次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2014-08-06

    「朝の読書 宮城交流会」に参加して

    17:12

    http://www.mediapal.co.jp/asadoku/kouryu/h26/miyagi/index.html

    参加して来ました。読書は好きだし、子どもたちにとってもとて大切と思っているので。

    いろいろと考えることがあったのですが、ここではちょっと絞って。

    午後の分科会の時に話題に上がっていたことで、

    (やっぱりなあ)

    と思ったこと。課題、というか問題?としていろんな方々が出していたのは

    ①「学力向上」の名の下で、「朝の読書」の時間がどんどん削られる。

    ②児童生徒個人個人で差が大きい。読めない(読まない)子は、ただ時間を潰している感じ。

    ③先生も一緒に読む、が基本原則だけど先生が丸付けをしていたりなど参加していない。もしくは、自分の都合で別な時間に使っている。

    ④先生たちの意識が低い。実施の必要性を感じてもらうのに苦労する。

    ⑤マンネリ化している。

    どの課題も、何のために必要か、という部分について、教師間でも児童生徒との間でもすり合わせができていないのだろうなあと思いました。そもそも、何で読書って大切なのか。それを教師なり校長先生なりが思っていないと、きっとこのようにブレるだろうなあと思います。「朝の読書」スタートが、荒れた学校を立て直すために始まったこともそ一つの要因かもしれません。

    「うちの学校は落ち着いているからいいんじゃない?」

    「読書に使う時間をドリルにしましょう。(そのほうが「学力」があがります!)」

    みたいに。

    閉会行事の時に、実行委員長?が

    「いまこそ、朝の読書の意味を考え直す時期に来ているのではないか?」

    「読書で、人間性を」

    みたいな感じ話されていましたが、そう思います。「朝の読書」「やり方」に縛られそれを保持するのが目的となったら、それに合わない状況が必ず出て来ます。そこで、「やり方」強いても続けられません。「読書は楽しいね!」「え?読まないの?面白いのにな〜」でいいんじゃないかな、と無責任に思います。時間を作る、確保するのはこっちの役割、それこそ、教師自身に「読書大事、大切にしたい」という思いがあれば、時間はどうやっても作ります。

    かといって、教師全員にそれを強いることはできません。

    ④については、教師自身に読書経験が少ないのかもしれませんし、そのよさが感じ取れていなのかもしれません。でもそれは今の段階で仕方が無いです。だから、学習指導要領の範囲でそれちゃんと読んで教室に落とし込むこと、学校経営の柱の一つに入れてもらうことそういうプロセスを作ることが、大切かなあと思います。読書少なくとも学習指導要領の中の重要な事項に入っているのでそれは可能です。少なくとも、「野球を中心に!」とかっていうよりはかなりやりやすいはずです。

    とはいえ、とはいえですよ、結局

    「人格の完成」

    近づくと本気で教師が思えば、なんでもいいんだけどねとも思ったりします。そのくらい多様性があっても面白いよねー、と。だって、私の場合、自分が読書って面白いよねって思っているからよりやる気になっている部分ってやっぱりありますからね。今日ここに集まっている人レベルにみんなを合わせようとしても、それは難しい。

    教育ってほんと評価しづいから難しいですよね。いいのかよくないのかよくわからない。だから、分かりやすすぐ結果が数値で出るものや、すぐに「できる」ことに走ってしまうのかなあ。

    硬いこと言うみたいだけど、今日の講師の先生が言っていたような「教育哲学」みたいなものがそれぞれに必要なんだろうなあ。その教育哲学は、その講師の先生曰く「読書によって磨かれる」と言うようなことを言っていたけど、そういう面もあるだろうな。

    だんだんぐちゃぐちゃな文になっしまいました。ぜんぜん絞ってなんかないですね…。

    かめカフェ

    06:55

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    学校の近くに、「かめカフェ」があります。ある、といっても移動カフェです。うちの学校の昔の分校が今は三輪田窯という窯場になっていて、そこのご夫婦が震災後はじめたものです。窯場の庭で開いたり、時々ちょっと出かけたり、のんびり?営業されているようです。だから、お子さんと遊びたい時はお休みになります。

    手作りのかめカフェ号、中のキッチンは、陶芸家のご主人が細工したそうです。すごいです。もちろん、お店で使う食器は、ご主人が焼いたお皿やカップ。三輪田窯、といいます。

    このかめカフェ号、昨日は窯場での営業。庭には、近所のおじいさん、おばあさんがくつろいでいたり、子どもたちが、遊んでいたり。庭だから、蝶やトンボが飛んでいたりします。

    お店で出すベーグルは、また同じように、震災ベーグル屋さんになったお友達から仕入れたものだそうです。

    それぞれが、自分の夢や願いを叶えるために、ちょっとずつ前進する、そこにつながる学びだったり、教室だったり、学校だったり、になるように一歩でも進めたい。そう口に出すことで、きっと前に少し進めるんじゃないかな。かめカフェでベーグルとアイスコーヒーをいただき、うちの学校の子たちが、かめカフェさんのお子さんが遊んでいるのをみながらそう思うのでした。