十人十色・宮城

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 今年度からは全校児童5人の学校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでみたいと思います。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを実施します。http://www.kokuchpro.com/event/3d79030f9f4499664cd3da70151b00ea/
  • 2017-03-11

    3月11日

    07:11

    「3月11日の今日は

    『自分は頑張れているかな?』と確認する日でもあります。

    自己評価は『まだまだ』なので,

    もっと元気に,面白く,楽しく,頑張っていこうと思います。」


      私の使っている手帳の3月11日のページにあった言葉。


     震災による津波で亡くなった,私が勝手に「師匠」と思っている方からバトンを,これまた勝手に受け継いだと思っています。

     

     東京育ちなのに,宮城にきて,初任が半島部の小さな学校で。その後ずっと沿岸部の学校に勤務していて。そんな中,その「師匠」と同じ学校に勤めて学びたいなあ,と異動希望をたものの叶わずその隣の学校に勤務するようになったときに震災があって。今まで勤務していた学校や地域は全て津波の被害を大きく受けて。


     「師匠」は(彼は,「そんな言い方するなよ…」というタイプの方でしたので,こういう呼び方をすると嫌がりますが笑),私とは違って,緻密で,論理的で,優しく,冷静かつ熱い方。

     追いつける気もしません。だからまだまだです。


     もう一度沿岸部の学校に戻ってきました。私個人は何も特別なことは出来ません。できることは「津波で大きな被害を受けこれからまた前に進もうとしている地域の学校に勤めている」,という役割を生かすことです。教室,学校を中心にしながら,そこに集まる多くの方々の強みを生かしつないでいきながら,みんなで前に進む場作り。

     そのために,わたしも学んでいきたい。

    臨時朝会

    06:39

    昨日は,臨時朝会。

    3月11日を翌日に控えていたからです。

    体育館ではなくて,ホールで。

     校長先生が,ご自身のお話をされました。

    当時の勤務校で突然の地震体験したこと。港町にあるご自宅に夕方向かわれたこと,娘さんにすぐに会えずにすごくすごく心配したこと。その後,無事だったことが分かってすごく安心したこと。

     当時のことを思いだし,ときに,涙を流しながら子どもたちに静かに語ってくれました。

     「命を大事にしなさい。津波の恐れがあったら,とにかく高台にすぐに逃げなさい。」

     それがメッセージ。



     卒業式の,紅白幕で飾られた体育館をみると,毎年震災のときを思い出します。