次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-05-05

    評価とは見続けること

    11:51

    学び合い』の大きなアドバンテージの一つは,圧倒的に子どもたちを見ていられる,という点かなあと思います。

    「評価とは見続けること」と水落さんはお話していましたが,その「見続けること」がとてもしやすい環境ですよね。

     「評価」なんて言ってしまうと,どうかするといつも監視,査定?しているみたいですがそうではなくて

    「あ,あの子,前はこうだったのに今はこうできるようになったんだ~。すごいな~」

    とか

    「あれ,なんか困っているみたいだなあ,どうしたのかな?」

    「さて,なんで困っているのかな?ちょっと見てみよう。サポートは必要かな,どうだろう?」

    ってこと。アセスメントってことかなあ。願いながら見続けること。

     一斉指導主体だと,どうしても言動の主体は「わたし」になってしまうから,私の都合を優先しがちになってしまいます。でも,活動自体を子どもたちに任せると,その間は子どもを見続けることが出来ます。それが評価。

     その「見ているよ」のサインを送り続けられるっていいんんです。言葉である必要は無くて,目線だけでもジェスチャーでもOK。むしろそっちのほうが言い場合もありますよね。

    「見ていてくれている」

    という安心感を,子どもたちに与えられているかってことが実はとっても大切かなあ,と思います。それが出来ているときは,クラスは結構安定します。反対に,私が安心しすぎて(手を抜いて)見ること,見ていることを伝えることを怠っているとなんと無く歯車が狂い出す,そんなイメージ。そこで叱ってしまうとドツボにはまります…。(これは何度も犯した失敗です。)

     子どもたち,というか人はそもそも成長したいし,楽しいことのほうが好き。みんなが勉強する時間・場ではみんなと勉強した方が圧倒的に楽しいはず。そこを信じて(当たり前と思って)ただ,応援する,そんな立ち位置になれるようにしたいなあ。

     まだまだ修行です-。