次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-05-17

    くじびき

    21:43

     徒競走の組み分けは,基本毎年,くじ引きです。そういうと,大概

    「え?」

    くじ引きなの?」

    って言われます。子どもには言われませんが,教師仲間から言われます。いつもの事なので,職員室の仲間はもう慣れっこなので驚きません(それでもまねしてくれる人はいません…。(^_^;))が,よその学校の人には言われます。でも,子どもからは言われません。だって子どもたちに

    「どうやって決めたらいい?」

    と尋ねると,

    くじ引き!」

    ってだいたい言うから。

     では皆さんはどうやって組み分けをしているかというと,事前に50mなら50mを子どもに走ってもらってそのタイムをもとに決めたりしています。つまり,「足の速さが近い」もの同士で走るようにしているようです。

     10年くらい前は,私もそうしていた時期があったので,分からないでも無いですが,今は

    (そんなことしてもねー)

    と,ちょっと思います。

     だって,なぜ,「足の速さが近いもの同士」で組ませるのでしょう?あまり差が付かないようにするためでしょうか?かつての私は漠然とそう思ってやっていました。もしくは「そのほうが走りがいがあるだろう」と思っていたからです。でも,そうやっても差が出るし手を抜くときは手を抜くわけです。

     結局だれと走ってもいいわけです。なぜなら,何位になってもそれはそれでいいからです。最後まで全力で走りきることが大切。子どもがそのことを理解し納得すればそれでいいわけです。 子どもに求めたり,語ったりすることは

    「最後まで力を抜かずに走ろうね」

    「手抜きをしないで,ここ一番に全力を出せる自分になれた方がいいよね。」

    「余裕で1位になれそうだからそこそこで走るとか,ビリになるからどうだとか,そういうことが理由で自分の力を出し切れないんでは,『楽しい』『くいのない』運動会になるかなあ?」

    ということです。だから,誰と走っても何位になっても別にそれはどうってことないと私は思っています。

    「○○君は足が速いよね。この中の誰も○○君と一緒に走ったらかなわないよね,たぶん。でさ,○○くん,6年生と走っても勝てる?」

    「えー!無理。」

    「うんうん,だよねえ。まだちょっと無理だろうねえ。自分が足が遅いって思う人いる?あ,□くん,じゃあ1年生と走ってみる?きっと1位になれると思うけど…。あ,いや?うんうんそうだよねえ。」

    「ね,だから1位だとかびりだとか,そういうことは実はたいしたことじゃないんだ。もちろん1位になればうれしいしそれはそれですばらしい。ビリになってしまったらそれは悔しいかもしれない。でも本当に大切なのはそこじゃないんだ。分かる?」

    なんてことをちょこちょこと話します。

     「何位になってもいいから,最後まで全力で走ろうね!」

    子どもに伝えるのなら,組み分けはくじ引きだっていい。そのほうがシンプルに,私が伝えたいことが伝わるから。

    「だれと走っても何位でもいいの。最後までしっかり走りなー(^^)」

    ってこと。

     こういうことって席替えにも当てはまりますよね。

    「だれと一緒になってもいいじゃん。」

    「だれとでも話せた方がいいじゃん。」

    「いろんな仲間と協力し合えた方がいいじゃん。」

    だから,席替えくじ引き。毎週。 

     だからクラスのみんなはくじ引き慣れしています。席替えだってべつにイベントでも何でもありません。

     この先は,自分たちで徒競走の組み分けや席を決める,がありますね。それもいいですね。きっと何の問題もなく,子どもたちは決めるでしょうね。