十人十色・宮城

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 今年度からは全校児童5人の学校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでみたいと思います。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを計画中です。
  • 2017-04-14

    ヒーロー

    10:04

     先日,ある方と話しながら,思ったこと。

     「どこどこの」ものすごい取組,「だれだれさんの」すばらしい実践,と「どこどこ」「だれだれ」のことを直接知らない多くの人やマスコミが賞賛し出すと,

    (ちょっとまてよ)

    アンテナをもう一本立てること。



     確かにものすごいのだろうし,すばらしいのだろう。きっとそう。でもそこに固有名詞がつきだして勝手に走り出すと,大元のところが崩れてしまうこともあるということを,リアルに感じた訳でした。


     その内部では「すばらしい」と感じる人ももちろん多く,どんどんいけいけ,となる。だって「すばらしい」んだから。でもそうなればそうなるほど,

    (え,ちょっと待ってよ。)

    (え,それでいいの?)

    って思う人も出てくる。


     勢いに任せて,そういう小さなつぶやきを拾わずに,ある面

    「いいじゃん,すばらしいだろー」

    っていっちゃうと,残念な感じになっていくんだなあ。


     「どこどこの」とか「だれだれの」なんていうのが付かなくても,そこにいる人たちが

    「まあ,なんとなくうまくいってるよねえ。」

    「ごたごたも,そりゃああるんだけど,それでもなんとかしてきているよね,あははは」

    「ま,ふつう,よりちょっといいくらいかなー」

     それくらいが,ちょうどいいんだと思う。学校,教室職員室もそう。

    当たり前のなかに,一人残らずみんなの居心地のよさがある。「一人残らずみんなの」を考えれば,相対的には「そこそこ」がバランスのとれるところだろうなあ,と感じる。


     緊急事態にはヒーローは必要だけど,いつもはいらない。ずっといられると困る(人もいる)笑い

    「3分間しか活躍しないで,去って行く」ヒーローってつまりそういうことだったんだあ,なるほどー!」

    と,勝手に思いついて,一人感心していた(笑)