次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2016-07-13

    ゆっくり歩く

    00:03

     今日は「地域活動指導者養成講座」というのに出張で参加させていただいた。学校に回ってきた募集要項を見ての参加。県の生涯学習分野での主催なので,参加者は学校教員はごく一部でその他は児童館や地域団体の方が多かった。

     テーマは「自然であそぼう!~身近な自然を楽しもう~」。ネイチャーゲーム体験

    参加者同士のアクティティを少しした後に,4,5人のグループごとに近くの勾当台公園に。1~18までの色見本と同じ色を,公園内の自然のもの(木,花,石,生き物…)などから探していく「森の色合わせ」。メンバー同士で

    「これは○番の色に近くない?」

    「うーん,ちょっと違うかなあ??」

    「あ!これはいいよね!」

    とか言いながら,色探し色合わせをして行った。

    「この距離,普通に歩いたらきっと30秒とか1分,ですよね。これだけの距離をこんなにゆっくり歩く事なんて,大人は日常では滅多にありませんよね。でも,これが子どものペースだし目線なんですよね~」

    と講師の先生がつぶやかれた。

    (あ~,そうだなあ)

    と。

     急がせてしまうと見えなくなること。いや,急がせるというより自分が急いでしまうと見えなくなることって多い。ゆっくり歩くからこそ見えることがある。そこに確かにあっても,急いでいると見えない,見ようとしないと見えないことってすごくある。

     何でも同じだな。

     見ようとしないと見えない。

    最後に『センスオブワンダー』(レイチェル・カーソン)のこと。

    「「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。

    子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。」

     本当に大事なものはなにかな?と考えたときに,へき地小規模校にもアドバンテージはかなりあるはず。「ないものはない!」と謳った隠岐の島海士町のポスターが頭をよぎったが,「あまり注目して見てこなかったけれど実はあるもの」があるよね,と思って帰ってきた。