互いにそうしながらみんなで前に進む学校」そこを,みんなで求め続けること,そこを地域の方々に支えてもらいながら一緒に求めていくこと,それがこの先につながると思っています。


     一人ではできない,学校だけではできないこと。

     クラスでも,お互いがお互いの願いを聴き合い,「みんなが実現したい」と願いそれぞれが本気で実現に向けて動き出したらクラス目標にだって近づきます。同じ事。

     その日の算数が,体育が,「お互いがお互いを尊重し合う。聴き合う関係がある,一人一人が生きたように生き,自分の力を他者のために発揮でき,自分では足りないところは人の力を借りる,お互いにそうしながらみんなで前に進む」になっているかどうか。そして,そういうことを求めていることを,外にも発信して,力を貸してもらうこと。それを続けていくこと。

     だから,学校教育目標「自ら考え,共に歩み,未来を拓く」は大切。それが,雄勝を震災前以上にすてきなまちにすることにつながって行くし,多くの方々の願いにも通じるのではないかと思っています。

     そして,それはもちろん雄勝に限ったことではありません。


     自分は無力だけど,できることもあります。だからできることをします。

    2017-07-16

    (わたしは,ちょっと違うんですけど)と言いたくなったこと

    07:55

     自分も所属している団体だったり,グループだったりするところの会議に参加したり,そこのまとめの刊行物のとりまとめなんかをしていると

    「え?そうなのかなあ?そういうことを私は思っていないし,むしろ違うんじゃないかなあ…」

    と思うことがあります。

     個人の考えとして,そう考えるのはもちろんかまわないし,尊重はしますが,

    団体なりグループなどの代表として発言するのに,それはどうかなあと思うことがあります。

     それは,私の感覚がその団体やグループの考え方とずれてきたのかもしれませんから,なんともいえませんが。でも

    (私も同じスタンスだと思われたらいやだなあ)

    というのはあります。

     今回の気付きは,そういう気持ちになるときは,本当に大事にしたいこと,している事からずれて,方法や手段など枝葉末節に対する批判などが出てくるとそう感じることがあるんだよなあ,ということです。

     自分も気をつけなくてはいけません。


     

    2017-07-15

    コミュニティスクールへのきっかけの一つ

    08:26

     9月の運動会。これは,小学校,中学校,そして雄勝総合支所地域振興課と一緒に行うことになっている。

    つまり,雄勝で行われてきた町民運動会(雄勝スポレクまつり)と合同開催ということ。

     新しい校舎が完成してすぐの運動会だから,校舎のお披露目という事でもある。

     

     この日は,市役所雄勝総合支所地域振興課との第3回の打合せ。学校からは私と小中体育主任が参加。地域振興課からも3名。私がファシリテーター役。

     震災後,へき地に統合新設校を作るのには様々な方の思いや苦労があっての,今ここ。

    「雄勝に学校を残したい」

    「学校は地域コミュニティの核になる」

    という強い思いで,震災直後から活動を始めた方々の思いにも直接触れてきた。だからなおさら

    「ここまで来たんだなあ」

    という思いも強い」。

     かつて雄勝地区の各浜にあった学校は,少子化や震災の影響で,現在の雄勝小学校・雄勝中学校の1校のみとなった。

    「昔は,浜一つ一つが,『地域』『コミュニティ』だった。それでよかったし,それが当たり前だった。だけども,これからは,雄勝全部が『地域』になっていく時代なんだと思っている。地域の人,みんなが集まれる学校になってくれるとうれしい。」

     新しい学校建設に伴う推進役を務めてくださった方の一人の言葉を思い出す。今度の小中地域合同運動会は,そういうことを感じてもらうイベントでもある。浜ごとにあった学校が,今までの「おらほの学校」であり,その「おらほの学校」が全てなくなって,新しい「雄勝小学校」ができている。だから,この新しい雄勝小学校は,かつて浜ごとに合った学校の歴史を引き継ぎ,これから先の地域の学校になっていきたい,なっていく,というメッセージを伝えられるような合同運動会になると最高だし,うれしい。

     「どんな運動会になるといい?」

    というイメージ共有を地域振興課の方々と学校メンバーでおしゃべりしながら。ホワイトボード・ミーティング®のフレームを使って。

       ○地域と一緒につくる,もりあげる運動会

       ・小学生は中学生の姿を見ながら,中学生は小学生の姿を見ながら

       ・小中児童生徒が一緒につくる,工夫する

      ・楽しんで行う。

      ・地域の皆さんと児童生徒が一緒に楽しむ,笑顔がたくさんある

      ・大浜に学校ができたことを,みんなで喜べる

     ここを軸足にしながら,みんなでつくる,みんなで楽しむ,そんな運動会をみんなでつくっていく。そのプロセスを作っていくのが私の役割。

     重要だなあ。でも楽しいなあ。

     コミュニティスクールへのきっかけの一つ。

    2017-07-14

    異学年学習

    06:19

     教室に上がってみると,3,4年生で総合のまとめをおこなっていた。それぞれがそれぞれのやることをやっている,という感じ。先生がどこにいるのか、一瞬では分からない,そんな感じ。

     総合や体育ではこんなふうに,異学年で行うことはもう普通になってきている。共通点は,「教科書」がないところ。国語や算数など教科書があるとなかなか一緒にやるっていうところには,まだ壁があるみたい。本当はやれるんだけどね。

     2学期は,「教科書がある教科」で異学年学習ができるようになるには,どういうプロセスがあったらいいか考えてみたいなあ。

     「全校で学習するっていうのもいいよね」

    とある先生が話されて,2学期くらいからは放課後学習会を私がやらせてもらえることになった。この辺りから入り口はあるかもしれない。


     異学年学習,それも3つ以上の異なる学年で学習ができるようになると,

    ○「学習」という仕事を解決することを通して,子ども同士同士のコミュニケーション量が格段に上がり,多様な関わりがぐっと増える。

    ○そもそも学年が違うから,「一人一人がそれぞれ違う」ことが前提となり,教師も一人一人の異なったチャレンジをサポートしやすくなる。それによって,子どもも一人一人も自分のチャレンジを大事にできる。(全校体育で見られる空気感が,国語や算数でも生まれる)

    ○先生が,全員に対して同じ事を「教える」という事が無いので,授業の主体が「教師」から「こども」になる。子どもは「教えてもらう」から「自ら学ぶ」「困ったら,誰かに相談する」「困っている友達がいたら手を貸す」関係が,普段の授業の中で自然に行われる。

    ○教師も教室に一人いれば足りるので,月,水の担任とか,火,木の担任とかも,可能。事務仕事は,授業のない曜日にやれば良く,職員間で柔軟に仕事のシェアができる。全職員で全校児童を育てる,という感覚がより高まる。子どもにとっても,担任とか同級生との関わりを保った上で,柔軟な人間関係が築きやすい。

    ○そもそも人は多様だ,多様であっていい,多様なほうがいい,という体験を毎日毎時間,少しずつ積み上げることができる。

     いいことは,きっとまだまだあるなあ。

    http://toyokeizai.net/articles/-/178880

     へき地小規模の学校は,こういう学習をしていったほうが地域の課題・学校の課題にそったものになっていくと思っている。

    2017-07-13

    地域の方だからこそ

    06:30

     神楽の師範さんが今年度初めて来校し,子どもたちと初練習。


    「神楽を上手にすることが大事なわけではない」

    「大人になって,人としsて大事なことを備えるために神楽もある。」

    「自分一人で生きているのではない,ということを神楽も伝えている。」

    「常にみんなで楽しく過ごす,困っている人がいたら助ける,美味しいモノがあったらみんなで分ける。」

    「みんなで,学校を楽しくする,そういうことを,神楽のお話でも遠回しに教えているのです。」



     

    「神楽でお,やはりそこかあ」

    と思いました。

     学校の勉強と同じです。

     地域の方だからこその伝え方です。

    2017-07-12

    地域の学校に

    06:05

    夏休みに,公民館主催の子どもキャンプ「ありんこ塾」というのがあります。子どもたちもそこに参加。

     

    「ふるさと雄勝の再発見」「異年齢集団での活動」というテーマで,本校の「総合的な学習」のテーマと丸かぶりです。ウニ採りやウニ剥き,シーカヤック,硯石を使った制作体験などを地元の浜で行います。

     昨日は,公民館の職員の方々やまちづくり協会の方々が学校に来てくださり,事前の顔合わせや,ゲーム,キャンプファイヤーのときのダンスの練習などをしていただきました。

     そして,今日は,雄勝法印神楽の練習で,師範さんが学校に見えます。

     地域の方が,頻繁に出入りしてくれる学校になっています。

     ありがたいことです。

    2017-07-09

    「クラブチームのような学校」

    09:58

    今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則――『ジャイアントキリング』の流儀

    今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則――『ジャイアントキリング』の流儀

     友人に紹介してもらった本。

     私の課題にどんぴしゃだった。


     「主力選手2人を欠いて臨むことになった川崎戦を前に,達海が始めたのが「カレーパーティー」。食堂のおばちゃん,選手,フロントスタッフたちがみんなでカレーをつくり,地元の人たちにふるまい,一緒になって食べる。その姿を見た達海は,「これがクラブだよ。」と語ります。ピッチに立ってプレーする11人だけでなく,ベンチ,フロント,サポーター,クラブに係わるたくさんの人たち…。全員が同じ方向を向いて,同じ気持ちで戦うことができれば,ETUはもっともっと強くなるーこれが達海の描く理想のクラブ像であり,チーム教科策なのです。」

    (「今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則」)


     これこれ。

     被災地へき地に新設された勤務校,新雄勝小学校・雄勝中学校の目指すイメージはきっとここ。

     学校と地域の多くの方々が,それぞれ立場を超えて立場を生かして前に進む。そうでないと,新校舎はできたけれど,数年で閉校ってことだってあり得る。(だれも口にしないが,そこを認識しないといけないと私は思っている。)

     震災から6年半。この4月から,かつて雄勝地区にあった小学校,中学校が震災を間にはさみつつ統合を重ね,1つの小中学校になった。震災により地域が分断されたが,それでも

    「もういちど,雄勝を立て直す」

    という気持ちをもった方々が震災直後から活動を始め,粘り強い活動を続けてきている。全てではもちろんないがその一端も知っている。新校舎もこの夏ついに完成した。

    「地域に学校を残したい」

    「子どもは地域の宝」

    という願いの結実でもある。


     震災後からのそういう動きを見聞きしてきたから,ローカルなコミュニティを立て直す役割を果たすことも学校に期待されている,と認識している。そして,その「ローカルなコミュニティを立て直す」ことは,決して雄勝地区だけの課題ではなく,被災地の課題でも無く,広く全国につながる課題だとも認識している。

     県の施策としての「みやぎの協働教育」

    https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/617584.pdf

    も,きっとそこを見ているのではないか,と考えている。



     「自ら考え,共に歩み,未来を拓く子どもの育成」

     これが,学校の教育目標であるが,「子ども」に限らない。「子ども」は「未来の地域」そのもの。毎日の普通の学校生活が「自ら考え,共に歩み,未来を拓く子どもの育成」に向かっているか?そこを自分自身に問い続けるのが私でもあり,お互いに問いかけ合うのが,私たち職員の役割,務め。


     クラブチームのような学校。いい例えに出会えた。

    2017-07-07

    「こんな会議なら毎日やってもいい」 うれしい言葉

    06:22

     昨日,臨時に通信表検討委員会を行いまいた。

     というのも,私が前回の職員会議で今までの通信表を大きく変えて提案したから。(職場のみなさん,すみません。もっと早めに私が提案すべきだったんです…。通信表の作成をとうにスタートさせるこの時期にいま検討しているなんて,普通は怒られます…。)


     それでも,皆さんは

    「それなら,別個に検討しよう。通信表作成の日程的には厳しくなるけど。」

    と許してくれたから,7月もこの時期にこうなったのです。


     通信表の形式もですが,それ以前に評価とはなにか,そもそも通信表とはなんのためにあるか,とか,それを表す通信表のタイトルとしてふさわしいものは何か,とか,保護者にも子どもにも教師にとってもよい通信表ってどんなものか,などに付いて小一時間の話し合い。

     話を聞いていただきやりとりをしながら納得し受け入れてもらえた部分も多かったし,話し合うことで私の提案の足りなかった部分もはっきりし,さらに改善することもできました。ありがたいです。皆さんの存在が本当にありがたい。


    「評価の規準を保護者にも子どもにも教師にも,よりはっきり分かるようにしていこう」

    という基本方針について話し合い確認し合えたことは本当によかった。その他

    「2学期の通信表の検討は学期初めの9月に行わないといけないね」

    と担任間で確認し合えたことや,

    「こういうものは,つくっては改善,つくっては改善していかないとね。」

    という教頭先生の話とか,「通信表の検討会」という難しい名前の会議でしたが,みんなで話し合えた楽しい会議でした。

     

     終了後若い先生が

    「あー,こんな会議なら毎日やってもいいなー」

    ですって。嬉しい。こういう話を楽しくできるって,ものすごく恵まれていると思うと同時に,こういう話を楽しくできるように会議の仕方も考えないといけないんだなあ,と思う。

    2017-07-06

    少しずつ前に 

    06:44

     「共生型ケアを広める会」にて,『学び合い』授業について伝える機会をいただきました。

     この会でお話するのは,2回目。地域の若者就労支援の役目をされている方々や介護のお仕事,議員さん,会社経営者,障がいをお持ちの方々の支援をされている方々,公務員など,様々な職種の方々が集まります。


     教員は,私一人です。こういう場で話す機会を得られるのは貴重です。教員の集まりとはまた違った学びができますから。

     今回は「一人も見捨てない」という『学び合い』の考え方と,それを学校,教室で子どもたちに伝えて行くことの意味,具体的な教室イメージ,それが社会とどうつながって行くのか,などについて伝えられるように話そうと思っていました。

     どうだろう,うまく伝わっているとうれしい。


     ある会社の社長をされている方が,障がいをお持ちの方を採用しているそう。その方をどうやって会社の中で活躍していただくかとか,他の社員さんとの関係をどう作っていくかなどいろいろ悩み考えていることなど,『学び合い』の考え方と社会のつながりをみんなで考えるよいきっかけ・機会にもなったと思います。

    「これは,教育の手法じゃないんだね。全てに当てはまることだね。」

    と感想を伝えてくれた方もいました。


     ちょっと,私が話しすぎたかも,という反省はありますが,今後も今回参加してくださった方々と一緒に情報交換や活動を共にして行くことで,前に進みたいと考えています。

    2017-07-04

    うれしい,を感じた出来事

    06:33

     用事があって市役所に行きました。

     

     駐車場にはゲートがあって,そこから駐車券を機械から受けとります。

     用事が終わって車を出す段階になって,駐車券をどこかに落としたことに気がつきました。

     仕方がないので,もう一度市役所に戻って,たまたま出会った職員の方に事情を話すと,丁寧に担当の部署を教えていただいた上に,

    「あ,大丈夫です」

    と言ったにもかかわらず,そこまでわざわざ案内してくださいました。

     案内してもらわなくても,まったくかまわないんですが,そこまでしてくれた(それも5時すぎ)その気持ちに,うれしく思いました。

     うれしい,を感じた出来事。