次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2016-06-30

    毎朝のことだから

    06:10

     毎朝のことだけど。

    子どもたちは登校すると,玄関の所にランドセルを置く。それからサツマイモ畑他に水やり。

    それが終わると,玄関近辺に集まって,5人でしばらくおしゃべり。そこに養護の先生も入ったり担任の先生も入ったり。昨日の出来事だったり,面白い話だったりをして笑い合う。

     どうってことのないことなんだけど,これが一日のスタートとしてはいいよなあ,と思う。

    いわゆる一日の「チェックイン」みたいなこと。

     毎朝のことだから,なおさら貴重なんだな。

    2016-06-29

    地域を学ぶってことは…

    06:09

    震災後5年以上が経過した。

    震災と少子化の影響で,この地域では「地域の復興」と学校の閉校・統合が進んでいる。

    このことは,学校側から見れば,学区が広範囲になるということを示している。

     学校では,「総合的な学習」や生活科などで,「地域」の「ひと・もの・こと」を教材にして学習活動を行うことが多い。そして「チーム学校」「社会に開かれた教育課程」などの提言の影響か,かつて「総合的な学習」がスタートしたときのように,再び「地域」教材の活用が注目されているように感じる。

     しかし,「学区」は学校にとっての「地域」ではあるが,子どもにとっての(生活エリアとしての)「地域」とは異なる場合も実は多い。かつては子どもの生活エリアとしての「地域」と「学区」という学校側の「地域」はほぼ一致していた。しかし今は学区の拡大で,そうではないところが多い。

     だから,学校としては「地域」を教材にし「地域」に愛着を感じてもらおうとするものの,実際にはずれが生じることもあるのではないか。そもそも「地域」とは何か?私たちが地域教材の活用を通して子どもに感じて欲しい「地域」とは何か?「地域」を愛するって何か?

     「地域に住んでいる人や地域のもの・こととの思い出」「地域に住んでいる人が好き,と感じられる体験の積み上げ」,「人とのつながりが作れる,作れた,実感できた体験」。「仲間だなあ,安心できるなあ,と感じらた体験」。コミュニティ。そこでの学習・体験を通して,自分でも将来コミュニティを作るる主体者になるベースとなる体験。私が今イメージしている「地域教材を活用する」目的はこんな感じ。

     そこに学校や教室はどうつながっているのか,つながっていけるのか。そんなことを考えている。

    2016-06-25

    「『対談 鷲田清一×遠藤恵子』

    23:01

     今日は,エルパーク仙台30周年記念イベント「『対談 鷲田清一×遠藤恵子』足もとから未来志向。」に参加するチャンスに恵まれた。

     

     「鷲田清一」という名前に惹かれてこの催しに参加申込をした。

     私の好きな作家の一人に重松清さんがいる。重松さんの編著である「教育とは何だ」(ちくま文庫)の中で,重松さんと対談していたのが哲学者「鷲田清一」先生である。その対談の中で,鷲田先生は,

    「『哲学』の授業というのは、教室での『このクラスをどうしたらいいのか』『クラスでトラブルがあったらどう解決すればいいのか』という話し合いにつながるんです。ルールを守るものという受け身ではなく、もっと実際的な議論をやる。そういう対話の方法として哲学があるあるんです。」(「教育とはなんだ」重松清編著)

    と話している。この言葉が特に印象に残り,お名前もインプットしたのである。

     今回の主催は「公益社団法人せんだい男女共同参画財団」。だからテーマも「男女共同参画」。面白いなあ,と思った初めは「ワークライフバランス」の話。聴きながら

    (え?どういうこと??んん?)

    って感じながらのことなので,もしかしたら正確な記述ではないかもしれないが…,こんな話。

    「ワークライフバランス」という言葉,大事なことだけど,誤解されやすいのではと感じている。」

    「ワークは仕事,ライフはプライベートというとらえでしょうが…」

    「仕事(働く)=勤務では本来ないはず」

    「かつては,働く場所が生活の場所でもあった。ワークとライフは同一な面があった。」

    「通勤が前提となっているから,ワークライフバランスと言わなくてはいけなくなっているのでは?」

    「これからは,働くこと=1つの会社に勤めること,という就労関係を見直す,つまり労働の形を変えることも必要ではないか。」

    「今はもう以前とは時代が違う。まず正規で働くことが難しくなっている。1つの会社で安泰なんていう時代ではない。通勤を前提にするから『単身赴任』『別居』とかの問題が出てくる。」

    「もう,これからは昼ご飯を家に帰って食べられる所でしか働かないとかね…」

    「『複業』,二つ三つの仕事を兼ねるみたいな,そういう働き方。江戸時代はそれが当たり前でしたから。職住一致みたいな。」

    「労働の在り方を変えていかないと。意識だけでは男女共同参画社会は進まないかなあ,と感じる。今は工業社会のジェンダーのまま。ソフト時代のジェンダーに変えていかないと。」

     

     ともすれば,「ワーク」と「ライフ」は対になるものという理解をしてしまいがちではあるが,実はそれらは一体にもなり得る。「通勤とか雇用」=「ワーク」でもない。本来「ワーク」と「ライフ」は明確な境界はないのかも知れない。一体に近づいたときが,実は理想的な「ワークライフバランス」なのかもなあ?と思ったりもした。

     「対になるような」言葉を提示されると,それがいかにも別体で相容れないもの,境界があるもの,と感じてしまうことは多い。例えば「勉強(学習)」と「遊び」もそうかも知れない。「勉強(学習)」はさせるもの,教えるもの,と捉えると「遊び」とは相容れないかもしれない。しかし,両者は「学校」「教師」の立ち位置を変えて見なおせば(支える,一緒に楽しむ)とすれば,その2つは明確な境界がなくなりはしないかなあ,とも考える。「勉強時間と遊び時間を区別しなさい」という言い方は学校ではよく聴くけれど,「遊ぶように学び,学ぶように遊ぶ」こともできるはず。本来は境界が無い状態で成立する方が高次であろう。

     鷲田さんは

    「金が動かないのが,いい街なんですよ。教育も育児も食事も,そこにいるメンバーで相互に扶助する。本当に住みやすいところは金がかからないんです。それができないから,サービスを金で買うことになる。都市生活の基盤は,消費サービスを購入する形で作られてきた。依存型なんですね。だから,実は東京を始め大都市が“危ない”んです。電気も食材も水も外部に依存しているわけですから。出生率も低い。貨幣経済なんですね,立脚するところが。」

     その言葉を聞きながら,

    (学校は,クラスはどうだ?地方,へき地といわれる学校に実はかなりのアドバンテージがあるんじゃないのか?)

    なんて感じていた。前提を疑えば,見え方は全く異なる。

     「当たり前」とされていることを,もう一度考えてみること。状況を良く見てみること。そんなことを,このお二人の対談から感じて帰ってきた。 

    2016-06-20

    呼び名はともかく,何を目指すか

    23:16

     震災後の石巻。学校現場における様々な問題(例えば不登校,いじめ,問題行動,学力不振など)の改善を図るために,石巻市教委が今力を入れているのが「マルチレベルアプローチ」(多層的,同時的,構造的なアプローチ)。広島大学大学院の栗原慎二先生を中心に,年間8回ほどの研修会を開きながら,それこそ「本気」で取り組もうとしている。今年で2年目になる。

     このマルチレベルアプローチには期待している。というのは今までは,案外「不登校問題なら不登校」「学力向上なら学力」のように,「焦点化」することにより課題の解決を目指してきた感が学校には強い印象があったから。しかしこのマルチレベルアプローチは,学校・学級をテーブルに例え,「テーブルをある一点から持ち上げようとしても,全体は上がらない。しかし4隅から同時に持ち上げれば,全体が上がる」という考え方。つまり,学校が抱える諸問題を「マルチレベル」で対応しようというものである。人間まるごと,でとらえようとするものと理解している。

     栗原先生は

    「何のためにやっているかというと、石巻を作り変えるため。先生方が転勤しても変わらないように。同じプラットフォーム。同じ考え方を持って多様な実践が出てくるといい。」

    「目指すところは、教育基本法の第1条 人格の完成 平和で民主的な石巻の形成者 心身共に健康な市民。つまり,平和で民主的な学級を作れる子どもであり,将来,平和で民主的な社会を作れる子どもを学校で育てるためです。」

    と話す。

     賛成である。そのために学校・教室はある。

     「マルチレベルアプローチ」理論を支える柱は,「ピアサポート」「ソーシャル&エモーショナル ラーニング(SEL)」「協同学習」「ユニバーサルデザイン」など。

    「お互いに助け合う活動がピアサポート活動」

    「子どもは植物のようなもの。成長には時間がかかる。」

    「プレッシャーやストレス抱えた子どもたち。そういう子たちがストレスを抱えて学校に来るのだ、問題が起こるのは当たり前。」

    「往々にして『この地域はだめだ』『この学校はだめだ』となってしまう。それでは問題は解決しない。教師としているプライドを持って仕事をするにはどうするか。」

    「崩壊していく日本、地域、家庭の犠牲者子どもはなっている。教師として何ができるか。それはそんなに難しいことではない。」

    「愛情が不足していれば愛情をかけるしかない。サポートするしかない。」

    「ピアサポートとは、子どもたちが子どもたち同士で相互に支え合う活動である。そして思いやりのある子どもたちを育て、思いやりのある学校風土を創造する。」

    「子どもたちの力を信じる、子どもたちには力があるということを。」

     このようなことを実現するための手法としての,先ほどの柱。

     目指していることは,『学び合い』であると私は感じている。「一人も見捨てない」(という自分の気もち,それが風土として根付けばいい)。話を聞きながらイメージするのは『学び合い』。

     私はそれを『学び合い』「信頼ベースの学級ファシリテーション」という言葉で表しているだけ。

     考えて見れば,呼び名が『学び合い』だろうと「ピアサポート」だろうとどっちでもいい話。

    「一人も見捨てない」という目的とそのイメージが共有できればいい。

     今回の市教委の取組のおかげで,ベースにあるその考えが市内の少なからずの教務主任,研究主任を務める方々に連続的に体験的に伝えていただけている。そして,校長会でも我々の取組をサポートしてくれるように話す,とおっしゃっている。

     私は『学び合い』の考え方に「学級ファシリテーション」のスキルを入れて実践している。私の中ではどっちがどうという区別がない。一体のもの。だから,スキルの名前が「ピアサポート」「SEL」でも私の中では

    「それは学級ファシリテーションだな…」

    という理解もできてしまう。

     とりあえず,「呼び名」ではない。自分の中に何があるか。それは他の人にとっても同じ。「呼び名」で取組が目的が異なるわけではない。

    「目指すところは、教育基本法の第1条 人格の完成 平和で民主的な石巻の形成者 心身共に健康な市民。つまり,平和で民主的な学級を作れる子どもであり,将来,平和で民主的な社会を作れる子どもを学校で育てるためです。」

    そこを共有できればいいのだな。

     

     

     そりゃあSELの練習も子どもたち全員に取り立ててする必要はないかもしれない。しかし,その練習を我々教師が体験的に学ぶ場があることで,いわゆる「指導が入らないとさらに指導」だけではないアプローチにつながって行く。

    「SELは体でわからせていくこと。部活と同じ。そして日常生活への展開をするのです。」

    と栗原先生。

    「部活と同じ…。」


     ね,そこ『学び合い』ですね。(笑)

     今は名前(呼び名)にこだわっている時期ではない。

    「教室『学び合い』フォーラム」も,石巻では「教室『ピアサポート』フォーラム」の方が通りがいいかも…」

    なんて思ったりし

    2016-06-18

    仲間が近くにいることがうれしい

    09:02

     地元研究サークルの事務局の一員をやっています。大先輩から引き継いだ役割です。毎月1回の例会も300回を超えました。

     6月例会の報告は,20年近く(以上か?)この研究会で一緒に活動し,この間まで同僚でもあり,年齢もほぼ同じY先生の報告。

     さすがのY先生でした。

     こういう仲間が近くにいることが本当にうれしい。相談できる仲間がいることがうれしい。

     例会報告は私が書きました。

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    あすみの会6月例会報告

    「子どものために怒っているのだろうか」

    報告者 Y先生

    1 Y先生も怒るのか

     Y先生も怒るのか‥。そう思った。いつも穏やかに笑顔で子どもたちに接している印象が強いY先生である。「怒るんだあ‥」と。

    2 レポートの項目

    レポートの項目は以下の通り。

    ⑴「怒る」より「叱る」方が良い

    ⑵ なぜ「叱る」ことができないのか

    ⑶ 子どもたちのために怒っているのか

    ⑷ ではなぜ「怒る」のか

    ⑸ どのような場面で怒るのか

    ⑹ 怒って何か解決してきたのか

    ⑺ もちろん、毎時間怒っているわけではない

    ⑻ このような状況を話してからの変化

    ⑼ もう一度、原点に立ち戻る  

    ⑽ この頃の様子

    この項目に沿って箇条書きに、Y先生の内省の言葉が添えられている。

    3 新しい「あすみの会」のかたち

     新しい「あすみの会」のかたちではないかと感じる。どういうことかというと…

      

     ①実践「報告」ではない。

     ②途中で誰が「報告」者か分からなくなる。つまり報告者・参加者がみなほぼ平等に話す。

     ③報告者が,「その場で」「悩みながら」言葉を紡ぎ出している。内省的である。

     ④参加者の役割は「問い」を投げかけることであった。

     内省的であるから,言葉を飾ることもない。自分の心のうちを丁寧に振り返り言葉を紡ぎ出している,そんなイメージ。

    「・・・・・というとことだな,・・・・いや,ほんとの所は,きっと・・・だったんだと思う,うん。」

    のように。私たちと話しながらもY先生は自分とも話している。私たちはその場に「立ち会う」「伴走する」,そんな感じでもある。だんだん「報告者」と「参加者」の境界が無くなっていく。

    4 結局原点に立ち戻るしかない

     「もう一度,原点に立ち戻るしかない」。Y先生の結論は,ほぼここ。「元に戻る」と考えると新しい学びは無かったかのように思うかもしれないが,そうではない。戻ることが学び,そう感じる例会の時間。螺旋階段を上る感じといっていいだろうか。戻ることが視座を上げること。

    ○怒らないと子どもたちは穏やかになる。結局はここ。「怒る」は指導ではない。強制・圧力である。

    ここに気付いたことが今回の成果。

     上記はレポートの最後の記述。

    「今,このことにもう一度気付けたことが大きいな…」

     こうつぶやくY先生。そして

    「50にもなって,こんなことを今更考えてるなんて,ねえ」

    と笑う。

     しかし,50になっても,こんなことを考えられる,人に話せるYさんが,やはりすごいのだ。

    5 最後に

     今回は採用2年目の若い男の先生も初参加してくれた。

    「こんな学習会,初めてです。おもしろかったです。」

    と彼は話してくれた。Y先生のマインドが,彼にも何かの形で伝わったのだと思う。こういうバトンをこれからの「せんせい」に手渡していく「あすみの会」でありたい。

            

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     こういう「研修」「校内研究」でもいいんじゃないか?って思っています。

    ありじゃないかな。

     一人でがんばらなくていいし,みんな同じようなことで悩んだりしているんだね,と分かるだけで助け合える。

    2016-06-16

    「大人も子どもも一緒に学び合う学校」を目指したい

    06:02


     全校5人の小規模校。併設中学校は生徒7人。

    「そんなに少なくてどうするかなあ…」

    と思っていたけれど,最近は

    「5人だけど,5人だからやれることってすごくある。」

    と感じてきた。

     6年生の社会科では単元のまとめで,学習して新聞形式にまとめた。その新聞を使って

    ①まずは自分一人で発表の練習

    ②私を相手に発表の練習

    ③2人の4年生に対して発表の練習

     で,ここから「本番」

    ④校長室に行き,校長先生に説明

    ⑤併設中学校職員室で中学校の社会の先生,保健の先生(社会がかなり苦手らしい笑),校長先生に説明

     その都度,質問を受け応答したり頑張りを認めてもらったり。何度も発表したり質問を受けたり,,その場で調べなおしたり,時には新しい知識を聞き手から教えてももらったりするから,その都度賢くなる!

     「全校5人」とはいえ,「校舎内にいる人」を考えたら教師・児童生徒合わせると30人以上になるじゃないか,という発想。6年生は一人だからフットワークも軽く,他の学年の教室にも職員室のも「いつでも」出かけて,こういうことができてしまう。おそらく「普通の」学校ではできないことだろう。

     4年生の社会科でも2人の4年生が「地域の水道の水はどこで,どんなふうにきれいにされて学校間まで届けらえるのか」を模造紙にまとめて発表。6年生の場合と同じように教室で練習後,他学年の教室や職員室・校長室に「出張」説明。

     校舎内全部が職員室も含めて,自分たちの「教室」(!?)

     というか,学びのエリアになりだした?


     中学校職員室で,6年生のMさんが社会の新聞を説明している隣では2年生のT君も中学校の別な先生に自分の書いた作文を読んでもらってコメントをもらっていた。自分が学んだことを他者と共有して楽しむってイメージ。

    「質問されて分からないこともあるよね。それでいいんだよ。むしろその方がいい。そういうときには,『そこはまだ分からないのであとで調べますね。その後来まーす!』ってにっこり笑って言えばいいんだ。本当の勉強は『何が分からないかが分かる』からスタートするからね。」

     人に伝えるのが楽しい,人とかかわりながら自分のチャレンジをする,繰り返す。

     人とかかわり合いながら学ぶのに,人数が少ない,多い,はそれほど大きな問題ではないことが分かってきた。人数が少ないからこそやれることって実はかなりあることに気付く。まだまだ可能性はある。

     「大人も子どもも一緒に学び合う学校」にどんどんなると,ステキだ。

     小規模校の強みをいかすには?,を考えて

    2016-06-15

    05:59

     

     みんなで学ぼう

    06:25

    教務ですが,担任の先生と共に「総合」「生活」の授業も一緒に行うことになりました。昨日は,その初回。全校5人ですから,先生とも子どもとも文字通り全校授業です。

     地元新聞社(2社)との縁で,結果3ヶ月おき・年間3回の記事を作成するチャンスをいただきました。記事づくりを一つ一つの節目にしながら調査し,まとめていきます。漁村地域,少人数学校,中学校と併設など他地域・他校とは異なる環境にあります。地域や学校生活を教材にして,ここならではのよさをあらためて感じ,確かめ直す学習にしていきたいです。そしてここでの経験が子どもたちがこれからどこでどんなくらしをするにしてもよりどころとなるように。


    今回は,

    「○○地区というと?○○小というと?」【発散】

    「記事にしてみたいことベスト4」【収束】

    「どの順番で調査していく?」【活用】

    でみんなで初ホワイトボードミーティングからスタート。

     全校学習のスタート。子どもも学び合い,大人も学び合う,そんな感じにしていきたいです。地域にもどんどん出て行って,地域の方々ともたくさん学び合う,そんな楽しい活動にみんなでしていきたいなあ。

    2016-06-14

    職員室の「目標と学習と評価」の一体化

    06:04

    もうすぐ指導主事訪問。今回は,代表の若い方が授業提供をしてくださいます。

     

     そこで,昨日は担任陣2人と私で授業プランを立てました。

     「児童の実態」については,ホワイトボードミーティングRの「情報共有会議」のフレームで。3人が知っている情報をお互いに出し合いました。

     3人の情報と見立てをホワイトボード上で共有できるので,

    「なんでこうだったのかなあ?」

    と疑問に思っていたことも

    「ああ,そういうことか!」

    と思えます。

     また,

    「これからどうなってほしいか」

    「どうしていきたいか」

    という思いも,お互いに確認できました。

     あとはそのホワイトボードの記録をもとに,「児童の実態」を文章化するだけです。

     1回の研究授業の準備が,今後の方針になります。

     共通の目的に向けた情報共有をいかに行うか,そして実際の行動に移していくかが職員室づくりにおいても大切だなあと感じました。

     大人の『学び合い』の場。「評価」の場は授業研究会の事後検討会,になります。

     職員室の「目標と学習と評価」の一体化かな。

    2016-06-09

    職員室とクラスは同じだから

    06:24

     職員室のコミュニケーションが良好になればなるほど,全ての人にとって(子ども,教職員,保護者,地域の方々など)居心地のいい学校に近づいていくだろう,と考えている。

     この場合の「良好」とは

    ○話したい時には,誰とでも気軽に話せる。

    ○困った時には「困った」「手伝って」と言える。

    ○自分も他者も大切にできる,尊重できる。

    ○自分がそこにいてもいい,という安心を感じることができる。

    みたいなこと。「いいクラス」のイメージ。さらによくしていったり,維持していくためにも「良好なコミュニケーションが必要」とも言える。

     「こういう職員室をみんなでつくろうね。」

    と,みんなが思えばできる。当たり前と言えば当たり前であるが。しかし,実際にはこの

    「こういう○○」

    のイメージを確かめ合う対話がなかなかできないことも多い。忙しかったり,時間が無かったり。そういう話ができるまでのコミュニケーションが足りていなかったり。そういう話をした経験が今までない場合もあるだろう。

     本校の職員室は,和気藹々としていて私は過ごしやすい。管理職の先生方も職員のことを考えてくださるし,私たちも年齢の違いを超えて気軽に話すことができるから。だからこそ,更に進化するにはどうするといいかなあ?と考えていることがある。

    1 より対話が生まれる「会議」にする

     例えば,職員会議。私が今まで勤務した学校は,全て会議の最初の項目は「校長指示・伝達事項」。これも必要ではある。しかし,その前に「今月どうだった?お近くの方とおしゃべりしてみてください」というペアトークからの情報共有からスタート,なんていうのはどうかなあと思っている。テーマは学校教育目標から下りている3つのスローガンで。その対話の中で,子どもたちや自分たちのエピソードの共有が図られ,背景までをお互いに共有する。学校の教育目標についての「いまここ」を毎月振り返るイメージ。この学校における最も大切な「項目」を気軽な対話で振り返り,毎月少しずつ積み上げていくイメージ。この対話が継続してあることで日常のコミュニケーションも,より豊かになるのではないかなあ,と考えている。また,お互いに温かい雰囲気で聴き合うことで会議のアイスブレークになる効果も期待できる。

    2 たわいもないおしゃべりをみんなでする「場」を意図的に設ける

     職員室は意外と忙しい。一日中学校にいるのだから,いつでも集まっておしゃべりできそうであるが,意外とそういう時間は取れない。取ろうとしないと取れない。

     「コミュニケーションの量が確保されて,はじめて質に転換する」

    と教えてもらったことがある。経験的に確かに納得できる。はじめから「深い話」「難しい話」「つらい話」はできない。日常の「浅い話」「明るい話」「楽しい話」が十分できていることが条件であろう。だからこの時間を意図的に設ける,ということ。

     具体的には,「休憩時間」をみんなで集まってお茶の時間にする,ということ。定められた「休憩時間」があるのだけど,ふつう職員室では現実的にはその時間も仕事をしている。それぞれで行う場合もあるし,会議が入ってしまう場合もある。だから,その休憩時間を「休憩時間」として機能させよう,ということ。強制参加ではもちろんなく。その場が楽しければ自然と集まる。だから楽しい場をみんなでつくる,ということ。そこでのおしゃべりは,必ずその日の授業のことや子どもたちとのかかわりのこと,も含まれるはず。それが共通の話題だから。簡単な打ち合わせや確認もそこで気楽にすることもできるだろう。本校のような小規模校なら「生徒指導協議会」や「研究全体会」は必要なくなるだろう。


     1(公式な場)も2(非公式な場)もどちらも大切。相互補完し合うイメージ。


     まだまだ,妄想段階だけど,思っていることは実現できるはずだから何かアクションを起こしていこうと考えている。やり方にこだわらず,柔軟に。職員室が「全ての人にとってより居心地のいい」場になることは,子どもたちにとっても保護者にとっても地域にとっても大切なことである。

    2016-06-08

    「全員」で学べばいいんだね

    06:32

    全校5人の小学校。

    全員が一箇所に集まってそれぞれの課題に取り組む。

    先生たちもそこに全員集まって,子どもたちに

    「困ったら相談にきてね。」

    「もちろん,どの先生に相談してもOK!」

    と伝えて置き,オープンな雰囲気を保つ。

    そして,先生たちはその同じ場所で,自分たちの学習を同時進行でする。校内研究のための本を読んだり話し合いをしたり,そのた何でも自分の学習,研修をする。子どものたちの学習のモデルとなるように。

    「そんなふうにできたらいいね。でもきっとやれると思うよ。」

    と同僚と話していた。そうしたら

    「じゃあ,職員室で子どもも勉強するイメージですね。」

    と。

     ああ,そうだなあ。全校5人ならそんな感じになりますね。

    子どもは5人だけど,先生も入れたら10人超えるよね。「全員」全員で学べばいいんだね。併設中学校もあるから,中学生が入ってもいいですし。

     

    2016-06-06

    急遽,社会科見学?

    21:57

     2時間目が終わり,職員室に戻ったら,消防署の方々が来校されていました。それも消防車と救急車で!このチャンスは逃してはならない!ってことで

    「あの,消防車,子どもたちに見せてもらってもいいですか?」

    とお願いしてみました。本物を間近で見ることができるまたとない,いい機会であるので。

    (本校から消防署まで行こうとすると遠くて大変なんです。おまけに4年生は2人しかいないので,バスを借りて行くわけにもいかないですし…)

    「あ,いいですよ。説明もしましょうか?」

    と快くOKしていただけました。やったあ!

     早速子どもたちにそのことを伝えに教室に上がりました。子どもたちは,すでに「筋肉と骨」に関する問題づくりを始めていましたが,私の

    「消防車見せてもらえるから,下においで!予定変更!」

    という言葉を聞くと,

    「え,なんで?」「どうして?」

    といいつつも,事態を理解すると,嬉々として階段を下りていったのでありました。

     隊員の方々に,消防車の内部や積んである様々な道具を見せていただきました。運転席には,火事が起きた地点など出動する場所が地図上で確認できるモニターがあり,消防隊員は通信指令室からの情報が常に確認できるようになっています。

     様々な道具についても

    「これは,何ですか?」

    の質問に

    「この道具は,これこれの場合に使います。」

    「この道具は,こういう時に・・・」

    「これは,こういう状況のときに・・・」

    と一つ一つ説明してくださいました。

    「どんな時でも,どんなことが起こっても,余裕を持って行動できるようになっているんですね。」

    とCさん。

     消防車だけでなく救急車の内部を見せていただき説明もしてもらえました。指にはめると血液中の酸素の量を測れる装置も試させていただいたり。

     本物の消防隊員さん・救急隊員さん,と本物の消防車・救急車。やっぱり本物はいいなあ。

    2016-06-04

    手ごたえのある応答関係って

    07:53

    ここのところ、頭の中にあるのは

    「へき地、小規模校の強みをどう生かすか、それを学校の中にだけ押し込めないで世の中における汎用性みたいなものにまで広げて考えるとどういう位置付けになるのか」みたいなこと。


    子どもの数が少ないというのは仕方がなく、すぐに何とかなることではない。しかし、少ないというのは同じ年齢の子どもがいない、だけの話。そうだったら、学校を卒業した後はむしろ同じ年齢の人がいない、少ないというのはそうそう珍しいことではないわけだ。

    どうやって、子どもたちを中心にして多様な応答関係をつくるか、を思考錯誤している今である。子どもが少なければ、大人を巻き込む以外にない。その場合の大人は、子どもを子ども扱いにするんじゃなくて、子どもを人間扱いにしないとかえってよくないんじゃないかな、というのが今の感覚。大人が多くて子どもが少ないと、ときに余計なことまで手を出して、いわゆる手のかけすぎになるおそれもある。

    子どもにとって、周囲との応答関係が「手ごたえのあるもの」となるには?

    しばらくそんなことを考えながら、毎日をよく見ていたい。

    2016-06-03

    お任せしたくてしていたんじゃないんだよね,たぶん

    06:52

    4時間目 4年社会  「安全なくらしを守る」最終回 クイズづくり仕上げ

     教科書を使った学習のまとめと,関連してさらに学習を広げる・自分の知りたいことにチャレンジしたり,「へえそうなんだあ!」を味わうためのクイズづくり。そして学んだことで他者と交流することの楽しさを味わうためのクイズ発表。

     少人数だからこそ,やってみようと思ったこと。

     Y君とCさんでクイズづくり。やっているうちにCさんがクイズをつくり画用紙に下書きをし,Y君がマジックでなぞる,みたいな役割分担ができてきた。

     今までなら,

    「Y君もつくりなさい」

    とすぐ言い出すところだったんだけど,ちょっと様子を見てみよう,と。Cさんが

    「ねえ,こんなのどうかかな?」

    とかいうと,Y君がそれに応えながら,

    「じゃあ,これにしよう!」

    とか

    「これは,やめとこう」

    とかって話になっている。Cさんが原案を出し,Y君がアドバイスをしたりときにちゃちゃをいれたり,みたいな感じ。Y君も考えていない訳ではないだなあ。この二人の関係性の中ではこんな感じでの進め方が安定するってことなのかもしれないなあ,と思いながら見ていた。


     そうは思って見ていたんだけど,Y君が

    「ちょっと,まだ?Cちゃん,はやく次のつくってよー」

    と言ったときに

    (ん?)

    と思ったのであった。それでも

    (ちょっと様子をみようかなー)

    と。

    見ていても,どうもY君,自分でも問題をつくるって意識はどこかにとんでしまっていてなんか,「クイズはCさんがつくる」お任せモードに入ってしまったように感じたので

    「ねえ,Y君,なんだかいつのまにか“Cさんにおまかせ”,みたいになったように見えるんだけど,どう?」

    って聞いてみた。

    「んーーー」

    と応えたY君,じゃあつくるかなあ・・みたいな感じに。

     どっちかというと文章を書いたり読んだりすることが好きなCさんと,どっちかというと読んだり書いたりするより活動するほうが好きなY君くん。Y君くんにとっては,クイズをつくるということはちょっとハードルが高かったようだ。だから,Cさんと「分業」してあんな感じになっていたんだなあ,と今は感じる。

     自分でもクイズをつくることを決断した(させられた笑)Y君くん,傍らの関連図書の本を広げ,

    (じゃ,やるか)

    って感じで,Cさんや,私に

    「こんな感じではどう?」

    ってききながら,クイズづくりに取りかかったのでありました。

     決してやる気がない,お任せ,とかじゃなくて,ちょっとハードルが高かっただけなんですねえ。いったん乗り越える経験ができる次はきっとチャレンジできるかな。だから続けること,繰り返すことは必要なんだなあ。


     今回までに出来上がったものに付いては,給食の時にランチルームでみんなに(全校の5人と教員たち)に出題。中途で残ったクイズ数問は隙間時間に仕上げて,来週の給食時間にということに。

    2016-06-01

    学校教員以外の方から学ぶこと

    06:22

      この夏の『学び合い』フォーラムに向けての実行委員の一人を現在,やらせていただいています。それはそれで,それなりには大変なことややりくりが必要なことが出てくるのですが,そのことで得をしているのは実は自分だなあ,と感じます。

     昨日も,この準備に関連することで1日に二人の方とお話しする機会を得ました。どちらの方も学校教員ではありません。この「学校教員以外」の方から学ぶことがとても大きくかつ,私が学校の中でやりたいことにプラスの大きな影響を与えていただけていることが,本当によく分かるようになりました。

     立場は違っても,目指すことが同じなら協働できるし,それが楽しい事が分かります。

     おそらく,私以外の実行委員の方々も感じていることだと思います。

    クイズづくり

    06:12

    4年生2人との社会科。

     自分たちの生活の安全を守るために警察機関や,自治組織はどんなことをしているのか,という学習のまとめ段階。

    自分たちの生活の安全を守るために警察機関や,自治組織はどんなことをしているのか,という学習のまとめ段階。

     はじめ,これもレポートや表にまとめるつもりではいたのですが,子どもたちと相談し,もっとおもしろそうな?ものに変更。

     この人数の学校だから,同じ学ぶにしても,「多様な方々と関わりながら頭良くなる」ことを探りたいと思っている。学習の課題を媒介にして,たくさんの人とかかわり「勉強って楽しいね!」と子ども本人にも,関わる相手にも感じて欲しいし,「人っていいね」と人に対する信頼も積み上げて欲しいと思うから。

     子どもたちとの会話の中で

    「ああ!」

    と思いついた,「生活の安全を守るために,誰がどんなことをしているかクイズ」をみんな(と言っても子ども2人と私の3人だけど)でつくり,いろんな人にチャレンジする,というもの。難易度を3段階に分けてCレベルは小学校低中学年でも分かりそうな問題,Bレベル高学年や中学生向け,Aレベル中学校の社会の先生も迷うレベル,みたいな感じで。教科書や関連図書を集めて作成スタート。

     「出来上がったらランチタイムに出したり,中学校職員室に行ったりしてやる!」

    とのこと。おもしろそう。

     今日できたBレベルの問題の一つ。

    「事故がおき,110番通報しました。その電話はどこにつながるでしょうか?」「①近くの交番②警察の通信指令室③近くにいる警察官の携帯」

     さて?(笑)