次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2015-01-05

    地域をつくる「学力」

    22:06

     石巻市の学校教育の喫緊の課題は「学力向上」と「不登校問題」。市教委の挨拶で言うのだから,公的にも間違いないですね。

     それで今日と明日は,石巻市のほぼ全員(くらい?)の教員が集められての研修会でした,です。招かれたのは,栗原慎二先生(広島大学大学院教育学科)。

    【以下は,私がメモしたこと(文責 わたし)】

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    ◯いい学校とは、「誰もが行きたがる学校」である。

    ◯後発的PTSDは、今の小学生に現れるのではないか。将来的に。

    ◯子どもは大人と違う。子どもへのインパクトは、日常が壊れることや父母との絆が壊れること。幼児期にそれを経験すると一生引きずる可能性がある。

    ◯愛着,安心

    ◯心の傷の修正が十分可能なのは9歳くらいまで(紙粘土が柔らかいうち,ということ)。低学年期の子どもの教育は今後石巻にとって特に重要になる。17歳までは余地があるが。パーソナリティが硬くなる前に。

    ◯石巻の先生は特別な使命がある。震災後という点で。

    ◯何があったら傷が癒えるか?それは強固な絆。前も良かったけれど、今はもっと幸せになった,という事実の積み上げ

    ◯これから,「前よりも強固な絆」どう作って行くか、ということ。

    ◯「地域の子どもより、オレの睡眠だろ。」夏休みのラジオ体操会の減少の話 から

    ◯地域社会の崩壊、「負け組になるな」,その他社会の変化…

    ◯以前とは違い,難しい背景を抱えた子どもたち、そういうものにさらされた子どもたち

    ◯子どもの問題行動発現率。日本は世界では現在は低い方。アメリカ,イギリス,オーストラリアは高い。なぜか?問題は経済格差。重要なファクター

    ◯日本の状況。経済格差が広がる動き。これからさらに子どもの問題が出てくる可能性が高い。そのとき,今までの指導では太刀打ちできなくなる。

    ◯生徒指導のプログラム化。ハイリスクの生徒をピックアップし、対策を立てる。(アメリカなど)ドロップアウトしやすい子に対する対策、リストアップ、予防的にやっていく。

    ◯ハイリスクってわかっているのなら事前に対策をする、石巻はやっていますか?問題が起こってからするんですか?

    ◯プログラムとして回していくのは世界の主流。日本ではほとんどやっていない。

    ◯問題行動。「入力」「処理」「出力」どこに課題があるか。

    ◯入力の情報をより多く入れていくこと。感情を読み取る訓練。

    ◯他者の感情理解をしながら、どう行動するかをトレーニングしていくこと。感情教育。

    ◯今までなら,毎日の生活の中で普通に身につけてきたことだけど…。しかし、この時代の子どものニーズに応えることを考えていくなら必要。以前とは状況が異なる。

    ◯この3つがうまく行っていること

    「勉強がうまく行っていること」「友達とうまく行っていること」「先生とうまく行っていること」この3つがうまく行っていると子どもは安定。特に友達との関係が重要

    ◯向社会性。思いやりから行動ができる。

    ◯思いやり行動は返ってくる。思いやりのある行動がとれる子どもは,思いやりのある行動を受ける。だから、のびのびと行動できる。思いやり行動が取れることが大切。

    ◯勉強ができないことはそれほど、子どもの学校生活満足度に与える影響は大きくない。子どもから見れば。大事のは友達との関係。

    ◯いい先生であれば、友達の作り方を教えてくれる。それが毎日楽しいになる。いざというときにもクラス集団を守ってくれる。

    ◯今の中学生は「満員電車に乗っている乗客」の感じ。トラブルがなければいい,ということ。みんなと仲良くなろうとは思わない、友達はいたほうがいいけど,車両のみんなとは仲良くならなくていい。トラブルさえなければいい。それ以上の関係を求めていない。

    ◯人として成長できる集団は?満員電車の乗客で成長できるか?

    ◯「トラブルがあっても気にしない、友達がいるから。いざとなったら先生もいるし。」こういう集団なら成長できる。

    ◯集合から集団へ。なぜ、集団に変える必要があるか。成長につながる。

    ◯子どもを「集合」から「集団」に変えていくことを進めていくことが必要。

    ◯良い集団を作ること。

    ◯クラスの居心地をよくする。クラスが居場所になる。クラスに突っ込んだ話ができる友達が何人もいること。

    ◯職員室だって、集団に。

    ◯よい集団は「弱み」を受け止められる。

    ◯プログラムを使って集団を作っていく。

    ◯教室が行きたい場所にならないと不登校は減らない。行きたい学級になっていない限り、不登校は減らない。それはどういう学級か。それは「自分を受け入れてくれる学級」。

    学び合いの学級。協同学習。異学年交流。

    ◯生徒指導、やることはすごく簡単。生徒指導は我々教員の姿勢だ。

     頭ごなしにやるのはだめ。

    ◯学力。5の人は東京,4の人は仙台,石巻には3,2,1?それでは意味がない。どんな学力が必要なのか?地域をつくる「学力」。

    ◯最終的には「学力」なんてどうでもいい。みんなで問題を解決してきたという経験。それが地域を作る。街づくりなんです、結局。教育基本法。平和で民主的な石巻に。コミュニティ。

    ◯世界の「学力」はそういう基準で動いている。

    ◯他者と情緒的な交流ができること。

    ◯問題行動を抑えるんじゃなくて、荒れる心に耳を傾ける。

    ◯一人一人を支えることと、集団を作るという両面をみていくこと,その両方。

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     石巻の子どもたちの現状と,石巻の今後を考えた「学力向上」の話で,とても興味深いものでした。そして,その方向性は,まさに私から言えば『学び合い』×信頼ベース,じゃないか,と思いました。毎日の授業のなかで普通にやっていることばかりです。だから,我が校はここ十年近く不登校の児童は出していません。他校で学校に行けなかった子どもも,本校に転入してからは登校できるようになりました。震災後,数多くの転入生がありましたが,どの子も学校で安定的に過ごしていました。

     今回の栗原先生の講演のなかで意義深かったのは,

    ①全国一律の「学力テスト」で論じられがちだった「学力向上」を「地域を育てる学力」という視点から提案されたこと

    ②「学力向上」を「誰もが行きたがる学校,学級」と深く関連づけて,それもデータを示しながら提示されたこと。

    ③子ども同士の学び合い,協同学習,異学年,という提案がされたこと

    ④栗原先生のお話を,石巻の多くの教員が同じ場で聞いたこと

    ⑤栗原先生の今後の予定をネットで見ると,今後も何度も石巻に入る予定が組まれている?と思われること

     石巻の子どもたちの今後5年,10年,先を考えると大きなチャンスになる可能性があります。高い不登校率は,今後社会的孤立につながる可能性があります。ただでさえ,震災でコミュニティが失われているという現状がある中,そこを少しでも回復させ,さらに次の一歩を踏み出すにはまさに学校が大きな役割を果たさないと行けないと思います。栗原先生の言うとおり

    「石巻の教員は,特別な使命がある」のだと思います。

    「子どものころ、好きだった先生・キライだった先生」

    07:58

    ちょっと機会があって、題にあるようなことを思い出してみる機会があった。

    すぐに思い出したのは、残念だけど、「キライだった先生」。キライ、というほどではないけれど。

    小学校の時、確か、5年か6年くらいのこと。どういう事情か忘れたけれどどういうわけか「体育の先生」がいた。体育専科ってこと。1年間続いたのかある期間だけだったのかは覚えていない。若い女性の先生だった。

    なんで「キライ先生」と言われてその先生を思い出したかというと(繰り返すが、嫌いというほどではない)、私もことを評して「態度が悪い」と言い、それを親にまで言ったから!(逆恨みみたいな感じなのだろうか…)おかげで、その後から、母親からは何かにつけ「あんたは態度が悪いって言われたんだから生活面で気をつけなさいよ」と何度も言われ通信表ではいつも「生活面」ばかりを見られた。

    何をもって「態度が悪い」とされたのかは覚えていない。都合の悪いことは忘れてしまうのだろうか…。でも、何が悪かったのか思い出そうとしても思い出せないから、多分自分の中では「納得」はしていなかったのだと思う。何と無くだけど、「いいからこうしろ」みたいなことを言われて、口答えしたようなそんな感じだった気もするが…。

    頭ごなしに言われると素直に受け入れたくない、というのは今も昔も相変わらずだったみたい。その先生に悪気があったとは思わないし、きっと私も失礼な態度をとったのだと思う。多分そう…。

    でも、子どもには子どもの事情があったんだ、と思うんだな。

    今、私は、子どもの事情を読み取ろう、少なくとも事情を伝える時間と場、雰囲気を作っているかな、そう振り返る、3学期目前。