次の場所へ行こう(旧 十人十色・宮城)

  • 宮城県石巻市の小学校教員です。 小中併設極小規模校で,「地域とともにある学校」について考えながら日々の仕事を取り組んでいます。 2016年の「教室『学び合い』フォーラム」 は宮城県・東松島市コミュニティセンターを 会場に行いました。2017年は,その後をつないでのミニフォーラムを白石で実施。2018年は11/23女川町まちなか交流館で実施。その後は、学校と地域コミュニティの間を行ったり来たりしながらの毎日を創りたい、と思っています。
  • 2014-03-10

    3月10日

    23:42

    今日の体育の時間。いつもなら、1年生と隣の仮設校舎のO小学校と一緒に合同で行うところですが、どちらもインフルエンザが出たり何だりで、結局一緒にできなくなってしまいました。

    なので、うちのクラス11人だけですることに。

    それぞれチャレンジすることを決めて短縄をしたあと、のこりの25分は

    「遊び会社の企画でどうぞ!」

    言って見ました。子どもたちは

    「イイェーイ!」

    といって相談。それで「ふやしおに」「げんたい」(かんけりみたいなやつ)に決定した模様です。今朝方の雪もあって、子どもたちは半分くらい長くつ(笑)だったんですが、それでも校庭中を走りまくっていました。11人が散り散りになったり時には集まったり、そしてまた散っていったり。足の速い子もいればあまり早くない子もいます。途中、疲れて

    「おれ、今休みー」

    って言っている子もいたり何だり。それはそれでオッケーみたいだし、それでもちょっとするとまた遊びの中に戻って行ったり。それぞれがある程度自分の裁量で参加の度合いを決められながらそれでいて11人の遊びはずっと継続しています。私はその様子を遠くから眺めているくらいです。

    みんなで遊ばなくては「ならない」わけではないけれど、みんなでやったほうが、たのしい、かな、そしてちょっと離脱するのもあり、そんな感じです。

    時間になったので

    「ちょっと集まって〜」

    といって集まってもらいました。

    「いまから業間なんですが、どうする?」

    と聞きました。子どもたちは、

    「このまま続けっぺ!」

    ということなったみたい。

    この、学習も休み時間も連続の中に存在する、こんな雰囲気がとっても私は好きなんですよね〜。


    さて、明日で震災から丸3年になります。未曾有の大災害を経て、日本の世の中は変わったでしょうか?教育の現場は変わったでしょうか?この石巻地区は学校現場もとても大きな被害を受け、多くの犠牲を出しました。「命があり、ここにいる」そのことが何より価値の高いことを、経験を通して痛いほど実感した地域の一つです。あの日以来学校現場もたくさんの困難を乗り越えながらここまできました。今ここにきて、「元どおりの」学校にして行くのか、それとも震災を経験したからこそのもっ新しい価値観をもった学校に作り変えて行くのか、を考えて行く岐路に立つべきではないかと感じています。

    震災からの復興。教育現場で働く私たちは、教育現場での「復興」とは何なのか、そこを考えたい。それは、私は「元通り」ではあまりにももったいない思っています。あれだけ大きな被害と多くの犠牲を出したのに元通りなんて、と思います。

    足の速い子もあまり速くない子も、男子も女子もごちゃごちゃしながら、それでも同じ時と場を共有している鬼遊びを楽しんでいる子どもたちの姿を見ながら、いわゆる「学力向上」の一歩先にあること、震災後「これが本当に大事だ」とみんな思ったことを本当に大事にする、そんな学校現場に近づけるようにしたいよなあ、教員と子どもと地域でしたいよなあ、どうしたらいいのかなあ、そんなことを考えた3月10日。