次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-02-07

    ゆるやかな時間

    07:11

    週末になると,余計子どもたちの学習活動のばらばら感は増してきます。

    今週の課題の残った部分の追い込みをしている子もいるし,余裕があって読書に当てる子,学び直しのために1週間単位で課題として与えているプリント集をやっている子,教室の後ろでは版木を彫っている子,様々です。中にはすでに来週の課題を先取りして入っている子もいたりします。

     でも1月当初に感じたこともあった

    「大丈夫かなあ?」

    という私自身の不安感はあまりありません。はじめの頃は,私が把握できない,コントロール外に子どもたちの活動が広がることに対することへの不安があったのだと思いますが,週の「これだけは」という課題を示して提示しておけば,子どもたちはむしろ1週間という長いスパンの中で時間をやりくりして取り組めるようになっていく分かってきたからです。

     もちろん,すぐに,みんなが完璧にやれるわけではありません。うまくいかないこともそれはあります。しかし,子どもたちの学習の様子を眺めていたら大概その兆候はつかめますし,その都度アドバイスがあればすればいいだけです。はじめからすべてがうまくいくわけではない,それが当たり前で,やりながら自立した学習の仕方を練習する,そんな感覚でいます。大人が仕事を進めていく練習,みたいなものです。

     進め方や理解の度合いに個人差が出たりするのは,ある意味当たり前ではあります。しかし,その個人差が見えやすくなるのでそのためのサポートだってその気になればより手厚くできます。子どもたちどうしの,

    「これってどういうこと?」

    みたいな会話はもちろん,算数の時にはTTの先生が教室に入りますから状況によっては教師からの丁寧なサポートも受けられます。

     不安感は,「個人差」をさらに突きつけられることへの「不安」だったのかなあ,と思います。しかし,個人差は悪いことではありません。個人差はあるのが当たり前ですし,無ければ変です。個人差が問題になる場合は,サポートを必要としているときに必要なサポートがどこからも得られないままなのが問題であって,個人差自体が問題なのではないと思います。

     そう思うと,その個人差ってなかなか楽しいものです。TTの先生とも話すのですが

    「Sくんは,算数ではなかなか集中が続かないんだけど,ほら,ああいうふうに版木をほる作業なんかになると,もうかれこれ30分,もくもくとやっていますよね。ああいう一面もあるんですね。」

    「Aさんは,ああやって計画表をチェックしながら綿密に進めているよね。」

    「Y君は,読書しながらも,ああやって隣のB君の算数のアドバイスもしているんだよねえ。すごいなあ。」

    などなど,子どものよさにたくさん気づける時間になります。子どもの良さに出会える喜びと,見つけられた自分への喜び。だから,ストレスが極端に少ないです。教師も子どもも。自分の意志でやることを選択しているから,「授業中」と「休み時間」の差があまりありません。だから休み時間になってもそのまま,ゆるやかに勉強が続いている,そんな感じ。

     必死に,ばりばり,という感じでもなくゆるやかに。ときどきうまくいかないときもあり,そんなゆるやかな時間の流れがなんか心地いいんです。