次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-08-14

    仮称「総合的な学習の学習「遊ぼう!」

    11:05

    真面目に,「遊び」をテーマにした「総合的な学習」を考えている。それも,「総合的な学習の時間」の入門期である3・4年生に。「3・4年生に」としたのは,本校は小規模校なので,3・4年生を合わせても40人に満たない。だから,「総合的な学習の時間」を異学年で構成していこうという考え。そうすると,「総合」の先輩としての4年生の働き・成長も期待できるし,そこに教科的な内容を盛り込んでいくことで3年生は時に予習的に,4年生は時に復習的に学べる機会も生まれるだろう,という思い。それに,教師陣も少なくても常に2人体制が組めるのも利点。

     「そうすると2年間それ?」

    と思うかもしれないけれど,そうではなくて,いまのところ考えているのはAパターン,Bパターンの隔年での実施。現在でいうと,今の3/4年生は「○○保育所・○○園」を活動の場にした「総合的な学習の時間」試行している。これは自分よりかなり小さい保育所子どもたちと繰り返し関わること通して(今回は最終的には「保育所友達新聞」の作成,という信頼ベースでいう「友達新聞」の発展みたいな形),また2学期には,反対に自分よりかなり年長のおじいさんおばあさんや,また働く大人としてのヘルパーさんとの交流を通して,「ありがとう」と言ってもらえる自分と「ありがとう」と言える自分への気付きを体験的に掴んで欲しいというイメージ。この先,この地域で生きていくにしろどこかに出るにしろ,多様な人とのかかわりの中で対照的に自分を見つめられるようになる原体験を,という思い。この「○○保育所・○○園」を活動の場にしたのがAパターン。これで1年間学んだ翌年がBターン「(仮称)総合的な学習の時間『遊ぼう!』」。子どもたちは2年間かけて,このA,Bパターンをくぐり,そして高学年へと,という流れ。

     前置きが長くなった。この「(仮称)総合的な学習の学習「遊ぼう!」,私はやる価値はとてもあると思っているし,そのイメージもぼんやりとではあるがある。でも,これがすんなり受け入れてもらえるかどうか,はまた別の問題である。

    「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(審議の最終まとめ(案))」(平成24年6月25日 中央教育審議会 教員の資質能力向上特別部会)の中では,

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    1.現状と課題

    ○ グローバル化や情報化、少子高齢化など社会の急激な変化に伴い、高度化・ 複雑化する諸課題への対応が必要となっており、学校教育において、求められる人材育成像の変化への対応が必要である。

    ○ これに伴い、21世紀を生き抜くための力を育成するため、これからの学校 は、基礎的・基本的な知識・技能の習得に加え、思考力・判断力・表現力等の育成や学習意欲の向上、多様な人間関係を結んでいく力や習慣の形成等を重視する必要がある。これらは、様々な言語活動や協働的な学習活動等を通じて効果的に育まれることに留意する必要がある。

    ○ 今後は、このような新たな学びを支える教員の養成と、学び続ける教員像の確立が求められている。

    ○ 一方、いじめ不登校等への対応、特別支援教育の充実、ICTの活用など、諸課題への対応も必要となっている。

    ○ これらを踏まえ、教育委員会と大学との連携・協働により、教職生活全体を通じて学び続ける教員を継続的に支援するための一体的な改革を行う必要がある。

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    とある。それを受けて,

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    1.これからの社会と学校に期待される役割

    ○ グローバル化や情報通信技術の進展、少子高齢化など社会の急激な変化に伴い、高度化、複雑化する諸課題への対応が必要となっており、 多様なベクトルが同時に存在・交錯する、変化が激しく先行きが不透明な社会に移行しつつある。

    ○ こうした中で、幅広い知識と柔軟な思考力に基づいて、知識を活用し、付加価値を生み、イノベーションや新たな社会を創造していく人材や、国際的視野を持ち、個人や社会の多様性を尊重しつつ、他者協働して課題解決を行う人材が求められている。

    ○ これに伴い、21世紀を生き抜くための力を育成するため、これからの学校は、基礎的・基本的な知識・技能の習得に加え、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等の育成や学習意欲の向上、多様な人間関係を結んでいく力や習慣の育成等を重視する必要がある。これらは、様々な言語活動や協働的な学習活動を通じて効果的に育まれることに留意する必要がある。さらに、地域社会と一体となった子どもの育成を重視する必要があり、地域社会の様々な機関等との連携の強化が不可欠である。

    ○ また、学校現場では、いじめ不登校等生徒指導上の諸課題への対応、特別支援教育の充実、外国人児童生徒への対応、ICTの活用の要請をはじめ、複雑かつ多様な課題に対応することが求められている。また、社会全体の高学歴化が進行する中で教員の社会的地位の一層の向上を図ることの必要性も指摘されている。

    ○ このため、教員がこうした課題に対応できる専門的知識・技能を向上するとともに、マネジメント力を有する校長のリーダーシップの下、地域の力を活用しながら、チームとして組織的かつ効果的な対応を行う必要がある。

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    上記の文科省の文書を読みながら,「現状と課題」を「学校に期待される役割」を読んで見ても,そこにつながる道筋が「仮称「総合的な学習の学習「遊ぼう!」にはあると思っている。

    まず,「子どもは遊びを通して,成長発達する」と言う前提と,「学ぶ」ことは「遊ぶ」こと,「遊ぶ」ことは「学ぶ」こと,ということが腑に落ちてないと「遊びが勉強?」「遊ぶことが学び?ありえない」となりそう。でも,「“遊ぶ”は“学ぶ”で“学ぶ”は“遊ぶ”」なのである。

    自分(たち)「楽しい」に向けて,自分(たち)で,トライアンドエラーを繰り返しながら,進む」これこそ究極の「学び」だと,私は思っている。トラブル大歓迎。トラブルこそ学び。だいたい遊びが揉めるときの典型は,誰か一部が自分中心の言動をはじめることである。そこに集団が気付かないでその暴走を容認してしまうと,遊びからの離脱が始まったりして,結局「誰も楽しくない」という残念な結果になる。「今,何が起こったのか」を集団が分析し,「みんなが楽しく遊ぶには,どうする?どうしたほうがいい?」

    という相談ができれば,遊びは再起動できる。できないで誰かを責めたり,自己主張ばかりだったり,反対に自己主張しなさすぎたりしても遊びは崩壊する。この経験をたくさんたくさん積み上げることを考えている。教師はファシリテータ-(プレーワーカーっていうのかな?)。お互いの参加を保障し合うことが「楽しい」につながる。自分がフルメンバーとして参加し,フルメンバーとして周囲に認知されていることが「楽しい」につながる。

    遊びで起こることは,いわゆる「教科」の学習でも起こる。

    「みんなで楽しく遊ぶ」というシンプルな目標を立て,純粋にそこを追求して「遊び」,途中トラブルがあればその構成メンバーで相談し,修正をかけ,また遊ぶ。振り返って次につなげる」このサイクルは,PAでいう「体験学習サイクル」ときっと同じようなものだろうし,総合的的な学習の時間で言う「探求の過程」とも同じではないのか?と思っている。そして,教科で言う「目標」「学習(対話)」「評価」のサイクルとだって。その「勉強」でやっていることと「遊び」の中のサイクルが実は「同じであること」を子どもに感じ取らせることこそ,実は大切な学習であると私は思っている。勉強だって(そりゃあ,全部できればいいけれど)まだ,できないことが合ったとしても,お互いの参加を保障し合うことで「楽しい」につながる。自分がフルメンバーとして参加し,フルメンバーとして周囲に認知されていることが「楽しい」につながる。

    そして,それ以上に,そのサイクルは子どもたちが大人になって社会で多様な人とかかわり,折り合いを付けながら自らの夢や願いを叶えていくこととに,実は実はとっても大切な学習なんだよ,というメッセージを伝え続けたい。

     もちろん,これを本当に実施していくには,学校現場でのハードルを越えなくてはならない。例えば,この「総合的な学習の時間」に必要に応じて教科の内容を活用する場面を設定したり,活用の場面を見逃さずに提案したり(教科との往還・融合,地域の人,ボランティア団体など身近な人とどんどんかかわりを広げるようなプロセスを組んだりして「学習」として成立し,周囲からもそのように受け止めてもらえるような努力が必要。その一方で子どもたちが教科学習を安定的に行い,「学ぶことが好き!」「学校が楽しい!」と心から言えるようにサポートしないといけない。それはもちろん,クラスだけではなくて,学校全体の子どもたちが,である。結局は,私の在り方次第ということになる。

     やりたいこと,やれそうなことがたくさん浮かんでくるなあ。夏休み中にもう少し整理したい内容。