次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-09-30

    自由参観日

    00:01

     今日は自由参観日。一日中のフリー参観日です。

     夕方,隣のクラスの先生と

    「こういう参観日の方がいいね。いつも通り,普段通りだもんね。」

    と。

     往々にして,いわゆる参観日は,いつもとちょっと違う特別な授業を考える,というのが,まあ,今までの多くの方のパターンかなあ,と感じます。

     そもそも格好が違います。スーツ着たりネクタイしめたり。(あ,もちろんそうした方が丁寧なことを否定するものではありません。)

     でも,日常的には私なんかは,もっと動きやすい服装で教室にいます。今日は,それも普段通りです。

     朝のサークルタイムや読み聞かせ。それが終わったらそのまま1時間目に入り。

     1時間目の国語から,四時間目の体育まで,『学び合い』。子どもたちも普段通りリラックスして勉強。参観に来ているお母さんが連れている小さい子に時々声を掛けたり,手を触れてみてにこにこしたり。友達のお母さんと,ちょっとおしゃべりしてみたり。

     私は私で,参観しているお母さんにお子さんのステキなところをお伝えした

    り。なんかゆったりとした良い時間でした。

     

     途中,校長先生も見えて,子どもたちに声をかけてくださったり。

     給食の準備から,自由席制の給食の様子の見てもらえたり。

     5時間目は,学芸会の練習のソーランと太鼓。

     ごくごく,ふつうの,それでいてごく当たり前の日常を見ていただく機会でした。

     よその学級も,まあこんなもんで,ごくごく日常を見ていただく日。

    「こういう参観日の方が,だれも肩がこらなくていいね。」

    というのが,隣のクラスの先生とのおしゃべり。

     当たり前の普通の毎日を開く気持ちよさ,でした。 

    2015-09-28

    自分から声をかける

    00:40

    算数。

     ちゃっちゃとその時間の課題を終えて,余った時間で国語のドリルも進めていた男子3人チーム。

     

     その先,数メートルに,なにやら困っていそうな女の子一人。さっきから鉛筆が動かない。男子チームは,どうやらそれには気がついていないようだ。

     「○ちゃん,ちょっと困ってそうなんだけど。だれかサポート入れる?」

    と聞いてみた。男子3人チームの一人が動いて○ちゃんの傍らに。しばらく○ちゃんの話を聞いている。その後,3人の男子も,ちょっとずつ入れかわりをしながら○ちゃんと一緒に問題にあたる。

     しばらくすると,3人チームは,再び国語ドリルに取りくみはじめた。

    「どう,○ちゃん,もう一人でもいけそうだった?」

    と尋ねてみたら

    「はい,たぶん後からは一人でやれると思いますよ。」

    とのこと。

     程なくして○ちゃんも,本日の課題終了。

    終了3分前のサークルタイムでは,先ほどのエピソードをみんなで共有した後で,

    「困っている友達を見分けるポイントはね…。」という話を。

    そして,

    「でもね,本当に大事なのは,自分が困ったりサポートが必要な時は,自分から『教えて』と言えることが大切。」

    という話を。

     困った時には「自分からアプローチを掛けられる,または次どうしたらいか考えてやってみる」そんな大人になってほしいな。

    2015-09-26

    生徒指導協議会

    23:20

     先日は生徒指導協議会。

     毎月,職員会議のあとにやります。

     クラスのことや,子どものことを,職員みんなで話します。

     いまクラスはこんな感じ,ちょっとこういうことで困っています,今はこんなことに心がけています,などなど。

     ここ最近の,生徒指導協議会は,いい意味でおしゃべりの場になっています。だれかが話したことに,だれかが付け加える,エピソードを話す,などなど。話す人聞く人がくるくる交代する感じ。

     こういう会議だと,いい。

     

     この時間も含めて情報共有はできるから,あとは具体的にみんながすること,自分がすること,が明確になるともっといいかなあ。

     お互いにいつでもしゃべれるから,今回話されたことを心にもって,また話題にしていけるようにしよう。

     

    2015-09-25

    PPP

    22:38

    http://www.percussionperformanceplayers.com/

    本日,学校にPPPという打楽器の演奏家が来校してくださり,演奏を披露してくださいました。

     いやあ,すごかったー。

     この音楽鑑賞会のあとに,クラスに戻った子たちがランドセルとヘルメットを並べて,チャカポコチャカポコやっていたのが,それはそれですごく面白かったなあ!

    2015-09-23

    やっぱりそういうことか

    12:00

    「椎茸に百合を生やしたように,私は昔からI am OK!って感じで生きてきた。その私が他の人に提供できることは,やはり一人ひとりがそんなふうに,自分を感じながら自分を出せるようになる。自分になること。その手伝いをしたいと思ったんです。」

     ある本を読んでいて出会った言葉。

     (ああ,ここだなあ。こういうことを大切にしたかったし,こういうことがしたかったんだなあ)

    と再度思い出し?ました。

     私には,大して他の人に誇れるものはありません。何ができるとか,何が得意とか,そんなことも特に思い当たりません。「教えないといけない」「導かないといけない」そんな風に考えると,完全なキャパシティオーバーです。

    学び合い』に行き着いたのも,たぶん根っこはこんな思いからだったのかもしれません。(う,多分そう…。)

    「私が教える,なんて,なあ」

    そんな気持ち。

     学級通信のタイトルも,何度か変えたことはありますけど,ほとんど「十人十色」のままです。おそらく今後も変える予定はありません。「十人十色」そんなことが,もっとも伝えたいメッセージなんだなあ,とわかったので。

     だから,私がすることは,その「十人十色」が発揮できるような,発揮してもいいような場をつくること,保持すること,そんなことです。だから,しっかり見ていたいなあ,そして

    「すげーなー」

    「お,やるなあ!」

    「前は,こうだったに今はこうなったんだあ」

    なんてびっくりしていたい。


     「立派な」クラスではなくても,楽しいクラスならいいかな?って思います。その先には,楽しい学校があって,楽しい地域がある。そんなイメージ。

     もちろん「楽しい」は自分たちで楽しいを,ときには何とかして創っていく,そういうこと。

    2015-09-20

    総合的な学習スタート

    11:23

     伝わらない,という経験をすることが,伝えたいにつながる。なるほどなあと思います。

     先日から2学期の総合が本格的にスタート。

     1学期の保育所,からの連続で2学期は,特別養護老人ホームが活動のステージ。それぞれの部屋(ユニット)担当のヘルパーさんに弟子入りしながら,ヘルパーさんの仕事や人柄,そしてそこを介してお年寄りとのかかわりももちます。

     弟子入り1回目は,ヘルパーさんとかかわりながら,車いすを押したり自分も乗ってみたり。子どもによっては一緒に洗濯物を畳んだり,新聞広告でゴミ入れを作ってみたり。機械式のお風呂昇降機(というのかは?ですが)を体験してみたり。

     見て,話して,体験して,振り返って,また行って。そんなことを繰り返します。

    2015-09-19

    遠足 おまけ

    10:44

     遠足から帰ってきたのは15:30。

     教室に戻って,連休明けのことを伝えて,ジャーナル書いて「さようなら」


     その後,下校時刻の16:15近くまで,ベーゴマしたりけん玉したりしている子どもたちー。

    「おいおい,帰らないのかい?」

    とも思うけれど。それはそれでいいんだろうな,と思う。

    遠足

    10:16

    昨日は遠足。朝からけっこうな降り方の雨とチリでの地震による津波注意報と「遠足日和」とはほど遠いものでした。ですが,行き先は仙台市科学館なので,言ってしまえば活動に支障はそれほどありません。

     3,4年生の合同での遠足です。グループごとに館内を自由見学。

     先日

    「グループはどうする?」

    って子どもたちに聞いたら,ちょっとの間話し合った末,

    「くじ引きでしよう」

    ということになり,そのグループで。

     午前中の雨の様子では,子どもたちが楽しみにしていたお弁当は科学館内かどうかするとバスの中かなあ,と心配したのですが運良く雨も午前中であがりました。そこで,予定通り科学館隣の台原森林公園へ。

     みんなで敷物をしき,遠足ならではお弁当タイムとその後のおやつタイム。

    おやつのお菓子交換なんて見ていると本当に楽しいし,子どもたちも楽しそう。交換そのものを楽しんでいる感じ。

    「あ,それいいね!」

    「いる?」

    「いいの?交換しよ!」

    「いいよ!」

    とか,

    「これ,あげる!」

    「ありがとー」

    とか。



    物のやりとりとか,言葉のやりとり。

    そんなことが,実はお互いが仲良くなるのに,大切なことの一つなんだなあ。

    なんだ。シンプルじゃないか。

    2015-09-16

    勝ち 負け

    21:07

    http://www.onigokko.or.jp/cn15/pg100.html

    今,体育で楽しんでいるのはこれです。今日で3回めです。こなれてきて,これくらいからが楽しい。

     過去2回。クラスの運津神経抜群のA君がいるチームが連勝街道まっしぐら。といっても毎回チームをくじで変えているので。そのA君の勘と思い切りのよさでの連勝とも言ってよい。

     子どもたちの中にも

    「Aくんと組みたいな~」

    という声もちらほら。それはまあ,当然です。

     しかし,そこは「体育」ですから,勝てばうれしい,だけで終わってはもったいない。そもそもA君にもスリリングなチャレンジの場を作らないとな,ということ。だって,そもそも目当ては「みんなで,スポーツ鬼ごっこを楽しむ」ですから,勝っても負けても

    「あー,面白かった!」

    とみんなが感じることができていればOKです。

    「みんなが本当に楽しむためにはどうしたらいいかな?」

    が、課題になります。

     勝てば嬉しいし,負ければ悔しい,当然のこと。そこがあっても,みんなが

    「あー,楽しかったね。またみんなでやりたいね。」

    になっていくプロセスが,体育での『学び合い』の面白いところ。


    「みんなが楽しめるようにするにはどうする?」

    に彼らがだした結論は,

    「A君の入るチームは人数を少なくする」

    「なるほどね,運動神経抜群のA君はスーパーエースって認められたってことだね。名誉なことだね。A君,この二人少ないチームで相手と戦うことはA君にとってもなかなか厳しいチャレンジになりそうだけど,どう?やってみる?」

    と尋ねてみたら,A君は

    「オッケー。やる!」

    とのこと。


     しかしながら,二人少ない状況での戦いは,思った以上に厳しく,A君がいるにも関わらずそのチームは0対10で完敗。それでもめげずに,次の試合に向けて,仲間と一緒に作戦を話合う,A君はすばらしいなあ,と思う。

     負けることからも学ぶことはきっと大きい。負けたとき,うまくいかないときも人生ではきっと何度もある。その時に,ぐちや文句を言い出すのと,次の作戦を考えるのとではきっと大きな差が出るに違いない。

    「勝つこともあれば,負けることもあるよね。勝ったときには何が良かったかを考えて次に生かす,負けたときには次はどうしたらいいかみんなで相談して次のチャレンジを考える。体育で勉強することは,実はそういうことでもあるんだよ。学校は練習の場だから,うまくいったりいかなかったりする経験をしながら,成長していければいいさ。」

    「A君,ふつうにやっていたら,君は3年生の体育ではほとんど負けることはないよね,でも,大きくなっていったら,自分より年上と競わなくてはいけない場面がきと来るよね。今からピンチの時はどうするか、負けたときには次,どうするかを考えるいい勉強にもなったよね。」

    と伝えた。

     勝つこともあれば負けることもある。しかし,その先に,ほんとうに面白い世界があることを,感じてくれるとうれしいなあ。

     「例えば,本田圭祐ががサッカーでドイツに負けて『ドイツ,ずるい!』とかって言ってると思う?」

    「言ってるわけないよ~」

    と子どもたち。

    「そうだよね。本田圭祐はそういうとき,どうするかなあ?」

     そんな,話も混ぜながらやるとけっこう楽しい。

    2015-09-14

    ありがたい

    21:49

     今日は,学区のキュウリ畑に社会科の学習ででかけました。

     学区とはいえ広いので,路線バスです。路線バスと言っても,貸し切りみたいな状態になってしまうのですけどね。

     バス停3つ目でおりて,てくてく15分。山裾のそこにキュウリの大きなビニールハウスがあります。

     じつは5年前にも,ここにお世話になりました。震災前ですね。キュウリのビニールハウスを案内していただき,フリーに取材させていただく時間をつくっていただいたり。5年前と同じようにしていただけました.

    そしてキュウリを子どもたちにお土産に持たせていただきました。それに職員にまで。ありがたいことです。

     

     「うまいーーー!」

    子どもたちは,学校に戻ってキュウリにマヨネーズ付けたり塩をちょっと掛けたりしながら,何度もそういっていたのでありました。

     さて,明日からは「キュウリ畑見学レポート」の作成に入ります。

    2015-09-13

    分かる,と 分からない

    23:55

     「分かった」と思っても,「分からない」と思っても,本当はどうでもいいんだな。

     「分かる」がどこまでなのかを決めるのも自分だし,「分からない」のを決めるのも自分。つまり,自分がどう感じるか,の問題。

     テストがあるじゃない,と言うかもしれないけれど,じゃあテストができれば「分かった」かというと,それはどうか分からない。もちろんテストはできないよりできた方がいいけれど,テストができないとダメか,といわれればそんなこともないだろう。

     じゃあ,なんだ?

    「分かった」と思ったら「分かった!なにがかというとね…」と話せたり,「分からないんだなあ,何がかというとね…」みたいに,自分の考えや立ち位置を話せること書けること伝えること,そんなことができれば良いのではないかなあ,とぼんやり思ったわけです。インプットとアウトプットができる,そんなイメージ。それができると前に進んでいけそう。

     対話がスタートできる,学びの糸口が作れる,そんなイメージ。

     今日の,おしゃべりからふと思ったこと。

    2015-09-12

    隣にいる人がどんな人かをもっともっと知ること

    23:04

     この間,あすみの会の合宿の時に,バーベキューしながら

    (ああ!)

    と思った子こと。

     過日の『学び合い』仙南の会でお話を伺った福島大の松下先生の言葉ともつながって。

     「隣の人が何を考えているのかを知る」

    大事なのは,身近な人が何を考えているのかを知る事,知ろうとすること。それには対話がいるし,時間がかかるし,ある面「面倒な」作業でもあるかもしれない。でも,大事。

     職場ではどう?けっこうおしゃべりはするけれど,本当にその人のことを知っている?何を考えどう感じているかをその都度わかり合っているかと言えば,そうではないだろう。そんな時間はなかなかないし。

     でも,「隣の人が何を考えているのかを知る」のは,とても大事。

     毎月一人の方をテーマに,職場のみんなでゆったり時間をかけて質問したり,お礼を伝えたり,幼少の頃のことを聴いたり,などなどおしゃべりしてお互いのバックボーンなるものを理解し合うのも良いかもしれないなあ。もちろん校長先生をはじめ職員全員を交代で。

     案外,そういうのを「校内研修」にしても,いいのかもね。学校としての機能が一段あがる気がするけど,どうかな。

    臨時休校

    22:48

    先日は,大雨による特別警戒警報により,学校は臨時休校の措置を執りました。登下校の安全を優先に考えた措置でした。

     北上川はけっこう増水していましたが,幸いにして,学区は思ったほどの被害はなかったように見えます。しかし,県内も場所によっては甚大な被害もありました。心が痛みます。

     映像を見ると,やはり,どうしても震災時のことも思い出されます。何が起こるか分かりません。安全には最大の配慮がいるなあ,と思いました。

    2015-09-11

    けん玉とベーゴマ

    21:42

    今週は,本当に天候がわるい一週間だった。

     連日の雨に,子どもたちもエネルギーの発散に困っていた感じ。

     今は仮設校舎くらしなので,3年教室のちょうど真向かいが2年生教室。

     この雨のせいかどうか分からないけれど,うちのクラスでベーゴマで遊ぶ子が増えた。お向かいの2年生はけん玉ブーム。

     私は両方とも好きなので,2年生教室に入ってはけん玉をし,3年教室ではベーゴマをする。

     ふと見るとこの間,2年生教室で3年生がけん玉を2年生と一緒に楽しんでいた。

     来週あたりは,2年生が3年生教室で

    「ねー,ベーゴマどうやってまくの~」

    とか,いいだすかもしれないなあ。

     見てよっと。

     

    2015-09-08

    聴き手

    23:18

     朝のサークルタイム。私は自分の席でぼんやり見ていた,というか聴いていた状態。その間に,ふざけた感じのトーンの声で「例えば~」と聞こえてきた。

    (ん?)と思った私は

    「あ,ちょっとまって。あのさ,私の耳には,なんかふざけたトーンでの声が聞こえてきたんだよなあ。なにか事情があるのか,二人の中ではそれでオッケーなのかそこは分からないけれど,私がもしそんな声で聴かれたら,『もう話したくないや』って思うなあ。」

    と。一瞬,みんなシーン。

     誰が,その声を出したのかは分かってはいたけれど,そこは「分からない」ということにして。

     聴くってことは,もっと相手を大事にした行為だと思う。私の耳には,その気持ちがこもっていないトーンに聞こえた,ということ。そのことを伝えたかっただけ。

     ちょっと場を冷やしたかもしれないし,もっといい伝え方があったかも知れないけれど,伝えたいことはそういうこと。相手の言葉をしっかり受け取って欲しい,そういうこと。

     子どもたちには,よい聴き手になってほしい。

    聴く

    06:02

    朝のサークルタイム。「土日はどうしていた?」でおしゃべり。慣れもあってか,聴き方が雑になっているところも。聞いているようで聞いていないとか。聴き合う練習,でもあるから時々そういう指摘は必要だと思う。

    「お互いに気持ちよく話したり,聞いたりすることを大切にしよう。話すことと聞くことはセットだから。」

    と伝えた。

    相手の話すことを「聴く」「聴こうとする」は思いやり.だから,自分や自分たちに向けて発せられている言葉に,もっと意識を向けられるようになってほしい。

     自分自身がそこのポイントに無自覚的になって求めることを怠るとだめだなあ。もちろん自分自身が子どもたちのモデルにならないと,ということでもある。

    2015-09-06

    あすみの会合宿研究会、今年も

    18:01

    地元の研究サークル「あすみの会」。

    毎年恒例の合宿研究会がこの土日で行われました。

    一つの報告にたっぷり2時間の検討をします。参加者の感想にもありましたが、多くの研究会が、30分や長くても60分の中で報告・検討をすること多いらしいです。あすみの会では、じっくり時間をかけて、参加者同士で喋りあいながら進めます。これがなかなかいい。報告者と参加者はもちろん、参加者同士でも十分な話ができます。

    そして、夕方からはコテージのデッキでバーベキュー。これもまた実にいい時間です。午前午後での学習会での続きはもとより、いろんなことを延々としゃべります。


    このあすみの会。例会は300回を超えています。20年以上にわたり、毎月一回の例会を欠かしたことはありません。創始者のY先生は、私の尊敬する「師匠」ですが、震災でなくなりました。毎年、この合宿でバーベキューコンロを囲みながら必ず誰かが、

    「そう言えば、Y先生はこう言っていたよね…」

    という話を始めます。まるで

    「師曰く…」

    の世界(笑)。


    「続ける」

    これが、私のY先生から受け取ったメッセージの中心になっています。

    2015-09-04

    これでいいのだ

    22:48

     前日の放課後,二人の男の子が不満げに訴えたこと。

     どうやら遊ぶ約束をしていたのに,それを反故にされたということみたい。もちろん,それは,「超」簡単に言うと。双方にきっと言い分とか事情とか,それまでの流れはあるのだろうから,まあ,でもそれでも

    「ふんふん」

    とい聴いた。

    「で,どうする?」

    とその二人に尋ねたら,しばらく考えて

    「明日,言う」

    とのこと。


     それで,その「明日」の今日。

     朝,その子がやってきて言うには

    「もうよくなった。寝たらすっきりした。」

    らしい。

    「え?ほんとうにいいの?」

    って一応確かめてみたんだけど

    「うん。いいの。」

    だそうな。

    (ま,本人がいいのなら,いいんだな)

    と思って。

    「そっか。ならいいね。」

    と言っておきました。

    ま,これでいいのだ。きっと。

    2015-09-02

    利口?か笑

    00:05

     今日は指導主事訪問でした。(どこでもあるものかどうかは分かりませんが)

     教育事務所の指導主事の方々が来校し,授業を見ていただくというもの。

     私のところは,国語の作文単元で,ホワイトボードミーティング(WBM)の時間で公開しました。

     

     私が話したのは,はじめの6分。あとは,ほぼ彼ら。彼らのよさを別な角度から伝えていただけましたし,私自身も次の課題も

    (あ,ここだな)

    というものに気がつけたので,よかったです。

     それにしても,WBMだと教師が全体掌握はしているんだな,と分かってもらえるので,「利口な公開の仕方だね」とある方に笑いながらいわれました。

     確かにそうかもしれません。(笑)

     WBMは,ツール。合意形成とかお互いを尊重するために使えると便利なスキル。私の中では『学び合い』と矛盾はしないし,あると便利なスキル。