次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-08-13

    2学期の総合は「弟子入り」?

    17:44

    3,4年生合同での総合的な学習に今年度からチャレンジ。次年度の年間計画改編にむけての,試行という目的もあります。一方で,異学年学習を位置づける,という意味でも。

     活動のステージは1学期は地域の保育所。2学期はそのお向かいの特養老人ホーム。自分のノートの中には大まかな方向性とプロセスはあるものの,細かな点は,実にやりながら,状況をみながら,です。

     異学年に加えて,異年齢構成の保育所に,ヘルパーさんも含めた自分たちよりもすっと年上の老人ホーム。1年間で関わる人の年齢層は,まさに上から下まで。

     2学期を前に,「探求の過程」2サイクル目に入る2学期前にはざっくりとでも年間計画を立てて見通しを持っておきたいと思い,この2日,けっこう頭を悩ませました。途中oshiさんとのメッセージでのやりとりもありながら,おかげで様々考えることができました。

     そして, 

    2学期の,特養での活動は!

    キーワードは「弟子入り」でいこー!

    と。(笑)

    ヘルパーさんに弟子入りしながら(2学期中に4回),仕事ぶりを観察したり(やれる範囲で)お手伝いをしたりすることを通して,「介護の仕事」「ヘルパーさんのお人柄」「仕事に対する思い・考え」などに触れてくれるとうれしい。ヘルパーさんを仲介にして,お年寄りとの交流もはかれますし。それくらいの距離感を自由にとれる方がいい場合もありそうですし。

     2学期のゴールは,「○○園で活躍するヘルパー■さんのお仕事レポート(新聞)」の作成。そのレポート(新聞)の読み手は,当の■さんであり,職員の皆さんであり,入所者さん。

     働く大人とちょっとでも接する,その現場を見る,そしてホワイトボードミーティングなどで振り返りながら,また次の「弟子入り」に望む。そんなサイクルを4回回しながら,2学期末に向かいたい。そんなイメージ。

     1学期の保育所,2学期の特養,それを通して,「自分(たち)がしたこと,接した方々のこと,エピソード,自分の思い」などを3学期の学区まつり「ふれあい広場」で報告する,そんなイメージがいまのところの構想。


     「弟子」ですから,「お仕事」です。言われたことをやる,言われたとおりにやる,礼儀知らずはだめ,です。笑。

     だって「弟子」ですから。


     まあ,どうなるか分かりませんけど,今のところの妄想段階。

    アクティブラーニングと『学び合い』

    08:28

    純粋に,授業を含めた毎日の学校生活全てにおいて,子どもたちが幸せに生きていくための練習を純粋に(安心安全な「学校,教室」という場で,トライアンドエラーしながら)できる,という点で『学び合い』を行っています。教室での教師は,合意形成を図りながら(合意形成を図るモデルとしても)進む方向を示す,そしてそこに向かうプロセスの中で安心安全を保障する役割でもあります。そもそも,学校とはそうあるべきであって,それをことさら『学び合い』という名称をつける必要がないくらいになればいいなあ,とは思いますが。

     「アクティブラーニング」という流れの中,『学び合い』関連の本が書店でも大きく紹介されてきています。「それ」にも『学び合い』は十分対応できる,むしろ『学び合い』こそアクティブラーニングではありますが,それは経済界の意向で,とか,日本の生き残りを支えるエリート育成のため,とか,来るべき大学入試のため,とかそういうことだけではありません。むしろ,「一人残らず,「全ての人が幸せに生きていける」力を,毎日の学校生活の中で,子どもたちの自己判断と自己決定の繰り返しの積み上げを通して,経験知として薄く薄く積み上げていくためです。

     世の中の「アクティブラーニング」の流れに飲み込まれて,スーパーグローバルハイスクールだとかスーパーサイエンスハイスクールとかの議論のなか「格差社会」に向けての対応みたいなニュアンスを時には感じてしまう私です。もちろん,そういう道もあっていいし,そういう方向に進む人もいてもいい,いないと困る。しかし,地元に残って地元を大切にし,そこで地域共同体のなかで幸せにくらしていく選択でも,十分幸せに生きられる,そのほうが「自分にとってはすばらしい人生だ」と自信をもって言える,そんな原体験が教室学校でできるのが『学び合い』。周囲からも認められ頼りにされ,時に誰かに頼りながら,地域で生きていく。そのベースを教室,学校で,練習しながら,です。勉強が得意な子も,苦手な子も,ちょっと変わった?子も。障がいのある子も。多様だからすばらしい,を長いスパンで,「本当にそうだな…。」と味わい納得しながら成長できる,そんなイメージ。

     先日,西川先生に「一人も見捨てない,を一言でいうと,なんですか?」と尋ねました。「生物最大の生き残り戦略」(確か…。)とお話しされていました。全ての子が一人残らず幸せに生きて行くには,学校ではどうするのか?その答えが,いまのところ『学び合い』にあると思います。