次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-12-31

    やれることを続けるだけ

    22:19

     地元の研究サークル「あすみの会」は,何でもサークルです。教科にも縛られず,手法にも縛られません。とにかく,みんなで実践を持ち寄って検討する,そのことだけを大切にしてきたサークルです。毎月1回の例会は,すでに300回を超えています。

     もちろん,わたしは途中からの参加ですから,300回参加してきた訳ではありません。サークルを立ち上げた先輩に声をかけていただき,200回を迎える前あたりから事務局として参加させていただきました。

    「なんでもサークルであることに,意味があるんだ。」

    とその先輩はよく語っていました。また

    「その月の内容や,だれが報告するかで参加するかどうかを決めてはだめだ。参加し続けることでしか分からないことがある。」

     今,思い出せば本当に意味深いと思います。その先輩は,先の震災で命を落としました。私たちにとって本当に大切な方だったのに。

     震災後,様々な方がこの地域に支援に入ってくださいました。本当にたくさんの方々に。それは今も続いています。だからこそ,私たちは,もとに戻すのではなく,震災前よりも前に進んでいくことが大切。必然。


     何でもサークルであること。子どもや学校に関わるすべての方が,対話を重ね,それこそ「一人も見捨てない」を共通認識に,一緒にやっていくこと。それがこの先のきょうしつ,学校,地域,そしてさらに先につながっていくだろうなあ,だから続けないと,と思います。

     自分にできることは本当にごく一部だから,いろんな場をつくることを考えます。教室での活動も,学校内も,学校と外部団体も,いろんな方々が出会う場面も。そうすればどこかで何か歯車が動き出かもしれません。

     やれることをやれるように続けていくことを来年も,です。

     

    2015-12-30

    難しいものですね

    21:04

     言いたいことを言いたいように言えばコミュニケーションが成立するとはいえず。

     言いたいことを言うんじゃなくて,相手が聞きたい(だろなあ)と思うことを半分想像しながら,自分が言うことを考える(そこに自分が伝えたいことを乗せながら,かもしれないけれど)ってことだなあ。

     話しながらも同時にアンテナを立てながら(一致点はどこかな)と探りながら話す自分もいたりする。言いたいことを言えばいいというもんではないからなあ。それでもそうやっていると,時に

    (あれ?うまくかみ合わないなあ)

    と感じてしまうこともあったりして。

     だから,

    (聞いているほうがいいかな)

    と思うこともある。

     それぞれに抱えている背景違うから,同じ言葉を使ったとしても同じ意味とは言えず,反対に違うことを言っているからと言って思いが違うとも言えず。

      難しいものですね。

    2015-12-29

    「人間として学ぶべき事は、地球の上で生き延びる方法。」

    10:27

    「人間として学ぶべき事は、

    地球の上で生き延びる方法。

    それが全て。その一部に学校教育もはいってくる。

    学校で学べる事は、

    本当にごく一部だ。」

     この文章は,今まで何回かお世話になった,美術館の方のブログにあった言葉。

     「学ぶ」っていうことは,はっきりいうと,つまりそういうことだな。むしろそこにつながっていかないと「学ぶ」にならないのだなあ。

     だったら,学ぶってことは完全なる自分事じゃあないか。

     だったら「自分事なんだよ」ってことを伝えつつ,」自分ごとになる場をつくるってことかな。

     試行錯誤をしながら,「うまくいかなさ」を乗り越えていく経験。もちろん一人でできないことも多いから,みんなの力を借りれば乗り越えていける・乗り越えてきたという自信。同時に自分もみんなの役に立つこともできるという自信。そんなこんなを,学校・教室という場で体験的に学ぶ。

     国語も算数も,学芸会も運動会も,休み時間も,なにもかもすべて「生き延びるため」の学び。もちろん,みんなにとって。

    2015-12-27

    職員室もさらに「主体的に学ぶ」へ

    00:06

     校内研究の全校授業研究は2学期までで終わりです。

     しかしながら,実はこれからが,本当の意味で本番です。

    「主体的に学ぶ子どもの育成」というテーマに」対する」評価の時期,とい

    ことでもありますが,それ以上に私の中では,

    (全校授業研究をしていない中で,取組を継続していくことこそが実は大切だ

    と思っているからです。

     本音を言うと,「しなくてはならない」全校授業研究は」年間を通してなしでもいいくらい。全校授業研究のない校内研究でも成立するはずだから。

     目的,目標を持って,自分たちでやりたいことをやりたいようにみんなで話しながらやる。それでも十分やれる,という感覚が持てたら次年度

    「全校授業研究がなくてもやれるよね。」(もちろんやってもいいんだけど)

    につながっていくかもしれない。

     3学期は,職員もさらに「主体的に学ぶ」へ。

    つまり,楽しむことだなあ。

    2015-12-26

    クリスマス引っ越し

    23:14

     昨日は学校の引っ越し。

     学校の引っ越し?ってへんですよね。でも引っ越しだったんです。

     校舎の耐震校時のための10ヶ月ほどの仮設校舎くらしも終え,新年からは本校舎に戻るからです。

     仮設校舎に移る前の今年の2月には

    「あー,仮設くらしが始まるね~」

    となんとなく憂鬱だった職員室のみんな。

     しかし,住めば都か,

    「こっちの方がいいかも…」

    と。

     何しろ職員室が広い。(というよりも本校舎の職員室が狭すぎなんですが…笑)広いから,職員室にみんなが集えるテーブルが置けていたのです。休憩の時にはここで集まってお茶を飲んだりおしゃべりしたり。ちょっとした打ち合わせもここでやったりしました。テーブルも大きいので,紙を丁合したり模造紙に書いたりする作業をすることも使えました。フレキシブルなスペース。

     本校舎の職員室はもともと教室だったところなので,せまい。職員の机をいれたらびっしりです。自分の席しか居場所がないというのは,ちょっとなあ~。

    2015-12-24

    困った…

    23:18

    画面設定をいじったら,なんかおかしな画面表示になってしまった…。どうやったら直るかどなたかご存じありませんか?右側にあったカレンダーとかが下にいってしまった…。

    自分でいってね

    19:28

     年末。22日は終業式でした。

     一通り,教室の掃除が終わって,ざて下校です。

    「出会う先生に,『今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。』みたいに挨拶してから帰るんだよ。大人の世界ではそういうものだからね。」

    と話しておきました。


     考えてみれば,私の場合は,一斉に全員が声を合わせて挨拶をすることはありません。そういうシチュエーションをほとんどつくりません。

     校外にに出かけてもそう。たとえば,キュウリ農家さんのところに見学にいって帰るときも

    「じゃあ,みんなYさんにお礼を言って帰るんだよ。」

    くらいにしています。子どもたちは,それぞれでYさんのところにいって,銘々に挨拶をする,そんな感じになります。

     全員一斉に挨拶をするっていうのが,

    (なんか,挨拶っぽくないんだよねえ…)

    って,感じてしまうからなんですよね。誰が誰に何を伝えたいのか,よくわからなくなっているような気がしてしまうんですよね。

     挨拶は,自分の意志で言ってほしいなあ,と思うわけです。

     

    2015-12-23

    コミュニケーションの目的

    17:19

    コミュニケーションの目的がメッセージの正確な享受ではなく、メッセージをやりとりすることそれ自体であるとすれば、まなびあうこと、それ自体が目的にもなろう。

    誰かが、「自分のことを分かろうとしてくれている」ことを確認したくて、そこに安心感を求めて。

    課題はそういう本気のコミュニケーションを生じさせる、ルールの一つなのかもしれないな。

    「ああ、私は仲間として認めてもらっている」そんな安心感を、みんな持ちたいのではないかなあ。

    2015-12-16

    異学年「習字」

    23:09

     宮城県には,年明けに県の書きぞめ展があります。

     なかなか大きなイベントで,全県あげて取り組んだりしています。(たぶん)

     だから学期末からはその書きぞめの練習に入るのが,毎年のこと。

     今年が今までとちょっと違うのが,

    「3,4,5,6年,まとめて練習したらいいいんじゃない?」

    ってことで,みんなが体育館に集まっての練習になったこと。

     各学年でテーマ,というか文字は違うし,大切にするポイントも異なるのですが,やることは「習字」ですから同じ。

     お互いに,違う学年が練習する様子から,なんらかのよい影響を受けるでしょう。

     

     

    2015-12-13

    「私には,仲の良い友達がいる」

    21:06

     「2学期の生活を振り返って」という,学校として全校児童にするアンケートが毎年あります。

     その中の1項目に,「私には,仲の良い友達がいる」というものがあり,ABCDの4段階で答えてもらう,というものもあります。


     今年も,全員がAでした。常にみんなとかかわり合いながら学んだりしているからかもしれません。一方で,常にオープンなんだから人にわざと意地悪をしているようではこの中では,うまくやっていけないしつまらないから,とも言えるかもしれません。

     

     

    2015-12-12

    言葉だけでは伝わらないから

    23:46

    言葉で伝わるものなんて,ほんの一部なんだと思う。

    本当の所は,本人が掴もうとしなければ掴めないもので,他者がどれだけ説明したり説教したりしてもやっぱりダメなわけで。

     だから本人が,

    「やるか!」

    って思うような場であったり

    「なるほど,そういうことなんだね」

    と体や心で感じないとね。


     2学期の間,地域の老人ホームに通って学習した3,4年生。介護士さんと一緒に活動させてもらったり,たくさん取材させていただいたりしました。

    「お年寄りだからね,やっぱり言ったことも忘れちゃって何度も同じことを言ってしまうこともあるのね。同じ話ばかりされてしまうとやっぱり大変なこともあるんだけどね,でもね,人生の大先輩だからね。うんうんって始めて聞いたみたいにして聞くの。そうするとね,ありがとうって。そう言ってくれるんだよね。そういう時,うれしいなあって思うの。」

     教師「お年寄りを敬いましょう」なんて言葉は,短い期間でも一緒に学ばせていただいた介護士さんの一言には全然かないません。

     うれしかったり,悲しかったり,驚いたり,悔しかったり,悩んだり。そんな心が動くような学習を,いろんな友達や地域の大人や幼児,時にはその道のプロ,そんな方々とちょっとずつ積み上げていきたいなあ。

     教師は教えることよりも,むしろコーディネーター,ファシリテーターだなあ。

    2015-12-11

    場作り・手伝い

    22:44

     勉強が得意な子も苦手な子も,学ぶことが好きになって欲しいと,本気で願っている。

     そうはいっても,その「勉強」とはなんだろうね?

     国語や算数,理科,社会が勉強?音楽,図工も?教科学習???

     遊びも勉強か?

     勉強と勉強ではないものの,境目や違いはなんだろうね??

     最近はよく分からないなあ。


     自分の,「あと一歩前に」に気持ちが育っていればいいじゃん。

     乱暴な言い方をすればそう。

     誰でもみんな,自分にあるキラリに気がついて

     自分だって前に進んでいける,進んでいっている,そんな実感を毎日の教

     室・学校生活でちょっとずつ積み上げていける,そんな毎日のための場作

     り・手伝いがしたいなあ。


     どうかな,できているかな。

    2015-12-09

    見ている

    00:21

    クラスで問題が起こりました。起こりました,というより表に出てきたということになります。

     なるほど,こういう形で出てきたんだね,という感じです。

     ちょうどいい,この時期に目に見えるようになって,むしろよいこと。

     これが起きた構造を,子どもたちに見えるようにする気付かせるのが私の役目。最終責任は私がとることを示すのも役目。

     「これからどうするか,を考えなさい。これを放っておくのは,君たちにとってマイナスだから。解決は君らにしかできない。」

     といって,話し合いは彼らの手に。

     出した結論に対して,そこを私も確かめて行くことにします。

     見ていることを伝える,伝え続ける。ソレですね。

     

    2015-12-05

    開く

    23:57

     今日は地元の教員サークル「あすみの会」の12月例会でした。

     今日は,私が11月に「子どもの権利条約フォーラムin石巻」で分科会報告したものを,伝えながらのフリートーク,という形。

     テーマは「すべての子どもにとって「楽しい」学校・教室に」~『学び合い』の学校観でつくる教室からの提案~

     楽しいってどういうことか?いろんな楽しさがあるだろうけれど,どうにしても「楽しい」を大切にしたい,それも全ての子の「楽しい」を考えたときに,教師のするべきこと,しなくていいことは何だろう?ということ。

     子どもたち一人一人は多様で,楽しい,と感じることもタイミングも当然異なります。だから「楽しい」を自分で,自分たちでつくれるように,もしくは「楽しい」をつくるプロセスを楽しむ,みたいなことが必要。

     そうなると,教師ってけっこう,その邪魔をしてしていることってけっこうあるんじゃないのかなあ,と。


     教室・学校は社会につながる練習の場だから,もっと「練習」をしていい。

    自分の,みんなの「楽しい」をつくる練習をたくさんたくさんして良い場所なんだなあ,と思います。

     どうかな,学校や教室はそういう場になっているでしょうか。

    結局は,『学び合い』の学校観や子ども観に立ち戻って行くことなんだと思います。

     「子どもの権利条約」それが特別なもの,として扱われるとそれはなかなか浸透しにくいかもしれません。当たり前のこと,特別ではない,となってこそ毎日の日常のなかに溶け込んでいくのかな。

     だから,もっと外に向けて開いていかないとね。特別なイベントとしてでなく,ふつうに子どもの保護者や地域に。いつ来てもOK,いつでも話しましょう,と。それもクラスとして,というよりも学校全体として,なんだなあ。

    2015-12-04

    学年の枠を越えて

    21:47

     放課後には4年生が3年生教室にやってきて一緒にオルガンを弾いていたりけん玉やベーゴマをしたりしています。

     この間は,5年生がコメに刈り取りで出たわらをつかって,「わらフェス」なるお祭り?を企画し1,2年生を招待,一緒に遊ぶ集会活動。

     あ,そういえば先月末には,「子どもの権利条約フォーラム」のオープニングで獅子舞を披露する6年生の練習を3年生が参観。その後一緒にドッジボールに混ぜてもらったりしたなあ。

     3,4年生は「総合的な学習」で常に一緒に学習するし。

     敷地内に仮設校舎があるもう一校の学校の仲間とも体育や音楽は常に一緒。

     100名ちょっとの小規模校ではあるけれど,けっこう毎日いろんな仲間とかかわっているんですよね。そういうのはとってもいいなあと思っています。

     だから職員室でも,メンバーでいろんな子のよさや頑張りをおしゃべりしあっています。なかなかいいよね。

     結構学級・学年の枠は低いと思います。

    2015-12-03

    業務員さんの朝会デビュー

    22:42

     今まで学級担任が朝会で輪番で行っていた,生活指導の話。今回は,業務員さんがデビューしました。

     内容は,

    「休み時間に校舎に入るときは,昇降口のドアを閉めてくださいね」

    ということ。子どもたちが開けっ放しにしてししまうと,業務員さんが閉めてくれることが今まで多かったのです。

     各担任が今まで何回か声を掛けてきたのですが,なかなか改善されません。そこで,の今回。

    「休み時間,急いでかえっていくのは分かるんだけどさ,ドアは閉めてけらいんね。ゴミとかも入ってくるし,校舎も暖房が入っているからね。」

    との言葉。直接の?当事者?の業務員さんの話だから,響き方もちがうかな?

     とにもかくにも,いろいろな立場の大人が子どもたちに関わることは,学校にとって良いことだと思いますね。

    2015-12-02

    楽しいってどういうことかな

    23:37

    子どもがチャレンジしたい,とかもっとがんばりたい,という気持ちとこちら側のサポートがうまくかみ合うことが大切だなあ。もちろん教師一人では全ての子のそのチャンスをサポートできないし,教師がベストなサポートができるとも限りません。

     

     だから,みんなでチャレンジすることを楽しむ仲間になっていけばいいんだなあ。そうすれば,勉強だって遊びになります。

     体育だったり国語だったり,行事だったりというような学習の内容を越える共通の楽しさを子どもたちが味わえて,

    「ああ,全部同じ事だなー」

    って思えれば,一つの歯車が好転すれば,また別の歯車がいい感じで周りだすことが多いです。

     だから

    「楽しいってどういうことかな?」

    「どう,楽しかった?」

    「満足できた?」

    「今度はどうしたい?」

    なんてことを話したりするんです。