次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-08-30

    第7回『学び合い』仙南の会

    09:11

     『学び合い』仙南の会に参加させていただきました。

     福島大学の松下先生のお話を伺うことができました。


    「お互いに何を考えているか分かる,分かろうとする」ことが大事だなあ,と感じました。それは,今までも思ってきたことなんですが,(ああ,やっぱりそうなんだな)という思いです。

     この,(ああ,やっぱりそうなんだな)という感覚は私にとっては重要で,いろんなことが一つにまとまっていく感覚です。

     

    「お互いに何を考えているか分かる,分かろうとする」は,一方で「完全に分かり合うことは,不可能」という前提もあるような期がします。それでもなお,一致点を見出そうとするお互いの意志があれば,何度でも一致点を探ろうとする行動に移すことができます。そういうことをおりあい,って言うんじゃないのかなと思います。

     この作業は,面倒くさいといえば面倒くさいですね。何度も言葉をやりとりしながら,お互いの位置を確認することが必要ですから。効率的にやろうとすれば,ここのところをすっ飛ばして「分かったここと」にしてしまうか「誰かが決めて指示して」しまう,なんてことになります。そういうことも必要な時もあります。でも,そこにはお互いの,そうすることへの確かな合意形成か,もしくは日常的に合意形成を積み上げてきた関係性・経験が担保として必要になるよなあ,と思います。

     自立すればするほど,そこから対立も起こります。お互いの主張と主張がぶつかる,権利と権利がぶつかる,という感じですか。民主主義(大げさ?)で必要なのは,そのような「対立」がおこり,その「対立」を乗り越えていくこと,どうやったらお互いの違い当たり前のものとして乗り越えていけるか,ということなんだと思います。相手の言い分を聴いて,自分の言い分も伝える,何度もその対話を繰り返しながら,一致点を探るイメージ。そして,その練習の場は,一人一人の安心安全が確保された学校がいい。その練習は学校でできます。毎日毎時間できます。『学び合い』なら。

     掃除当番決めだって,ダイヤルで機械的に決めれば効率的だけど,その都度「今週はどうする?」ってごちゃごちゃ相談して決めるというのも,またよい練習になるんだと思っています。練習だから,毎日毎時間続けないといけませんし,毎日毎時間続けるから練習になります。