次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-08-11

    「一人も見捨てない」って

    09:11

    この「一人も見捨てない」は『学び合い』のコアな部分。

    学び合い』について語る時に、この言葉をどう考えるかを避けては通れない。

    これについて話すと、実に色々な話になる。解釈、ニュアンスも様々だと思う。お互いに「そうだよね」と納得したからと言って、本当に同じように理解しているかも実はわからない。そういう類の言葉であろう。


    この言葉自体も、賛否両論を聞くことも多い。

    「言葉がきつすぎるんじゃない?」

    「いや、これぐらいはっきりメッセージを伝えたほうがいい。」

    「子どもに向かって言う言葉じゃない気がする。教師が自分に向けて課すならわかるけど…」

    あれこれ。



    昨日も、職員室で、この言葉の捉えについて、同僚と話した。


    この「一人も見捨てない」って言葉、『学び合い』に出会ってから、それこそ、ずーーーーーーっと話題にしているし、今だに、これっていう「解答」にはたどり着けない。



    昨日、同僚と話した結論。

    「ずーーーーーと、『この言葉は何なんだ?』って考えさせること自体が目的の言葉なんだね〜」と。


    答えのない答えを探す。最近、周りで騒がれているアクティブラーニングみたいですね。そのアクティブラーニングということ自体、大切なことであり、これからの日本には重要であるだろうということは分かる。それに『学び合い』かなりアドバンテージを持っていることも分かる。でも、このアクティブラーニングの流れの中、「一人も見捨てない」という『学び合い』のコアを考え続けるということを、何処か脇に置いてしまうことのないようにしたい。