次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2016-08-28

    「今でも,もがいているよ。」

    22:26

     『学び合い』フォーラムのシンポジストとして登壇していただいた,近江弘一(女川みらい創造株式会社)さんと再びお会いしてお話をする機会をいただいた。

     まさに役得。

     シンポジウムの続きの話ができた感じ。

     「何回も言うけど,地域とどう関わるかを考えて行くことかな。」

    女川のまちづくりの先頭にたって活躍している方。でも,お話をしていく中で,勉強が苦手な子,家庭が大変で日々の生活にも困る子の話にも至る。シンポジウム前にご挨拶に伺い,インタビューさせていただいたときもその話になったことを思い出す。そこを見て,いまここ,なんだと感じる。

     

     「中学を卒業すると,結局,『成績』で輪切りにされてしまうじゃない。そこでモチベーションを無くしてしまう子がいることは,本当にもったいない。」

    と。

    「それもあって,スポーツクラブ(コバルトーレ女川)もつくったんだ。」

    と。

    「だから,クラブの施設には,勉強部屋もあるんだ。スポーツクラブ+塾みたいになるのもいいな,と思って。」

    と,これからのことも話してくださった。そういえば,女川に将来的に学校をつくりたい,ともおっしゃていた。

     「何かやりたいなら,理念が必要だよね。じゃないと,人に納得してもらえない。」

    「私の目標は,生きてるうちにかなわないと思う。でも生きてるうちにその道筋だけはつけたいと思っている。」

    「今でも,もがいているわけ。」


    もがく,か。奇しくも,同じ言葉をここでも聞くことができた。

    もがき続ける,ってことなんだなあ。苦しいけどね(笑)それでも,目指したい理念があるか,どうかなんだなあ。

    念ずれば花開く

    08:54

    「みんながなりたいと思ったら,なれるよ。」

    クラス目標とか,どんな2学期にしたい?とかもそうだけど,その集団が,本気でそうなりたい,と思い行動するならそれは実現するよ,ということ。

     その本気っていうのが大事で,その目標を「本気」で実現したいと思うものにしていく,というプロセスが実は大事だったりする。

     「目標」が「立てさせられる」もの,みたいになってしまうと本気で達成したい!とはならず,目標を立てること自体が目的になってしまいがち。目標を達成させられる,なんてことになってしまうと,残念。


     (当たり前ですが)達成したい目標を立てよう,と伝える(笑),目標達成のイメージをみんなで共有する,その目標に向けてチャレンジしている姿をモニターしたりサポートしたりする。


     みんなが本気でなりたいと思って,行動し続けたら,やっぱり実現するものなんだなあ。難しく考えることもない。そこを応援し続けるのが担任の役目だったりする。目標を忘れないでいる,ことでもある。

     念ずれば花開く,っていうけど本当だと思う。

     本気で目指したい目標を立てること,がまずは最初。

    2016-08-27

    こんな2学期に

    08:34

     7月末には,職員室メンバー全員で,「1学期の振り返り」をホワイトボードミーティングの手法を使って。

     たくさんのおしゃべりを重ねて,エピソードの共有を行いました。

     そして,「こんな2学期に」という目標が以下。


    ①2大行事(運動会,学習発表会)を成功させよう。

     (モチベーション高く,多くの人とかかわりをもち, 表現することに子どもたちがさらに自信がもてるよう にサポート)

    ②中学校との授業連携を進めよう。

    ③大人が子どもたちのモデルになろう。(謝ることも含 めて)

    ④2学期も,みんなで支え合ってやっていこう


     私の職員室での役割は,この目標を「忘れないでいること」です。

    このことを覚えていて,子どもたちや自分たちの事実とつなげながらモニターすること,と思います。

     12月の「2学期末振り返り」で,ここにある①~④の目標に対してどんなふうに感じられたらいいのか,をイメージしながらこれから始まる2学期を楽しみたいなあ,と考えています。

    2学期がはじまりました

    08:10

     2学期が始まりました。

     いつもなら,

    「さあ,始まるな!」

    という高揚感みたいなものを感じながら,新学期に入るんですが,今回はなんかそれが足りなく,すーっと2学期に入るような気がしていました。

     始業式の朝。子どもたちが登校してきていつもの通り,玄関でおしゃべりしたりはするんですが。

     

     今年は担任がありません。例年だと,教室で夏休みの出来事をどどどーと話す子どもたちに相づちをうったり,夏休みの作品を見せてもらいながら,

    「へー!」

    とか思ったりするんですが,今年はよく考えたら,それがないんだなあ。

     「さあ,今日から2学期だ!」

    みたいに始まって行かないのはそのせいかも。

     いいのか,悪いのか?

    2016-08-25

    米づくりと人づくり2

    06:50

    http://dendentanbo.sakura.ne.jp/

     先日の米づくり農家,Kさんと話した時のこと。

    木村さんは,無農薬でお米を作りたいという考え方。

    「私は,田んぼに生き物がいるという姿が好きだし,いいと思う。一方で今の多くの田んぼはイナゴすらほとんどいない状態。無機質にも感じます。」

    という話のあとに付け加えたのがこの言葉。

    「でもですね,だからどこかが悪い,という論調にはならないし,してほしくない。。米づくり農家は効率を考えないと,食べていけないという現実も一方であるんです。」


     自分が正しい,相手が間違っている,という話になりがち。でも違うんだよね。それぞれいろんな事情で今それを選択しているわけだ。

    「農家にとって田んぼは“遊び場”とも思っている。ぼくは楽しく農業をしたいから。」

    「こんなに楽しい農業ってあるのか!,って感じですね。汗ぶったらして仕事が終わったときの達成感。人間らしい生活の原点を感じるんですよ。」

    「みんなで作業するとね,田んぼはコミュニケーションの場になるんです。」

    と話す。


     Kさんは,自分が楽しいから,周りとはちょっと違った米づくりにチャレンジしている。

     自分は何を大事にしたいか,していくかってことなんだなあ。「正しい」「正しくない」という論調ではない。考えがそこに至るエピソードもさらに聞きたくなる。

    2016-08-24

    米づくりと人づくり1

    06:51

     先日,ある米づくり農家の方と福祉施設の方と,合わせて5人でおしゃべり(打ち合わせ)する機会がありました。

     というのは,9月にある地域団体の主催で「福祉(くらし),その来し方行く末,居場所・出番,生きる場所」というテーマでNPO団体の方,農家の方,そして学校・教室という立場で私,と三者がシンポジストみたいな感じで話す会があるからです。

     「農家にとっては,田んぼは遊び場なんですよ。そこにイナゴやザリガニ,そんな生き物もいて欲しい。」

    「確かに効率的,も必要なんです。そうでないと食べていけない現実がある。でも“楽しく”仕事がしたいんです。」

    「みんなで汗ぶったらして稲刈りするとかね,大変だけど楽しいんですよね。」


     大事なことは,どんな仕事場でも同じなんだなあ,と思ったのでありました。

    教室や学校に翻訳しながら聞かせていただきました。すごくおもしろい。

    2016-08-22

    「赤いポロシャツ」

    22:04

     今日,ある方からメールをいただきました。

     

     フォーラムに参加してくれた,ある保護者の方から。

    「木村先生のところに連れて行ってくれた,赤いポロシャツのスタッフの方にお礼を伝えてください。」

    と。

     その方の,本フォーラムの参加目的は

    「木村泰子先生と話したい。」

    でした。どうしても木村先生に伝えたい,聞いてもらいたいことがあったのでしょう。

     でも,木村先生がどこにいるのか,分からなかったのかもしれません。うまく話しかけるタイミングが見付けられなかったのかもしれません。

     なんとなく,「どうしていいかわからない,困った」そんなような「雰囲気」

    を,その「赤いポロシャツ」のスタッフは感じたのでしょう。だから,声を掛けた。そういうことだと思います。

     その結果,その方は木村先生と話せた,ということ。


     『学び合い』を体現する,その「赤いポロシャツ」の彼。

     うん,結局は,『学び合い』ってそういう,目に見えにくい,ちょっとしたことの集まりなんだよね。

     だから,『学び合い』をする,とか,していない,とかそういう問題じゃあないんだと思う。

     

    じゃ,またね

    00:06

    フォーラム終了。

     後片付けも,一段落付き,いただいたお菓子を食べながらのながらの,ぼくらのサークルタイム。

     参加者の皆さんに書いていただいた感想を,回し読みしながらおしゃべり。

     

     みんな

    「疲れたね~」

    といいながらも,なんかうれしそう。


     ハイタッチ。

     スタッフによっては役割上,満足に分科会やフリートークに参加できなかったけれど。このフォーラムに向けての1年間が,フォーラムの2日間がそもそも,『学び合い』を体験的に学ぶ場になっていたんだなあ,と感じる。

    「じゃ,またね」

    といって帰るのも,ちょっと寂しい。

     いい「プロジェクト」ができた,ということでしょう。

     

    2016-08-21

    『学び合い』をしています、『学び合い』はしていません ?

    06:40

    「『学び合い』をしています。」「『学び合い』をしていません。」

    どうだと「『学び合い』をしています。」となるのかな。

    どうだと「『学び合い』をしていません。」となるのかな。


    そもそも、こういう言葉の使い方はあるのかなあ?

    と考えていました。

    2016-08-20

    「いい学校つくろうね!」

    00:18

     お世話になった教頭先生のお通夜に。

     

     思い返してみれば1年しか一緒に勤めていなかったんだなあ,と思う。よく夜の職員室で語ったり,転任された後も個人的にお会いして話したりしていたからか,2~3年一緒に勤めたような気がしていた。

    よく

    「いい学校つくろうね!」

    と声をかけてもらっていた。

    遺影もそう言っているみたいな感じだ。

     今までの感謝を手紙に書き,置いてきた。『学び合い』取り組みはじめの私を,様々擁護して守ってくださった方。そういえば,宮城でやった『学び合い』の会にも来てくださり,,たしか西川先生とも話したことがあったんだった。

    「いい学校つくろうね!」

    の言葉は,きっとこれから天国から私に言うんだろうなあ,と思う。間違いない。

     でもそれは一人ではできないから,みんなとやることになります。

     お線香をあげ,しばらくご家族に思い出をお伝えした後,明日の『学び合い』フォーラムの前日準備に。

     元気だったら,必ず参加してくれるだろうけどなあ。

     本当に残念。

     『学び合い』フォーラムは明日から2日間。宮城東松島市で。

    2016-08-17残念

    私が『学び合い』を本格的にスターとさせた時西側お世話になった教頭先生の訃報が携帯のメールに届いた。


    本当にびっくりした。病気を患っていらっしゃることは知ってはいた。それで、定年までに1年を残しご退職されていた。この春には、その教頭先生と当時の同僚の先生と一緒に食事会をし、4時間以上もおしゃべりをしていたのに。

    この教頭先生には本当にお世話になった。『学び合い』をスタートさせた当時、さまざまなことから私を最後まで守ってくれていた。

    「私もずっと一斉指導でやってきたから、あんたがやろうとしていることが、なんだかわからないところもあるんだ。でも、あんたの思いは信頼できるできる。」

    と言って、当時の私の不備の多い『学び合い』を認め、そのまま続けさせてくれた。きっと私には伝えていないことでも守ってくれたに違いない。

    転任されてからも、時々ファミレスであって深夜まで学校や子どもたちのことを話したことも思い出す。本当に熱い教頭先生だった。


    あの教頭先生がいたから、私はいまも初心を貫けていると思う。

    訃報を知ったのが、

    「授業のユニバーサルデザインと合理的配慮」に関する出張中。そして、お通夜は『学び合い』フォーラムの前日。

    フォーラムの準備をを済ませて、ご挨拶に伺うことになる。

    本当に残念である。

    「おかげさまで、いまもやれています、ありがとうございました。」

    と伝えたい。

    2016-08-12

    フォーラムの「その先」

    07:47

     フォーラムの準備を進める過程で,様々な立場や役割,職種の方々とお知り合いになれたり一緒に活動する機会をいただいたりすることができています。


     振り返ってみれば,3年前かな?ホワイトボードミーティング講座に参加し,そこに集まる介護や医療,会社の方々と一緒に学ぶ機会を得ました。そこで交わされる課題はまさに,教室や学校で向き合っている課題と同じでした。

    「学校も社会も同じだ…」

    と実感する事ができました。そして

    (もっと違う職種の方から自分が学ばないと)

    と思ったのでした。そこからスタートしての今。学校や教室の見え方も以前とは変わってきたなあ,と感じられてきました。いや,変わったというよりも広がりをもって見られるようになったとでも言えます。

     フォーラムがきっかけで,介護や福祉,まちづくりの方々と一緒に実際の教室の在り方を見合いながらそのつながりを考えたりする機会もありました。また,小学生や中学生と一緒に学校や教室への期待を話し合うこともできました。図書館員の方々との勉強会もスタートしました。

     そういう方々もフォーラムに集まってくれています。ありがたいことです。


     フォーラム後。そこまでのプロセスの中でかかわりが持てるようになった方々を核にさらに広げていくこと,一緒に子どもや地域のことを考える場を小さくても継続して続けていけるようにしていくこと。学校の中に人を招くこと以上に教師が異業種の方々とフランクに意見交流できる場があること。フォーラムの「その先」が実は大事だなあ,と考えています。

    2016-08-05

    「理想と現実」

    14:52

    このあいだの「理想と現実」のことを考えている。

    「そんなの理想だ」

    という言葉はたまに聞く言葉。言われたこともある。

    (んーーーー)

    と思ったり、がっかりした気分になることも正直ある。

    とはいえ、見方を変えれば、それが「理想だ」と思っている、その理想をできるんだったら実現したいと思っているということでもある。今のところ、その理想を実現する術が見当たらないとか、何をしていいのかわからないとか、今までトライしてきたけどうまくいかなかったとか、そんなことが積み重なっての

    「それは理想だ」

    なのかもしれない。

    一人でやろうとすると「それは理想だ」になってしまう。確かに一人では無理。でもみんなでやればできそうだな、って思える。少なくとも近づける。

    そうだな、みんなでやればいいんだ。

    「一緒にやりましょう」

    でいいんだな。

    2016-08-04

    「第31回共生型ケアを広める会」での『学び合い』×信頼ベースの学級報告

    01:02


     『学び合い』フォーラムの準備に取り組む過程で,お付き合いが始まった「共生型ケアをひろめる会」

    福祉や就労支援方面の方々,障がいのある方のサポートをされている人などの集まりにお招きいただき,昨年度の実践と,地域につながる学校・学級のイメージをお話させていただく機会をいただきました。あ,そうだ,目の不自由な方と一緒に石巻初の盲導犬(本物!)も来てくれました。盲導犬にも発表したのは,日本ではきっと私だけだと思う。笑

     聞き手が教員以外の方々に,クラスのことをお伝えするのは4月のSNJ(せんなん地域づくり勉強会)以来2回目。教員以外の方々にはどういうふうに受け取ってもらえるかを楽しみにしていました。

     約30分ちょっとのプレゼン。前半は,ホワイトボードミーティングの「ヒューマンスキルとしてのファシリテーション」(心の体力)のインストラクションチャレンジ。この考え方があっての,授業も含めたクラスづくりだから。

    キーワードは「自己選択」「自己決定」「基本的人権」「エンパワメント」「日常のコミュニケーション」。ここを説明してから,クラスの日常を見てもらったほうがより理解してもらえるかな?と考えたので。

     クラスの日常をムービーで。サークルタイム,『学び合い』,ミニホワイトボード,ホワイトボードミーティング,遊び,会社活動・・・。写真だったり動画だったりだから日常を切り取ったものであることには変わりがないから,クラスの全てを表しているものではない。ごたごたしたりうまく行かなかったりもするのが当たり前。それも含めての日常。その積み上げ。

    「こんなふうに,毎日の授業を中心とした学校生活の中で子どもたちはトライアンドエラーを繰り返しながら,経験を積み上げてきたんです,くらいはお伝えできているとうれしい。

     その後,私の報告を聴き,クラスの用紙を見てのみんなでおしゃべりタイム。教員じゃないにしても,普段から人にかかわるお仕事をされている皆さん,共感しながら受け取ってもらえたようでうれしい。

    「職場のように学ぶ」

    姿に,特に興味を持っていただいたように感じました。

    1つ

    「これは理想の教育だとは思う。しかし理想だけではうまくいかないはず。大きな学校ではもっと苦労しているはず。このような理想の取組が市内の大きな学校でできるのか?」

    という問いもいただきました。

     私は

    「できます。」

    と。

    「理想だけ追えばいいわけではないのでは?」

    という問いに

    「私たちが理想を追わないでだれが追うのでしょう。」

    と,すっと自分で言えたことが,以前とは違った確信。


     しかし,一方で理想を追えないくらい大変な状況にある先生もクラスもあることを同時に認識していないといけないことはもちろんのこと。その意識は一緒に話し合うときには必要な視点なんだと今は感じることができる。

     今回「共生型ケアをひろめる会」の方々と,「地域と学校」「就労と学校」のようなテーマで意見交換でき,またまた新しいつながりも生まれたことに本当に感謝したい。そして次の会の話もちょっと進められたこともうれしい。


    会の代表の方がお話しされたのは「住み慣れた地域社会で,みんなで幸せに生きることを目指したい」ということ。

     立場の弱い方々を,どうみんなで守りながら(その結果守られながら)生活していく社会。学校・社会はその縮図でありトライアンドエラーを繰り返せる練習の場,という意識を強くしました。

    2016-08-02

    ホワイトボードケース会議の出張

    23:39

    今日は,宮城県総合教育センター主催(宮城県教育委員会主催)の「ホワイトボードケース会議」の研修会に参加でした。

     「誰にでも意見がある」という「当たり前のこと」を確かめ合うためのミニホワイトボードの活用からスタート。当たり前とは言っても,この当たり前のこともなかなか大事にされないことだって実際はあるわけです。だからこそ,「この当たり前のことを大事にします」を確かめ合うことってやっぱり怠ることはできないんだなあ,と思うし自分自身意識していないといけないこと。

     「心の体力」のインストラクションはやっぱり何度聞いてもいい。だから,ファシリテーションのスキルは必要だということが分かります。特に私が好きなところは,見立て(アセスメント)のところ。『学び合い』をするにしても,アセスメントをはじめ,このファシリテーションのスキルを知っていることで安定的に取り組むことができると私は感じています。

     ホワイトボードケース会議。情報をみんなで共有することで課題も共有できます。そもそも課題設定にからみんなが参画する訳ですから,だれもが当事者になります。方向性をみんなで決め,みんなでその成果も課題も共有する。ホワイトボードケース会議のプロセスそのものが『学び合い』でいう「目標と学習と評価の一体化」と同じ事ではないかと思います。

     この体験を,県内の多くの先生方が,出張で体験している意味は大きいと思っています。

     

    大学生と

    06:34

     淑徳大学の学生さんが数人来校されての学習会初日。震災後からスタートしている活動

    いつもなら,子どもたちと学生さんだけの学習会のようだが,今回は私も入って授業風に。実は先週末「うみねこキャンプ」という学校お泊まり会があって,その際には海に行って釣りをしたり,ウニやホヤをとって殻をむいたりするなど浜の体験活動も行いました。その活動の様子も2学期以降,地元新聞の記事として仕上げていくこともあり,今のうちに記事の下書きをしたかったからです。

     ミニホワイトボードを使ってのペアコミュニケーションで体験の振り返りをした後に,ホワイトボードを見ながら文章を書いていく流れ。学生さんには,その作文(記事)の「最初の読者」になっていただく設定。

    「うみねこキャンプのことを知らない大学生が読んでも分かるような記事にしようね。」

    「読んで,おもしろいなあ,と思ってもらえる記事にね。」

    「読んでもらえる記事を書くのが新聞記者の仕事だからね。」

     下書きが完成した子から,思い思いに大学生のお兄さんお姉さんに読んでコメントをもらったり質問されたりしていました。そんな様子もなんか温かいものです。