次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2017-06-10

    「主体性」について考えた一日

    18:33

     レッジョエミリアアプローチ実習を「結のいえ」保育所で。

    https://www.yuihouse.org/


     実施したのは「光のワーク」と「水のワーク」。

    参加した子どもたちは,0歳から9歳の12名。

     私は主に,「水のワーク」担当。

    食紅で色を付けた赤,青,緑,黄色の色水を用意。様々な形・大きさの容器。霧吹きや吸い込ませる紙なども。

     メンバー間の事前の打合せでは

    「その子の『初めて』を奪わないように」

    「あくまで子どもの『探究』サポートをする,という立場を大事にしていきましょう。」

    ということを確認。そのさじ加減がなかなか難しいのだけれど。

     90分のワーク終了後の,結のいえの保育士さん方と私たちスタッフとの振り返りが実に面白かった。

     振り返りでは,

    ○何が起こったか

    ○なぜ,それが起こったのか

    を考え合う。

     スタッフ,保育士さん入り交じった中で,まずはペアトーク。そのあと全体で,という流れ。

     保育士さんの言葉

    「このレッジョエミリアアプローチ実習の話を受けたとき,0歳とか1,2歳の子が中心で本当にできるのかな?遊べるのかな?と半信半疑でした。でも,環境があって,制限をしないで自由に遊べる場があれば,子どもは本当に熱中して遊べるんだなあ,と感じました。ストロー1本でも遊べる。私たちはむしろ提供しすぎているのかもしれない,と気付きました。」

     「遊びこめることは,楽しいんだと。こちらから提供してばかりではなくて,子どもに必要なのは自由に遊べる空間なのかも。」

    「はじめは躊躇していても,だんだん自分でしたがる子どもの姿が見られました。」

    「日常生活では,落ち着きがないように見えた子も,自分の興味がある遊びにずっと熱中していた。驚き。」

    「はじめは小さな器から大きな器に色水を移してあふれさせていたけれど,何度もやっているうちに,大きな器の水を扱うときは小さな器でなくて大きな器を探して移し替えるようにしていた。試しながら学習していくんだなあ,と見て分かりました。」

     夢中になること,夢中になれること。そんなことについて考えた一日。

    「提供しすぎているが故に,遊べなくなっているのかも。」

    という言葉が印象的。

     「今日は,自分を抑えるのが,なかなか大変だった笑」

    という言葉に表れるように,決して「ただ」放っておくというのとは違う。放っておくとしても「意図的に」放っておくのだなあ。

     「子どもと大人のキャッチボール。様子を見て,ちょっと難しい球を投げてみる。」

     大人のかかわりとしてはそんな感じ。だから,よく見ていないとね。放っておくのと違うのは,そこ。

     「主体性」について考えた一日。

    心に残った言葉は

    「提供しすぎているのかも」「やりたいようにやる場面」「子どもの(人間の)主体性を阻むのは?」

    「遊びこめることは楽しい」「ドキュメンテーション」「解放して味わう」「夢中になること,夢中になれること。そこから形になっていく」「子どもと大人のキャッチボール」

    http://www5e.biglobe.ne.jp/~kkh/kodomotatinohyakunokotoba.htm